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群馬県の祠についての報告書  作者: 九條葉月


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9/19

 休日。


 田舎から東京に戻った幹也がのんびりとした時間を過ごしていると、呼び鈴が鳴った。


「はーい」


 まずはインターホンで訪問者の姿を確認すると――そこに映っていたのは、鮮やかな銀色だった。


 少し慌てて幹也が玄関に向かい、扉を開けると、


「やぁ幹也君。いきなりすまないね」


 銀髪和服の美女・美代子が親しげな様子で挨拶をしてきた。


 先日、墓参りのために地元へ帰った幹也が偶然出会った探偵。しかもただの探偵ではなく、怪奇探偵という肩書きだ。


 彼女に半ば押し切られる形で群馬県にある『祠』の調査をすることになったのだが。特に予定を決めることなくあの日は別れた。その後何の連絡もなかったので、もしかしたら話がなかったことになったのかとも考えていたのだが。


「えーっと、先生。なぜここに?」


「そりゃあキミがくれた名刺に住所が書いてあったからさ」


「……そうではなくて、どうして、どういう理由があって俺の自宅に?」


「迷惑だったかな?」


「いえ、休みなので迷惑というほどでもありませんが……」


「キミ、押しに弱いって言われない?」


「たぶん初めて言われました」


 もちろん押してくる人間から言われたのも初めてであった。


「そうかそうか。まぁ、キミに取り入ろうとする人間はわざわざ口にしないか」


「はぁ……?」


 要領を得ない美代子の物言いに幹也は首をかしげるしかないが、そんな彼に構うことなく美代子は話を進めてしまう。


「いや、実を言うとね? 祠の犠牲者について調べようと思って東京までやって来たんだよ。最初の犠牲者が死んだという駅にね。上手くすれば犠牲者がまだ成仏しないで残っているかもしれないし」


「はぁ」


 祠の調査をするという話になったとき。祠の犠牲者については簡単な情報を教えてあったので不自然なことではない。


 明美が電車に飛び込んだのはこのアパートの最寄り駅だし、近くに来たのだから幹也のところに顔を出すのも普通のことだろう。


「それで、何か分かりましたか?」


「いやそれがね? 駅に着いたのはいいのだが迷ってしまってね。事件現場にたどり着くどころか改札から出ることすら一苦労。いやぁ、東京は人が多いとは聞いていたがあれほどとは……」


「まぁ、慣れていないと戸惑いますよね。なんかこう、心霊的な力で分からないのですか?」


「それがね、祠の痕跡を辿れば場所もすぐ分かると思ったのに、人の出入りが激しすぎるのか霧散してしまっていたんだよ」


「はぁ、そうでしたか」


 確かに一日何十万人も乗り降りしているのだから霊的な痕跡も消えそうだなと納得する幹也だった。


「というわけで、幹也君に現場まで案内してもらおうと思ってね。挨拶も兼ねてやって来たんだよ」


「そうでしたか。では早速向かいますか?」


 そんな提案をした幹也だが、すぐに思い直す。今日も気温が高いし、しかも美代子はいかにも風通しの悪そうな和服。熱中症も怖いのでここは一休みしてもらった方がいいのではないかと思ったのだ。


「……お茶でも出しましょう。あ、いや、しかし一人暮らしの男の部屋に上げるのも問題がありますか」


 それはもちろん年頃の男性が年頃の女性を部屋に上げる、という意味もある。あるが、主たる問題はそこではない。


 ちらりと視線を後ろへとやり、部屋の中を確認する幹也。


 玄関には革靴やピンヒールなどが乱雑に置かれ、靴箱の上に飾られた造花はうっすらと埃を被り。いくつものゴミ袋が廊下に放置されている。


 床の隅にもホコリが積もっているし、換気もしていないので空気が澱んでいる気がする。リビングには洗濯物も放置されているので、女性の客人を上げるには憚られる部屋だったのだ。


