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群馬県の祠についての報告書  作者: 九條葉月


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13/19

前日譚 二ヶ月前 理喜





 先日、理喜の元に旧友からの連絡があった。高校時代のクラスメイトである明美が電車にはねられ死んでしまったというのだ。


 昔、理喜は明美のことが好きだった。明美の気を引くためなら何でもしていた。……若気の至りというヤツだ。


 明美の葬式は東京で行われるのだという。検死に時間が掛かったし、遺体も原形を留めていないためすでに火葬は終わっていて、遺体のない形式的な葬儀なのだそうだ。


「……ついでに高尾山にでも登るか」


 せっかく東京に行くのだから趣味の登山を。そんなことを考えて葬儀への出席を決めた理喜だった。いくら高校時代に好きだった女だとはいえ、しょせんは十年も前のこと。かつての想いに区切りを付けるには丁度いいように思えたのだ。


 葬儀場近くのホテルを取り、喪服に着替え、葬儀場へ。


 会場には何人か見知った顔がいた。そんな彼らと昔を懐かしみつつ雑談していると……一人が親指でとある人物を指し示した。


 理喜たちと同い年くらいだろう。


 街を歩けば女性たちが放っておかないほどの美形だ。どこか見覚えがあるので高校時代の同級生かもしれない。若いのに見事なまでに喪服を着こなしていた。


 その男の名前も教えてもらったのだが、理喜には誰であったか思い出せなかった。クラスが違えばそんなものだろう。


「あいつ、明美にプロポーズしたらしいぜ」


「へぇ」


 明美を好きだった男として少し胸が痛む理喜だった。自分が好きだった女はあんな美形と結婚するつもりだったらしい。


 だがそれも、自殺してしまっては何の意味もないのだが。


 通夜が終わり、ホテルで着替えてからお清めと称して街に繰り出す。明美とは心の決着を付けたはずだが飲まずにはいられなかったのだ。




        ◇




 翌朝。理喜は早起きして山を目指していた。都内から電車一本で行ける山なのでずいぶんと気が楽だ。


 昨日深酒しすぎたのか少し頭が痛い。だが、簡単な山なので問題なく登れるだろうと判断する理喜。わざわざ有休を取り、ホテルまで取ったのに中止するのは勿体ないという考えもあった。


「ん?」


 電車の中を何の気なしに見渡すと、見知った顔を見つけた。正確には見知ったというよりはこちらが一方的に知っているだけなのだが。


 昨日葬儀の会場で見かけた男だ。明美にプロポーズしたという……。名前も聞いたはずなのだが忘れてしまった。


 リュックの大きさからして彼もまた登山をするつもりなのかもしれない。プロポーズをした女性の葬儀翌日に登山というのはどうかと思ったのだが……まぁ、そういうこともあるだろうと理喜は納得する。


プロポーズしただけなら家族というわけではないし、山に登るという行為は傷ついた心を癒やしたり自分の中の考えを纏める効果があると知っていたからだ。




 かちゃん、と。




 そんな音が聞こえた気がした。


 再び辺りを見渡すが、それだけ。じっくりと音源を探すような真似はしない。これだけ人がいるのだから音の一つや二つ聞こえても不思議ではないからだ。


 まるで耳元で聞こえたような音だったのでその辺は奇妙だったが、理喜は特に気にすることなく車窓に目を移すのだった。




        ◇




 電車に揺られ、目的の山最寄りの駅で降りる。


 かちゃん、と。


 先ほどと同じ音がしたが、気にすることなく登山道に向かう。東京という人の多い場所でそんなことをいちいち気にしてはいられないからだ。


 水分補給と準備運動をしてから山に入る。


 何とも清らかな雰囲気だ。深呼吸をしているだけで身体の中がどんどん綺麗になっていくかのような――


 かちゃん、と。


 やはり、その音が聞こえた。


 さすがに気になった理喜は一旦立ち止まり、振り返った。


「ん?」


 見知った顔を見つける理喜。先ほど電車の中で見つけた男性だ。


 しかし特に気にすることはない。同じ電車に乗り、同じ山を目指したのだ。登山道でも近くを歩くのは必然とすら言えるからだ。


 その男がこちらを向きそうになったので、慌てて前を向く。


 そのまま登山道を進んでいくと。


 かちゃん、と。


 背後から音がする。


 振り返るが、そこにいたのは先ほどの男性だけ。彼が音を立てているのだろうか? いやしかし、それにしては耳元で聞こえすぎている気がする。


 何度か首を横に振ってから再び登山道を進んでいき、


 かちゃん、と。


 やはり音がする。


 振り返るが、先ほどの男性とは少し距離が空いていた。おそらく山に慣れておらず理喜のスピードには付いて来られないのだろう。


 あの音は耳元で聞こえた。


 つまり、あの男性が発生源ではないのだろう。


「二日酔いか?」


 無理やりそう結論づける理喜。なんだか後ろの男性が気になって仕方ないので、しばらく休憩しつつ男性を先に行かせることにする。


 ちょうど手頃な岩があったので腰掛け、一休み。


 その間に男性は理喜を追い越し、先に行ってしまった。


 かちゃん、と。


 背後から音がする。男性は先に行ってしまったのに。そもそも岩に腰掛けている理喜の背後にあるのは崖だけだというのに。


「なんなんだよ、いったい……?」


 かちゃん。


 かちゃんと音がする。


 かちゃん、かちゃん、かちゃん、かちゃん、かちゃん。


 耳元で。うるさいくらいに。繰り返し繰り返し、あの音がする。


「ああもう! なんなんだよ!?」


 音の鳴りすぎで頭痛すらしてきた理喜は両手で耳を覆い隠した。物理的に音を聞かないように。


 だというのに。


 かちゃん、と。


 その音は聞こえてしまう。耳を手のひらで覆っているというのに。まるで耳の中に何かがいるように直接響いてくるのだ。


「うるさい! うるさい! うるさい! うるさい!」


 理喜は身をかがめ、大声でまき散らす。自分の声でその音をかき消すように。


 だが、やはり聞こえる。


 かちゃん、かちゃんと。


 耳を塞いでいるのに。


 こんな大声で騒いでいるのに。


 あのおとが、きこえる。きえてくれない。


 どうして――


「あ! あぶない!」


 誰かがそんなことを叫んだ。聞き慣れない声。他の登山客だろうか?


 理喜が思わず顔を上げると、目の前に広がる崖が目に入った。


 ぱらぱらと。小さな岩が上から下へと転がっている。


 嫌な予感がした理喜が崖を見上げる。


 大きな。


 大きな岩が、理喜目掛けて転がり落ちてきていた。


 その岩の奥。


 崖の上にいるのは――甲冑武者?




『――約定は、未だ果たされず』






 その日。半ば観光地となっている山で落石事故が起こり、巻き込まれた登山客の一人が亡くなってしまった。


 落ちてきた岩に頭を押しつぶされ、首から上の原形を留めない酷い死に様だったという。


 他の登山客の目撃証言から不審な点はなく、不幸な落石事故として処理された。


 ただ、落石の直前に犠牲者が何か叫んでいたという情報もあったが……落石とは関係ないので特に顧みられることはなかったという。



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