超絶人機ストームトーカー
「待たせたな、マスター(仮)ッ!」
安アパートの電灯、照らされた鋼が躍動。二十年もののヴィンテージ畳を鉄の脚で踏みしめ、電子音声を張り上げ人機が吼える。ああ、表面がガリガリと荒れていく、やはり買い換えだろうか。
張り出し、尖った肩装甲。頭部にはV字のアンテナ。全身を包むトリコロールカラー、西洋騎士の甲冑を彷彿とさせる物々しい立ち姿が栄える。
「俺はISR-003、試作型戦闘人機。製造目的は防衛、作戦手段は戦闘、作戦目的は正義!
スーパーロボット……」
さらにポーズを決める。回した腕が壁にぶつかり穴を開けた。おいコラテメェ。
「……型携帯電話、『嵐の中でも電話できます(ストームトーカー)』ッ!」
母さん、上京して早々詐欺に会いました。東京はおっそろしか所ぶぁい。
「なんでかなぁ、僕が頼んだのは金髪ロリ型なんだけど」
ぽつりとこぼした呟きに、ちゃぶ台を挟んだ向こう側、正座をしたスーパーロボット……型携帯が答えた。正座出来るロボットとかエルガイム以外知らねえよ。
「試験機型携帯のテストワーカーは割り当てられる携帯機種が急遽変わることがあるのは、契約書に明記されているはずだが?」
そりゃ書いてあったけどねぇ……限度があるだろ限度が。
大学の合格による上京。それと共に僕は携帯を機種変した。
無料だからと携帯電話社の新型機種テストワーカーに飛びつき、その中の金髪ロリ美少女型を見事引き当てた、はずだった。ええ決まった時は喜びましたよ金髪ロリだよ金髪ロリ好みドストライクだよ喜ばないはずないだろこんちくしょう。
ロボット工学の発展により多機能を内包した人造人間型携帯電話が次世代の機種として期待されている現代、美少女……もとい、最新機種が宅急便で来たと思ったら、現れたのは僕よりデカいダンボール。
呆然とする僕の前に、箱から飛び出したのがこの大張作画テイストというかダイナミックプロイズム漲るというか無駄に力に溢れた自称スーパーロボット型携帯電話。
とりあえず、弁護士の電話番号を調べよう。公衆電話はまだこの辺に残っていただろうか。
……絶対に訴えてやる。記者会見の準備しとけよあの携帯会社!
「よし、わかった。近くに携帯会社のショップあるからそこまで歩いて帰れクズ鉄」
「ハッハッハッ、オーナー(仮)は冗談もお上手で」
「いや僕は本気だから、僕が待ってたのは金髪ロリなの! 美少女タイプなの! JAM projectのテーマ曲が高らかに流れてきそうなヤツじゃないんだよ!」
「なるほど、金髪ロリをご所望か、オーナー(仮)」
スッとストームトーカーもといクズ鉄の片手が上がり、その鉄の胸板を刺す。
「俺の製造年数は三カ月、即ち、……年齢的にはロリの極み!」
「……珍妙なのは見た目だけにしてくれないかポンコツ」
ロリコンなめんな!
「さらに金髪……金、金、金」
ビシリとした動作、親指を立て再び自らを刺す。
「……金属製!」
「髪はどこいったんだよ!」
「髪の多い少ないで人間の貴賤は変わらないと俺の製作者は言っていた!」
「お前の製作者がハゲなのはわかったよ!」
くそ、このクズ鉄なんとしても僕の元に居座るつもりらしい。押し掛けスーパーロボットって新ジャンルってレベルしゃないぞ。
「大体、なんで携帯電話がスーパーロボット型なんだよ? そりゃ好む人はいるかもしれないけれど、明らかにニッチ過ぎるでしょ」
「いやいやマスター(仮)。俺の格好は趣味ではない、少なくとも美少女型と比べれば遥かに実用的な意味がある」
ギシリッと体を鳴らし顔を近づけるストームトーカー。近い、よるな!
