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第八話:ノクス村の疫病

汚染された湖を後にした5人は、旅人たちから聞いたノクス村を目指した。


湖が村の唯一の水源であるという事実は、彼女たちの胸に暗い予感を抱かせていた。


村の入り口を示す簡素な柵が見えてきた時、最初に異変を感じたのは花音だった。


「……静かすぎますわ。人の気配が、とても薄い」


村に足を踏み入れると、その予感は最悪の形で的中した。


そこは、死臭と汚物の臭いが混じり合った、絶望的な空間だった。


粗末な家屋の扉は固く閉ざされ、道端にはやせ細った村人たちが力なく座り込んでいる。


彼らの目は虚ろで、5人の姿を見ても、警戒する気力すらなかった。


ハエがたかる音だけが、不気味に響いている。


「ひどい……」


観月が息を呑む。湖で出会った旅人たちよりも、明らかに状況は深刻だった。


飢餓と疫病が、村全体を蝕み尽くしていた。


「《分析》……。村人の大半が重度の栄養失調状態。加えて、汚染された水を長期間摂取したことによる中毒症状と、劣悪な衛生環境による感染症の蔓延を確認。……生存率は極めて低いわね」


恵が顔をしかめながら報告する。


「まずは話を聞こう。この村の責任者はどこだ」


舞が比較的意識のはっきりしている老人に尋ねると、老人は力なく村の中央にある、少しだけ大きな家屋を指さした。


扉を叩くと、中からやつれた顔の男が現れた。村長だった。彼は5人を怪訝な目で見つめた後、重い口を開いた。


「余所者が何の用だ。見ての通り、この村は終わりだ。関わらない方が身のためだぞ」


「私たちは治療師ヒーラーです。何か手伝えることはありませんか」


結衣が申し出る。


「治療師だと?」


村長は自嘲気味に笑った。


「何人もの治療師や神官が匙を投げた。これは病気ではない。この地の神が怒り、村に『呪い』をかけたのだ」


呪い。科学的な思考を持つ彼女たちには受け入れがたい言葉だったが、知識の乏しいこの世界の人々にとっては、理解不能な災厄はそう呼ぶしかなかったのだろう。


「とにかく、見せてください。一番重症な患者はどこですか」


結衣の熱意に押され、村長は渋々、家の中に招き入れた。


薄暗い部屋の奥、粗末なベッドに横たわっていたのは、一人の少年だった。年は8歳か9歳くらい。


「!」


結衣は息を呑んだ。少年の姿が、弟の優斗と重なる。


高熱にうなされ、呼吸は浅く、手足には不気味な黒い斑点が浮かんでいた。


もし、優斗がこんな風に苦しんでいたら。それなのに、自分には何もできないとしたら。


(助けなきゃ。絶対に助けなきゃ!)


「《ヒール》!」


結衣は持てる限りの集中力を込めて回復魔法を唱える。だが、湖の時と同じだった。


光は少年の体を包むが、根本的な病巣を取り除くことはできない。一時的に熱が下がっても、すぐにぶり返してしまう。


「花音さん! 《癒やしの歌》を!」


「はい!」


花音が歌い始める。確かに少年の苦痛は和らぎ、生命力は維持されている。だが、それだけだ。


回復には至らない。疫病の進行速度が、回復速度を上回っていた。


「どうして……どうして治らないの!?」


結衣は叫び、何度も、何度も《ヒール》をかけ続けた。MPが急速に消費されていく。


「結衣、落ち着いて! 非効率よ!」


恵が《最適化》をかけながら制止するが、結衣の耳には届いていなかった。


「私が、もっと頑張れば……! 私の力が足りないから……!」


無力感。自己無価値感。彼女の「心の枷」が、容赦なく彼女を責め立てる。


頑張っても報われない、結局、自分は誰も救えない。


その絶望が精神集中を乱し、スキルの効果をさらに低下させていく。


「はぁっ……はぁっ……ごめんね……ごめんね……」


ついにMPが底をつき、結衣は少年の前で泣き崩れた。


「……もう、いい」


村長が冷たく言った。


「お前たちにも無理だ。出て行ってくれ」


外に出た結衣は、魂が抜けたようにその場に立ち尽くしていた。


舞も、観月も、花音も、かける言葉が見つからない。魔法が通じない現実に、彼女たちもまた打ちのめされていた。


その時だった。


「いつまでそうしているつもり?」


恵の鋭い声が、沈黙を切り裂いた。


「だって……私の《ヒール》じゃ、何もできなかった……」


「《ヒール》が効かないことは、湖の時点で分かっていたはずよ。同じ失敗を繰り返し、リソースを無駄に浪費する。あなたの行動は、極めて非合理的よ」


「恵! 今はそんなこと言ってる場合じゃ……!」


観月が抗議する。


「いいえ、今だからこそ言うわ!」


恵は結衣に詰め寄った。


「魔法で治せないなら、別の方法を探せばいい。あなたは、この世界にはない、強力な『武器』を持っているはずよ!」


「武器……?」


「知識よ」


恵は断言した。


「私たちのいた世界の、公衆衛生と栄養学の知識!」


結衣がハッと顔を上げる。


「村長は『呪い』だと言ったけど、これは明らかに集団食中毒と感染症の複合汚染よ。原因は汚染された水と、劣悪な衛生環境。ならば、対処法はあるわ」


恵は、地面に木の枝で図を描き始めた。


「まず第一に、清潔な水の確保。汚染されているなら、飲めるようにすればいい。煮沸消毒ね」


「煮沸……!」


基本的なことだった。


だが、この世界の住人には、目に見えない細菌やウイルスという概念がない。火は調理のためのものであり、水を「消毒」するという発想がなかったのだ。


「第二に、衛生環境の改善。排泄物と生活圏が近すぎる。感染の温床になる。これを隔離し、徹底的に清掃する必要があるわ。」


「第三に、栄養補給。衰弱した体では、病気には勝てない。手持ちの食料と、この周辺で採取できる薬草を《分析》し、最も効率的な回復食を作るの」


恵の計画は、合理的かつ具体的だった。


それは、魔法というファンタジーな力ではなく、現代科学という現実的な力に基づいていた。


「ただ、これを実行するには、膨大な労力と時間が必要。そして、私の《分析》と《最適化》だけでは足りない。結衣、あなたの知識と経験が必要なの」


恵は、結衣の目を真っ直ぐに見据えた。


「立ち上がって、結衣。あなたの『革命』を始める時間よ」


恵の言葉が、結衣の心に火を灯す。


そうだ。自分は無力じゃない。


料理が好きで、弟の面倒を見てきた経験。学校で学んだ知識。それら全てが、この世界では「革命」になり得るのだ。


「……うん! やろう! 私たちのやり方で、この村を救う!」


結衣は涙を拭い、立ち上がった。


その瞳には、絶望の代わりに、確かな決意と情熱が宿っていた。


異世界の常識を覆す「公衆衛生革命」が、今、始まろうとしていた。


(第八話 終)


もし、この『放課後ファミレス(略)』を読んで、

「ちょっと面白いかも」

「結衣たちの絆、応援したい!」

「5人(特に恵)のポンコツ具合が可愛い」


……など、少しでも心が動いた瞬間がありましたら、どうか、画面下部にある【ブックマーク】と【評価(↓の☆☆☆☆☆)】を、ポチッと押していただけないでしょうか。


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