推理
そうして。日菜が成仏したあと。
夢かうつつか。
まるで現実感のない様子の幹也を見かねたのか、
「お疲れ様」
美代子がそんな労いの言葉を掛けてきた。
「日菜は……大丈夫なのでしょうか?」
「うん、大丈夫さ。ちょっと現世に長く留まりすぎたけど悪事を働いたわけじゃないからね。まだ少しだけ心残りがあるようだが、それもすぐに果たされるさ」
「……そうですか」
なんて言えばいいのだろう。
あの煙がまだ鼻腔に残っている気がするせいか、未だに現実感がない。ふわふわとしているというか、地に足が付いていないとでも言おうか。先ほどまでのやり取りが夢なんじゃないかと疑わしくなってしまうかのような……。
「安心したまえ、現実だよ。私にも見えていたからね」
まるで幹也の心を読んだかのような美代子の言葉だった。
「いやしかし、私は千鬼が恐ろしい怨霊だとばかり思っていたが、中々どうして話が分かるというか、甘い存在みたいじゃないか。たまには心霊関係以外の専門家の意見も聞いてみるものだね」
専門家というと葛城清治郎のことだろうか。
「……と、言いますと?」
「だってそうだろう? 葛城日菜からのあんな不明瞭な願いを聞き入れたうえ、十年も経ってから約束を果たしたんだ。しかも首一つで四つもの命を……」
「は、はぁ?」
幹也が首をかしげると、心底おかしそうに美代子が煙草の先を幹也に向けてきた。
「つまりだね、幹也君は千鬼が自分の願いを聞き入れて犠牲者たちを呪い殺していたと思っていたのだろうけど……実際のところ、千鬼は葛城日菜の願いしか聞いていなかったのさ」
「……どういうことでしょう?」
「キミは千鬼に願ったが、代償は足りなかった。ならば千鬼としても聞いてやる義理はない。だがここで十年前の約束が生きてくる。『幹也が困ったときには助けてあげてください』という願いがね」
それは、日菜が祠に願ったことだ。
「葛城日菜は首を括ることによって、自らの首を代償にした。しかし困ったのは千鬼の方だろう。なにせキミは困らず、助けも求めなかったのだから」
それは、そうだ。
日菜が死んだあとの幹也は抜け殻だった。望まれるままに受験し、就職した。そこに自身の望みは何もなかったし、就職も仕事も実力の範疇のことしかやらなかったので助けも必要としなかった。明美へのプロポーズでさえも、明美が望んでいたからしただけで。
そんな幹也が、十年後、やっと願ったのは日菜の復讐だった。
「千鬼としては喜ばしかっただろうね。十年間浮いていた契約を果たせるし、しかも契約者の自殺の原因となった連中を殺せるんだ。それはもう契約内容を拡大解釈して、犠牲者の首を代償として満足したとしても不思議ではない」
「それは……でも、いいんでしょうか?」
「いいんだよ。だって千鬼本人が満足しているのだから。ふふっ、私が『甘い』と評した理由、分かるだろう?」
「それは……」
かちゃん、と音がした。
千鬼の甲冑の音だ。
ただし、今までのような不穏さは感じられなかったが。
それは美代子からの話を聞いたせいか。あるいは契約が無事満了したおかげなのか……。どちらかは分からないが、命の危険はなさそうだなと思う幹也だった。
「おや、私にも聞こえたね。これが噂の甲冑の音か。余計なことを言ってないでさっさと帰れという意味だろうし、そろそろ退散しようか」
自然な動作で幹也の手を握り、祠に背を向けて歩き始める美代子。幹也も手を引かれるまま後に続いていって――
「――おっと、忘れてた」
不意に立ち止まった美代子が、視線を動かした。
城跡の本丸。
今は花壇と、花壇の間を縫うように整備されている道。そんな花壇の端から生えた大木の陰に身を隠しているのは……幹也の親友・伸一だった。
「伸一? どうしたんだ?」
