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群馬県の祠についての報告書  作者: 九條葉月


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ウィッカーマン


 


 その日。


 幹也が探偵事務所に顔を出すと、美代子はテーブルの上に木の枝を広げていた。


 そう、木の枝だ。


 一本の長さは60cmくらいだろうか? ずいぶんと大きく見える。ぐねぐねと曲がっているのでたぶん柳の枝だろう。全ての葉を落とされた柳が数十本、それと剪定用のハサミや細めの荒縄がテーブル上に置かれている。


 またおかしなことを……。


 少し呆れてしまう幹也だが、大人なので口にはしない。それにこういう予想外のことをする美代子のことを好ましく思っているのもまた事実だった。


「今日はまた、何をしているのですか?」


「おぉ、幹也君。丁度いいところに。先に『ガワ』だけ作っておこうと思ったのだけどね。キミが来たなら完成させてしまおうか」


「ガワですか?」


「うん、外ガワ。さて、キミに渡しておいた腕時計を返してもらえるかな?」


「あ、はい」


 あの『祠』の本体が近くにいるとき、自動的に観測したり美代子に知らせたりしてくれるものという腕時計だ。


 元々美代子に渡されただけのものなので、素直に左手の腕時計を外して渡す。


 幹也には腕時計をする習慣などなかったはずなのだが、それでも最近はずっと腕時計をしていたので左手首が妙な感じになってしまった。


「もう観測はいいのですか?」


「ん? ……あぁ、そういうことにしておいたのだっけ」


「そういうことって」


「本当はね、キミがしばらくこの腕時計をしていることに意味があったんだよ」


「はぁ……?」


 なにやらよく分からないが、幹也は嘘をつかれていたらしい。まぁ不思議と怒りは湧いてこなかったのだが。


「腕時計の本来の意味とは?」


「そうだねぇ。まずは作ってみてから教えようかな」


 美代子が受け取った腕時計を左に持ち、テーブルの上の枝を手に取った。


「ちょ、ちょっと」


 思わず止めてしまう幹也だった。美代子の指にはまだ火傷の絆創膏が巻かれていたためだ。何をするのかは分からないが、傷口に負担が掛かるような作業は避けさせたい。


「キミ、心配性だよね」


「先生が雑なだけです」


「雑……なら、雑じゃないキミに手伝ってもらおうか」


 枝と腕時計を手渡される幹也。どうやら手伝うことは決定事項であるようだ。


 美代子の指示に従い、左手に腕時計を持ち、その周りに柳の枝を巻き始める。


 とはいえ枝を曲げてグルグルと巻くのではなく、何本もの枝を束ねていく感じだ。腕時計を中心として巻物を作っているとでも言おうか? 俗な言い方をすれ藁巻き納豆のようだ。


 腕時計の周りを枝で一周させたあと、荒縄でそれを縛り止める。


 続いて十字架を作るように枝を直角に束ねていく。


 足こそないがまるで『藁人形』のようだな、という少し物騒な感想を抱く幹也。そんな彼の感想が聞こえたわけではないだろうが、今度は枝の下半分を二股に分けて足部分を作っていく。


 足部分が完成すると、ますます藁人形にしか見えなくなった。もちろん柳の枝を使っているのでかなり大きめなのだが。


「藁人形でも作っているのですか?」


「ん? ははっ、藁人形か。確かにそう見えなくもないね。役割としても似ているかもしれない。これは『ウィッカーマン』さ」


「うぃっかーまん、ですか?」


「元々は北欧で使われていたものでね。古くはカエサルが書き残しているね。おっと、カエサルは知っているかな? 『賽は投げられた』とか、『ブルータスお前もか』の人」


「一応知ってはいますけど」


「結構。そのカエサルがガリア戦記という書物に書き残したのがウィッカーマンだ。なんでも見上げるほど大きな檻の中に生きた人間を入れ、そのまま焼き殺してしまうらしい。いわゆる生け贄の儀式だね」


「は、はぁ……」


 察するに今作っているものがウィッカーマン――の、ミニチュアなのだろう。となると幹也がしていた腕時計が『生け贄』の代わりなのか。


「そんな物騒なものを、なぜ?」


「うちの家系に先祖代々受け継がれている秘術でね」


 そういえば美代子は北欧の血筋だという話をしていたなと思い出す幹也。


「生け贄なら衝動靴でもいいのだけど、生き物を使うのはさすがに可哀想だし、幹也君からも反対されそうだからね。こうして腕時計を使うことにしたのさ」


「小動物を使うのはまだ理解できますが、腕時計のような機械で代用品になるのですか?」


「うん。この腕時計は幹也君が肌身離さず身につけていたから色々と『移って』いるし、汗も染みこんでいる。知っているかい? 汗とは血液から作られるんだよ。身代わりに血液を染みこませるのは定番だよね。本物の血液を使ってもいいんだけどそれだとちょっとわざとらしいんだよね。濃すぎて逆に不自然というか」


「そ、そうですか……」


 よく分からないことを早口でまくし立てられ、密かに引いてしまう幹也だった。


「理屈はよく分かりませんが……なぜ嘘をついてまで俺にその腕時計を持たせたのですか?」


「だってキミ、身代わりを使ってまで生き延びようとは思っていないだろう?」


「それは、そうですが……」


 別に死んでもいいと思っている人間を、わざわざ身代わり人形まで作って救おうとする理由はなんだろうか? 純粋に、理解しがたくて首をかしげてしまう幹也。


「――頼まれたからね」


 クスクスと笑いつつウィッカーマンから視線を上げ、幹也を見つめてくる美代子。


 あかいあかい、綺麗な瞳だ。


 まるでこのまま吸い込まれてしまいそうな……。


「それに――キミがいなくなると、私が寂しい。それで納得できないかな?」


「…………」


 納得できるはずがない。そもそも幹也と美代子は出会ったばかりなのだから。名前と職業以外は趣味も好き嫌いも把握していないのだ。


 だが。


 なぜだか美代子の瞳に見つめられていると、可笑しなことはないように思えてしまって。


 半ば無意識に幹也は頷いてしまうのだった。




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