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群馬県の祠についての報告書  作者: 九條葉月


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11/16

善人



 その日。

 幹也は再び群馬の土を踏んだ。


 葛城日菜の月命日に墓参りをするついでに、美代子のところに顔を出そうとしたのだ。


 美代子が東京までやって来て、あの腕時計を受け取ってから一週間ほど。あのあと特に連絡はないし、幹也としても何もしていない。ただ美代子に渡された腕時計を付けて生活しているだけで。


 祠は幹也を取り殺していないし、葛城日菜も幹也を呪い殺していない。


 それが、幹也には不気味に感じられた。

 なぜ自分がまだ生きているのか、改めて問い直そうとしたのだ。


 最寄り駅から探偵事務所まで、地図の上では近い距離となる。が、事務所は崖の中程にあるので徒歩で向かうのはそこそこキツい道のりだった。


 しかし事務所の近くにバス停はないし、距離は近いのでタクシーを頼むのも気が引ける。


「……しょうがない」


 色々と諦めた幹也は歩いて事務所を目指したのだった。


 怪奇探偵事務所。

 相変わらずレトロな外見をした建物の階段を上り、二階の事務所入り口をノックする。


「はーい、どうぞー」


 少しだけ聞き慣れた声が帰って来たので、幹也は迷うことなくドアを開けた。


「先生、お久しぶりです――」


 挨拶をしつつ事務所内に視線を向けた幹也は絶句した。床のあちこちに和紙が散乱していたためだ。


 学校の習字の時間に使うような和紙。


 そんな和紙には何とも奇妙な文字と絵が描かれていた。文字はいかにも古文書に使われていそうな、ミミズがのたくったような字。絵に関してはなんとも表現しにくいが、二本角の鬼をデフォルメしたような姿が描かれていた。


 鬼の絵を取り囲むように記された文字。


 幹也に読解はできないが、『怪奇探偵』が書いているのだから何か意味があるのだろう。


 そんな怪奇探偵・美代子は執務机に向かいながら筆を走らせていた。今は作業的にいいところなのか幹也の方を向こうともしない。


「先生、これはなんですか?」


「ん? あぁ、この前幹也君から貸してもらった報告書があるだろう?」


 幹也の同級生が書いた『群馬県の祠に関する報告書』のことだろう。


「はい、ありますね」


「それの巻末資料に、『千鬼様』を祀るお札が載っていたので複製してみたんだよ。類似例を探すなら疫病退散のために自ら鬼の姿となった元三大師の角大師とか、鬼大師かな」


「はぁ」


「で、このお札を逆に辿れば祠に関する情報を得られるんじゃないかなと思ったんだよ」


「そんなものですか」


 やはり幹也にはよく分からない話だが、美代子が言うのだからそうなのだろう。こういうのは専門家の言葉を信じればいいと幹也は仕事をする中で学んだのだ。


 そんな専門家はなぜか難しい顔をしている。


「しかし、どうやら元となったお札を模写したものらしくてね。何度か試してみたが、どうにも繋がりが薄いというか、そもそも効果を発揮していないんだよね。本物のお札があれば話が早いんだが……」