どことなく気恥ずかしくなって美代子から手を離す幹也。そんな彼の動作を凝視してから伸一は弁明を始めた。
「いや、市役所に行ったら偶然お前たちのことを見かけてな。祠の方に向かっていたから心配になったんだ」
「あぁ、そうだったのか」
そういえば市役所は城跡の近くにあったなと幹也が納得しかけたところで、
「――ほう? そうなのかい? てっきり私たちを尾行していたのだとばかり」
幹也と伸一の間に割り込むように、美代子が一歩を踏み出した。
「尾行、だと?」
一気に不機嫌になる伸一。それはそうだろう。いきなり自分がストーカーのような扱いをされたのだ。不機嫌にならない方がどうかしている。
と、幹也としてはそう思ったのだが。
美代子は悪びれる様子もなく煙草に火を付けた。
「キミはずいぶんと葛城日菜の虐めについて詳しかったみたいだね? 先ほど幹也君から話は聞いたよ」
「……そりゃあ、幼なじみだからな。地元に残ったんだから調べる機会はある」
「そう。幼なじみ。幼なじみなら何でも知っているよね? いやしかし、葛城日菜が虐められている理由までよく知っていたものだね。なんだったかな……? そうそう、明美という女が幹也君のことが好きで、邪魔だったから虐めたのだっけ?」
なんともわざとらしい口調の美代子。そんな彼女の態度に比例するかのように伸一の表情が険しくなっていく。
「すごいよねぇ。まさか女の嫉妬だとは。恐ろしいものだよ。――ところで、キミは一体どうやってそれを知ったんだい?」
「……日菜のクラスメイトから話を聞いたんだ」
「ほぉ、それは凄い。明美という人間は、クラスメイトに葛城日菜を虐めている理由を喋ったと? しかも理由が醜い嫉妬だというのに?」
「……何が言いたい?」
「いや、いや、誤解されたくはないのだが、別に証拠があるわけではない。ただ、ただ、そんな気がするだけだ。キミは、明美本人から葛城日菜を虐めている理由を聞いたんじゃないのかな? あるいは、葛城日菜を虐めるよう唆したのが――」
「いい加減にしろ!」
伸一の怒声を受けて、美代子は軽く両手を挙げた。とはいえ肩の高さ程度なので反省の色はまるで見えないが。
「なんなんだお前は!? さっきから何が言いたい!? 俺が何かしたとでも言いたいのか!?」
「ははは、まぁ落ち着きたまえ。キミはおそらく犯罪的な行為は何もしていないだろう。虐めたのはあくまで明美たちの意志だし、虐めの関係者を殺したのはあの祠の主・千鬼なのだから。そして祠に願った幹也君は|無事に報酬を支払い終え《・・・・・・・・・・・》、約定は完遂された。めでたしめでたしだ」
実際のところ幹也の願いは契約として成り立っていないのだが、ここはおそらく分かり易さを優先させたのだろう。あるいは他にも何か狙いがあるのか。
ただし、と美代子は続けた。
「代償は、一つ願うごとに首一つ。一人につき首一つずつ。――祠に願ったのは、幹也君だけなのかな?」
「幹也だけだろう! 俺は何もしていない! アイツらを殺したのは千鬼だ! 俺は何も悪くない!」
「ふむ、まぁ、そう信じたいならそれでいいけれど。どうやらちゃんと『自覚』したようだし」
ぱんっ、と。美代子が話を閉じるかのように両手を打ち鳴らした。その体勢のまま幹也に首を向けてくる。
「さっ、幹也君。帰ろうか。事務所で温かい紅茶を御馳走しよう」
「え? あ、はい」
幹也の答えを待たずに美代子が歩き出してしまったので、仕方なく追いかける幹也。伸一の様子も気になったが、美代子のせいで怒り心頭な様子なので、後日落ち着いてから話をしようと考えたのだ。
日菜が死んで以来、禄に人と付き合わずに着てきた幹也にとって、怒っている相手を鎮めることなど難易度が高すぎるのだ。
こうして。
最後に少し妙な雰囲気となったが、幹也は美代子に促されるまま怪奇探偵事務所に向かったのだった。