 美代子も、幹也の態度から言いたいことを察したらしい。彼の身体越しに室内を見てからにっこりと笑う。


「あぁ、私は構わないよ。幹也君は変なことなどしないだろうしね。……しかし、一人暮らしか。彼女さんはいないのかい?」


 まるで全てを見通したような目を向けられ、幹也の胸の鼓動が乱れた。


「ど、どういうことでしょう?」


「いやね、簡単な推理だよ。お高そうなピンヒールは雑に玄関の隅へと押しやられているし、廊下にゴミ袋は放置され、掃除機を掛けた様子もない。いかにもな独身男性の部屋。だというのに玄関には花が飾られている。いくら造花とはいえ、こんなだらしのない男性が花を飾るのかなぁとね」


「だらしない……」


 言い逃れできない事実とはいえ、付き合いの浅い美代子から断言されて密かに傷つく幹也だった。


「なので以前は彼女がいたが、今はいなくなってしまった。そう推理をしてみたのだけど、どうかな?」


「……ご明察です。さすがは探偵ですね」


 降参、とばかりに手を上げる幹也だった。



        ◇



「ほぅ? これはまた興味深い本があるね?」


 リビングに案内すると、美代子はさっそく何かを見つけたらしい。幹也が視線を向けると、彼女は一冊の本を手にしていた。


 正確には本というより資料集とか書類束とでもいうべきものだ。そこそこの厚さがある紙束を黒い紐で綴じている。


 表紙に印刷されたタイトルは『群馬県の祠についての報告書』だ。


「これはもしや例の祠についての?」


「えぇ。ちょうど昨日探し出しまして。今度探偵事務所に寄ったときに渡そうと思っていたのですよ」


「感心だねぇ。しかし、いくら地元の人間とはいえ、よくぞこんなマニアックな報告書を持っていたじゃないか」


「……実はそれは正式な報告書ではなく、高校の同級生が書いたものなんですよ。で、どこかで賞をもらったらしく、その時にコピーを半ば無理やり押しつけられたと言いますか……」


「へぇ。学生が作ったものとはいえ、賞をもらったならきちんと作ってあるのだろう?」


「えぇ、フィールドワークというのでしたっけ? そういうのもちゃんとやってありますね」


「ほうほう?」


 興味深げに返事をしたあと、そのままページを捲り始める美代子。集中している様子なので時間が掛かりそうだ。もしかしたらここで全部読んでしまうつもりなのかもしれない。


 最初こそ麦茶を準備したりお茶菓子を出したりして時間を潰していた幹也だが、すぐにやることがなくなってしまう。まさかスマホで遊ぶわけにもいかないし。


「……掃除でもするか」


 小さく呟く幹也だった。




        ◇




 美代子の読了を待つ間、幹也がリビング、台所、そして自室の掃除をしていると。


「幹也君。ここにいたのかい」


 自室のドアの隙間から美代子が顔を出した。掃除に集中していたので気づかなかったが、どうやら報告書を読み終わったらしい。


「あ、失礼しました。お客様を放置してしまって」


「いやいや、私も本の虫になっていたからね。……しかし、なんとも読みづらい部屋だねぇ」


 興味深そうに幹也の自室を見渡す美代子だった。ほぼ初対面の人間に私室をジロジロと見られたら不愉快になってもおかしくはないのだが、不思議なことにそういう感情は湧いてこない幹也だった。


「読みづらい部屋、ですか?」


 そう言われてしまっては幹也としても気になってしまう。ゆっくりと部屋を見渡してみるが……特に変なところはないと思う。


 そんな幹也に痺れを切らしたのか美代子が人差し指を立てながら解説してくれた。


「たとえば、本棚。持っている本を見れば大体の人となりは分かるものなんだが……あるのは仕事関係の本ばかり。趣味嗜好がまるで分からない」


「はぁ」


 どうやら探偵的に見て、幹也の部屋は推理が難しいらしい。


 続いて美代子は部屋の端に置かれたリュックサックを指差した。


「あのリュックはおそらく登山用だろう。となれば登山が趣味なのかと思えるが、たぶん違う。本当に趣味であるならばあのように道具をリュックの中に入れっぱなしにはしないはずだ」