「マスター(仮)はアフガン紛争中、被弾した米兵が音楽再生機器に弾丸を受け止められたことにより一命を取り留めた事例をご存知だろうか?」
「え、? ああそういえば聞いたことがあるな」
たしか心臓への一発を受け止めたんだっけ。
「俺の開発者の一人は、子供のころそのニュースを聞きとても感動したそうだ。
そして人を楽しませ、人を守る。そんなアイテムを作りたい。そんな夢を持った」
「そう、なのか……」
例え道具に魂は宿らずとも、作ることに人生を捧げた人々の情熱は宿る。この国は物作りの国だ。作ることで、魂を継承してきた人々がいる。
「そして俺を試作する際、決定した作成テーマは『使用者の利便性を二の次に攻撃性を追求、外敵を徹底排除して安全を保つ戦闘人型携帯電話』になったというわけだ!」
「つまりただの兵器じゃねぇか!」
もはや先取防衛という思想さえないのか。そもそもそんな機種のテストなら戦場でやれ。戦場帰りとか迫力がつくぞ某野球用アイアンリーガーみたく。
「そのためにこの腕には武器が内蔵されている! 今この力をマスター(仮)を示そう!」
おもむろに立ち上がる鉄機。ぐいとその逞しい鉄腕を前へ向ける。
「お、おい待て! 部屋の中で撃つ……」
まさかあれか、鉄の城的な物が放つ、ロケットで飛んでいくパンチの効いたアレか!?
バシュゥゥゥウン!!
破裂音と共に前腕部が勢いよく飛び出す。空を斬る拳、硝煙を上げ飛び出す空薬莢、畳に転がる。
「アームパンチだ!」
「……リアルロボットアニメの金字塔の方かよ!!」
そこはリアルなのか!
「……ビームとか撃てないの? いや撃てても迷惑だけどさ」
「出来ないことはないが、その場合は電気代が一発二十万はかかるわけだが」
「絶対に撃つな。地球の危機でも撃つんじゃない」
本当に撃てんのかよ。試す機会は金輪際ないだろう、そもそもこいつを携帯したくない。携帯ですと説明しても周りに信じて貰えるとは思えない。僕もこれは携帯ではないと思う、というかどこで会話するんだこれ?
「というわけでマスター(仮)、コンゴともよろしくというわけだ!」
「ああ、返品までの短い付き合いだけどな! ……さっきからマスターに(仮)がつくのはなんでだ?」
「ユーザー登録がまだだからだ! 早く俺にマスターと呼ばせてくれマスター(仮)! ちなみに途中で契約を破棄すると賠償金を請求されるぞ」
「……どうやら世間は僕の敵しかいないらしいな」
母さん、都会は酷い所です。携帯電話さえ酷い。
「心配するなマスター(仮)! 俺は常にマスター(仮)の味方だ! 通話契約が続く限りな!」
「何が気に食わないって、熱いのはポーズだけな見た目しかスーパーロボットをしていないお前の設計思想だ!」
そこは一貫しろよ! 見た目スーパーで中身はシビアなリアル系とか一番しょっぱいだろ!
「技術的な問題は根性で乗り越えろと俺の製作者は言っていた! 予算的な問題はもう諦めろと……おっと」
突如鳴るアラーム音、ストームトーカーの視線が部屋を探る。
「失礼、バッテリーが切れそうだ。充電をさせてもらえないか?」
「ええ? ああ、ほれそこのコンセント使えよ」
迷惑とはいっても、バッテリーが切れて動かなくなったら邪魔どころの騒ぎではない。
「感謝するマスター(仮)! それでは……」
バシュリっとストームトーカーの体から水蒸気が吹き出し、胴装甲が跳ね上がる。
「……へ?」
膝をついたストームトーカー、その胴体内から、勢いよく金色の何かが飛び出す。
「それではごはんを頂こうか!」
あの無骨な電子音声ではない、鈴の音のような声で歌うように叫ぶ。シュルリと首筋から伸ばしたケーブルをコンセントに挿入。
背中一面を覆う長い金髪、愛らしい鼻梁と輝くような瞳。十代半ばにしか見えない、華奢な少女がストームトーカーの中から飛び出てきた。
「あー、ストームトーカー、その格好は……?」
「ああ、失礼マスター(仮)! こっちの体は本体、あっちのボディは耐衝撃緩和用オプションだ!」
その日僕は、マスター(仮)からマスターになることにした。
薄汚れた自分だって、たまには素直なオチにしたい時もあるんですよ。