 首をかしげる美代子を見て、幹也は親友・伸一の言葉を思い出した。彼も祠について調べておいてくれると言っていたじゃないか。


「じゃあ、詳しそうな人のところに行ってみますか?」




        ◇




 この事務所の一階は駐車場となっていて、昭和レトロな車が停められている。


 今、幹也たちはその車に乗り込み、幹也の『心当たり』へと向かおうとしていた。


 もちろん運転するのは車の持ち主である美代子だ。


 正直言って和服で車の運転などできるのかと不安だった幹也だが、美代子は意外と巧みに車を操っていた。むしろ手慣れていると言っていいだろう。


「この辺は車がないとどこにも行けないからね。最近は市役所も遠くに移転してしまったし。特にうちの事務所は崖の中にあるから徒歩も厳しいんだよ」


 バスやタクシーで難儀することの多い幹也もその辺は納得するのだった。高校時代は学校の目の前にバス停があったのであまり意識したことはなかったが。


 車は幹也の指示に従い、下鄕へ。地元民しか使わないような細道をしばらく進むと、目的の家はある。


 店ではないので看板などない。相変わらず何の変哲もない平屋建てだ。


「ほう、ここが例の『歴史研究家』のお家かい?」


「えぇ。なんだかいつの間にか学者様になっていましたね」


 幼なじみの立身出世を喜びつつ、幹也は呼び鈴を鳴らした。事前に電話でアポは取っているので留守を心配する必要はない。


 少し動きの悪い玄関ドアが開けられる。


「おう、幹也。最近よく会う――ん?」


 無精髭を伸ばしたままの顔で出迎えてくれた伸一は、美代子を見て訝しげな顔をした。


 まぁ、それはそうかと幹也も納得する。なにせ美代子はこの暑いのに和服を着ている。しかも外見が銀髪赤目とくれば、怪しむなという方が無理な話となるだろう。


「あぁ、あんたが例の怪奇探偵か……」


 警戒感を隠す様子のない伸一。


 対する美代子はにっこりと笑ってみせた。なんとも感情の込められていない、作り物めいた笑顔だ。


「よろしく、名探偵の朽木美代子だ」


「…………」


「…………」


 このとき、おそらく幹也と伸一の心は一つになった。「自分で名探偵って名乗るのかよ」と。




        ◇




 相変わらずの煙草のニオイ。

 相変わらず吸い殻が詰め込まれたガラス製の灰皿。


 いつもと変わらぬ伸一の部屋に通された幹也と美代子は、軽く事情を話してみた。


「はぁん、東京まで事件を調べにねぇ。ご苦労なことで」


 伸一は普段から口の悪い男だが、美代子相手には態度まで悪い気がする。


 そんな反応をされるのは慣れているのか美代子は気にした様子もなく話を進める。


「うん、それが仕事なのでね。で、『千鬼様』のお札があればお借りしたいのだけど」


「……まぁ、それほど貴重な資料って訳じゃないから構わんが。旧家に行けば新品も手に入ることだし」


 どうやら『千鬼様』は今でも信仰厚く、お札も作られ続けているらしい。


 いかにも面倒くさそうに立ち上がった伸一は奥へと引っ込み……和紙で作られたらしきお札を持って戻ってきた。


 美代子にお札を渡すと、伸一は犬を追い払うように手を振った。


「……用事が済んだならさっさと帰れ」


 ぶっきらぼうな物言いをする伸一だった。いつものことなので気にすることなく席を立つ幹也。


 美代子と並んで伸一の家を出て、車の中へ。


「さて、ではさっそく事務所に戻って実験開始といこうじゃないか」


 口ぶりからして幹也も参加するのは確定らしい。幹也がいても何の役にも立たないのだが。


(あ、いや、後ろにいる祠が反応を示すのだったか)


 そのために観測機器である腕時計も渡されたのだし。そんなことを考えながら幹也が納得していると、


「しかし、あの伸一という男。ずいぶんとぶっきらぼうだったね」


 不愉快にさせてしまっただろうかと不安になり美代子の顔を見るが、どうにも感情を読めない表情をしていた。少なくとも怒っているようではなさそうだ。


 ここは親友をフォローしておくかという気になる幹也。


「あぁ、昔から少し人付き合いが悪いですね。俺よりはマシですが。でも、悪いやつじゃないんですよ」


「ほぅ?」


「伸一とは幼なじみなんですが、昔から何かと気に掛けてくれましてね。今では唯一交流がある同級生ですよ」


「……キミ、騙されやすいとか流されやすいって言われないかい?」


「先生以外に言われたことはないですね」


「ふぅん」


 やはり、何とも感情の読めない表情をする美代子だった。




        ◇




 事務所に戻ると、美代子はいつも通り桃味のフレーバー水を準備してくれたあとソファに座った。


 なんとなく、幹也も対面のソファに腰を下ろす。


「お札というのは電話で言うと子機みたいなものでね。本体と繋がっているんだよ。まぁ最近ではそこまでちゃんとしたお札も少なくなってきているのだけど」


「はぁ」


 子機という言葉にピンとこなかった幹也だが、特に質問はしない。どうせ心霊的な話は分からないことばかりなのだから、分からないことがもう一つ増えたところで大した問題とは思えなかったのだ。


 そんな幹也の様子に気づくことなく美代子は説明を続ける。


「つまり、このお札を通じて祠の本体と接触できると思うんだよ。そうすれば色々と情報が手に入るし、対策も取りやすい」


「そんなものですか……。あの、それなら俺の後ろにあるという祠を使えばいいのでは?」


 幹也に取り憑いている祠はマーキングみたいなもので、本体と繋がっていると美代子は説明してくれたはずだ。


「いやいや、もし失敗して幹也君の首が吹き飛んだりしたら笑えないからね。ここは替えが準備できるお札を使おうじゃないか」


「別に俺は構いませんが」


 どうせ祠に取り殺されるか葛城日菜に呪い殺されるのを松見なのだから。どうせ死ぬなら美代子の役に立った方がいいだろう。


 と、幹也としては真っ当な理由があっての発言だったのだが、美代子はなぜか呆れ顔だ。


「キミねぇ。自分の命はもうちょっと大切にした方がいいよ? ――葛城日菜も悲しむだろう」


「日菜が、ですか?」


 本気で理解が及ばずに首をかしげる幹也。そんな彼の態度にため息をつきつつ、特に何も言うことなく美代子が改めてお札を手に取った。


「さて、どうなるかな――おっと」


 突如として。


 お札が炎に包まれた。


 だというのに美代子はお札を手放す様子がないので、幹也は慌ててコップを手に取り、水を美代子の手にぶちまけた。


 お札の火は消えたが、少し遅かったらしく美代子の指先は赤くなってしまっている。


「ちょっと! 何しているんですか!?」


「いやいや、少し失敗しただけだよ。自動の反撃みたいなものを喰らったのさ。油断したねぇ、この事務所には結界が張ってあるから大丈夫だと思ったのだけど……」


「のんびり解説している場合ですか! まずは水で冷やしますよ!」


 美代子の手を掴み、半ば強引に給湯室へ連れて行く幹也。水道で手を冷やすが……火傷は水ぶくれになってしまっていた。


「とりあえず水は出しっ放しにして。20分くらい冷やしてください。あとは病院ですね。今日やっているか確認してきます」


 スマホをポケットから取り出して近くの病院の電話番号を探し始める幹也。


「幹也君。そんな大げさにしなくても大丈夫だよ。軽い火傷ならすぐに治るから――」


「ダメです。許しません」


 きっぱりと拒絶してから幹也は給湯室を出て、病院に電話をかけ始めた。


 そんな彼の背中を見つめながら「自分の生き死にには無頓着なくせにねぇ」と呆れてしまう美代子だった。





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