1周目・第21話:褒められたフライパン、スルーされた結衣
玉座の間に、シュールな静寂が満ちていた。
偽りの魔王は、眉間にフライパンを突き立てられたまま、白目を剥いて完璧に沈黙している。
「「「「……え?」」」」
舞、観月、恵、花音は、自分たちを殺すはずだった最大魔法が消え、魔王が調理器具で絶命しているという現実が飲み込めない。 結衣もまた、放心状態だった。
(あ、フライパン様投げちゃった……)
この、あまりにも締まらない決着の静寂を破ったのは、勢いよく開かれた玉座の間の扉の音だった。
「おおおお! なんという眩い光じゃ! まさか、魔王を倒したのか!?」
賢者アルドゥスが、息を切らせて駆け込んできた。
彼は、玉座の前で倒れている魔王の姿と、その眉間に突き刺さるフライパンを見て、状況を理解した。
「よくやった! よくぞ魔王を倒した、勇者たちよ!」
アルドゥスが歓喜の声を上げる。
その言葉で、仲間たちも我に返った。
「……倒した?」
「え、マジ? あのフライパンで?」
「……合理的です」
恵が、即座に《叡智の書》を開き、戦闘ログの分析を開始した。
「《叡智の書》の解析によれば、魔王は最大魔法の詠唱中、我々の投擲を一度は回避行動で見切った模様」
(え? 避けてないよ? 眉間に当たったよ?)
結衣が、そんな事実はないと口をパクパクさせるが、恵の分析は止まらない。
「ですが、フライパンは、持ち主の『八つ当たり』という名の強靭な殺意に反応し、エクストラスキル【投擲必中】を発動。魔王の回避行動を上回り、後頭部を追尾し、脳幹を破壊した……と結論付けられます」
((後頭部!? 眉間じゃなくて!?))
アルドゥスと結衣の心の声がハモったが、4人の「勘違い」は止まらない。
「やった! やったじゃん!」
観月が、真っ先に駆け出した。舞も、花音も、安堵の表情で後に続く。
彼女たちは、泣き崩れている結衣を完全にスルーし、魔王のそばに落ちている本体の周りに集結した。
「フン。まさか、お前に【即死】や【自動防御】以外の、隠し機能があったとは。……完璧だ」
慈しむようにフライパンを撫でる舞。
「てか、アンタ最強じゃん! 魔王、避けたのに追尾して殺すとか、マジリスペクト!」
仲間の肩を叩くような感覚で、フライパンの底面を叩く観月
「ああ、フライパン様……ありがとうございます……。これで帰れますわ……」
服が汚れることを厭わず、床に正座して、そのままフライパンに向かって両手を合わせて拝む花音。
4人は、魔王を倒した真の勇者を囲み、口々にその功績(?)を称賛した。
「……」
結衣は、その光景を、仲間たちの輪の外側から、呆然と見つめていた。
(私……フライパン投げたの、私……)
(ていうか、スキルとかじゃないし……八つ当たりだし……眉間だし……)
だが、その声は誰にも届かない。
恵は、この「世紀の勘違い」を、一字一句違わぬよう《叡智の書》に誤って記録している。
(私、フライパンを……!)
彼女は、最後まで「付属品」であり、「空気」だった。
「さあ、勇者たちと、フライパンよ!」
アルドゥスは眉間と後頭部の違いに悩みつつも、感動に打ち震えながら、「帰還の羅針盤」を起動させた。
神殿が眩い光に包まれ、玉座の間に、岡山へと繋がる黄金のゲートが出現する。
「これで、元の世界へ帰れるぞ!」
その瞬間だった。 さっきまでフライパンを称賛していた4人の表情が、スッと「無」に変わった。
彼女たちは、互いに目配せすると、次の瞬間には、我先にとゲートに向かって猛ダッシュしていた。
「押すな!」
「てめーが押すな!」
舞と花音が揉めてる間に、恵は無言で最短ルートを突っ切り、花音も優雅にゲートインする。
そこには、世界を救った仲間への感謝も、この世界への惜別も、微塵もなかった。
あるのはただ、「こんな奴らと一秒でも早く縁を切りたい」「岡山に帰りたい」という、中2女子の純粋な欲望だけだった。
「あ、待って! 私も!」
結衣は、慌てて彼女たちの後を追う。 彼女は、魔王のそばにあるフライパンを一瞬だけ振り返ったが
(もう、いらない!)
フライパンという名の過去を捨て、仲間たちの背中を追いかけ、黄金の光の中へと飛び込んだ。
こうして、アストラディアは平和を取り戻し、5人の勇者たちは故郷へと凱旋した。
(第21話 終)