 たしかにあの登山用品は何ヶ月か前に山に登ってから放置したままだった。


「ですね。もともと、上司の趣味に付き合って道具を買いそろえただけなので。愛着もないから入れっぱなしにしていたんですよね」


「なんともまぁ。推理しがいがないというか、推理のしようがない人だよね。やる気がないというか生きがいがないというか」


 なぜかククッと喉を鳴らす美代子だった。


「……おっと、もうこんな時間か」


 美代子が自らの左手に巻いた腕時計を確認した。和服でも違和感のないシックなデザインの腕時計だ。


「事件現場まで案内しましょうか?」


「うん、お願いしようかな。そのあと電車に乗って群馬まで帰ればいいし」


 そういうことになったので、幹也はタクシーを呼んで駅まで移動することにした。美代子の和服と草履という着こなしで長時間歩かせるのは気が引けたのだ。もちろん自分一人なら歩いて駅まで移動する。


 タクシーに乗り、駅まで移動。幹也は入場券だけ買い、美代子は群馬までの切符を購入してもらう。


 いつの間にか帰宅ラッシュの時間になったのか、駅は人であふれかえっていた。


「では、先生。お手を」


 自然な動作で美代子の手を取る幹也。


 彼としては「はぐれたら大変だな」程度の軽い気持ちだったのだが、美代子からすれば「手慣れているな、この男」としか感じられないのだった。


 しかしこの人混みの中ではぐれてしまうのは手間なので、大人しく手を引かれることにした美代子だった。


 端からはどのように見えるだろうか。


 そんなことを美代子が考えているうちに事件現場へと到着した。つまりは明美という女性が飛び込み自殺をしたホームだ。


 あまりに人が多いので線路に近づくことはせず、二人して階段の裏側という一番邪魔にならないであろう場所に陣取る。


 美代子は何かを『視て』いるようだが、霊感のない幹也にとっては暇な時間だ。


 人が死んだ場所という知識があるせいか、なんだか空気が澱んでいる気がする。


 しかし、きっと美代子の言うとおり霊的な痕跡など残っていないのだろう。これだけ人が行き来する中、幽霊が存在を維持できるとはどうしても思えなかったのだ。


「……ふむ、やはりかき消されてしまっているね」


「人混みが多すぎて?」


「みたいだねぇ。……しかし、こちらは予想通りみたいだね」


 意味深な物言いをしながら幹也を見る美代子。正確には幹也ではなく、彼の背後なのだが。


「また何か見えますか?」


「うん、キミの後ろの祠が反応している」


「はぁ」


 一応振り返ってみる幹也だが、やはり何も見えなかった。


「やはり祠の反応を観測するには、キミの協力が必要だね。うんうん、大事大事」


 少しわざとらしい物言いをしながら、美代子が巾着袋の中に手を伸ばした。


「では幹也君。しばらくの間はこれを付けていてくれるかな?」


 美代子が取り出したのは、デジタルの腕時計だった。


 ただし、文字盤は暗く、電源が入っている様子はない。


「腕時計ですか?」


「正確には、腕時計の形をした観測機器さ。あの『祠』の本体が近くにいるとき、自動的に観測したりこちらに知らせたりしてくれるものだ」


「は、はぁ」


 まるで理屈は分からないが、とりあえず頷いておく幹也だった。こんな小さな腕時計にそんな機能が込められているとは驚きだ。おそらくは美代子のオリジナルだろうし、こういう言い方はアレだが和服を着ているような人間がこんなものを準備できるとはと驚愕してしまったのだ。疑わしいと言ってもいいかもしれない。


「キミ、何か失礼なことを考えてないかい?」


「まさか。では、この腕時計を付けていればいいのですね?」


「うん、そうなるね。なるべく肌身離さずだ。お風呂に入ると洗い流されてしまうから外してもらった方がいいけどね」


「洗い流される、ですか?」


「……うん、説明が難しいが、そういうものだと理解しておいてくれたまえ」


「はぁ」


 まるで納得できない幹也だが、たとえ詳細に説明されても理解できる自信はないので大人しく頷いておくのだった。こういうところが『押しに弱い』と評される理由だろう。







 群馬へと帰る電車に揺られながら。


 美代子はついつい自らの手に視線を落としてしまうのだった。


 いつも通りの、お気に入りのレース編み手袋。しかしなぜだか、今日はその手袋が特別なもののように感じられてしまった。


 普段と違うことがあれば、それは一つ。――幹也という青年と手を繋いだ。ただ、それだけだ。


「……まったく。乙女じゃあるまいし」


 いくら顔がいいからといってチョロすぎるだろう。と、自分で自分に呆れてしまう美代子だった。



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