1周目・第10話:ついに、敵さんからも「障害物認定」されてしまいました
司令官がマニュアル外の敵に襲われ号泣し、盾役がそれを助けもせず叱責するという地獄絵図。
あの件により、パーティ(仮)の空気は、もはや魔王城の瘴気よりも邪悪で澱んだものになっていた。
「……」
「……」
恵は、泣きすぎて充血した目で《叡智の書》を睨みつけ、舞は、恵への軽蔑を隠さず《不壊の盾》を磨いている。
もちろん、会話はゼロ。
(気まず……い!)
最後尾で「立ってるだけ」の結衣は、この世の終わりみたいな空気感に、もはやビビる気力すら失いかけていた。
そんな中、最短ルートの渓谷で、新たな魔物の群れが出現する。
「……チッ。ワイバーンの群れです。マニュアル55ページ、パターンC」
恵が、鼻をすすりながらボソボソと指示を出す。
「最適解は、舞が前衛でヘイト管理。観月が対空砲火。結衣と花音は、岩陰(座標5, 12)で待機」
「りょーかい」
観月が、面倒くさそうに《魔力無限の宝玉》を構える。
「……合理的だ」
舞も盾を構える。
だが、マニュアルの絶対性が崩壊した今、パーティの「作業」は、決定的に噛み合わなくなっていた。
「ヒャッハー! 落ちろー!」
観月が、MP無限に任せて魔力弾を乱射する。ワイバーンたちはそれを巧みに回避し、散開した。
「おい、脳天気! 狙いが分散する! マニュアル通りに動け!」
舞が叱責する。
「はぁ? 避けたあいつらが悪いでしょ。てか、舞がもっと前に出て、ちゃんとヘイト管理してよ!」
「私が完璧にヘイト管理している! お前の火力が足りないから敵が散るんだ!」
「あー、もう、ダル! てか、結衣がもっと前に出て、フライパン(自動防御)で攻撃吸ってくれればいいんじゃん!」
観月が、とんでもない責任転嫁を口にした。
「……そうだな」
舞も、その非合理的な提案に、合理的だと同意した。
「おい、道具。お前が敵陣の真ん中に立て。それが最適解だ」
「え」
それまで岩陰で「置物」に徹していた結衣が、顔を上げた。
「道具に判断力を期待するな、観月。だが、指示通りに配置するのは有効だ」
舞は、結衣(の付属品)ではなく、フライパン(本体)に命令する。
「だよねー。ほら、フライパン置き場、行ってきなよ」
(道具……フライパン置き場……)
結衣の中で、これまで蓄積されてきた屈辱が、ついに沸点を超えた。
(私だって……私だって、早く帰るために頑張ってるのに!)
「私だって……戦う!」
結衣は、生まれて初めて仲間に反抗し、フライパンを構え、岩陰から飛び出した。 彼女の【当たれば即死】があれば、あるいは。
「邪魔だ。立ってろ」
だが、結衣が踏み出した一歩は、岩陰から出てきた舞によって、完璧に阻まれた。
舞は、結衣を邪魔な障害物のように片手で岩陰に押し戻すと、自分だけが前線に躍り出た。
「あ……」
結衣は、その場にへたり込む。
仲間から「道具」と呼ばれ、唯一見せた勇気(抵抗)は「邪魔だ」の一言で一蹴された。
そして、そのあまりにも絶望的な光景は、上空のワイバーンたちにも見られていた。
「ギギッ? (あのフライパンの個体、さっきから動かないな)」
「ギギッ!(ああ。近づいても【自動防御】で弾かれるだけだ。攻撃しても無駄だぞ)」
「ギーッ!!(時間と体力の無駄だ。あいつは無視しろ。盾と宝玉を狙え)」
ワイバーンたちは、結衣を「攻撃する価値のない障害物」だと完全に認識した。
結果。
「ヒャッハー!」
「チッ!」
渓谷のど真ん中では、舞と観月がギスギスしながらワイバーンと激戦を繰り広げ、 その後方では、恵が泣きながらマニュアルを修正する。
一方、花音は――。
「ヒャッハー!」という観月の叫びも、「チッ!」という舞の舌打ちも、ワイバーンの羽音さえも、まるで遠い世界の出来事のようだ。
彼女の周りだけ、時間が止まっている。
爆発音、そして、閃光。そこへ、爆散したワイバーンの血飛沫が混ざる。
花音は、その光景をただぼんやりと見上げていた。
(まあ……。まるで、花火のようですわ)
そして、その戦闘のど真ん中で。
結衣だけが、敵からも味方からも完全に無視され、フライパンを構えたまま、一人ポツンと取り残されていた。
◇◇◇
「アッハッハッハ! なんだこれ! なんだこの構図は!」
マリオニスは、水晶玉に映るシュールすぎる光景に、もはや笑うしかなかった。
「戦闘のド真ん中で! 主人公(仮)が! 敵にも味方にもガン無視されて、一人だけ体育座りしてる!」
(※編集部注:結衣は立っているが、マリオニスの目にはそう見えた)
(シュールだ、涙が出るほど面白い……!)
そう思うマリオニスだが、一つの純粋な疑問にたどり着く。
(てか、なんで誰もあの子を攻撃しないんだ!?)
(第10話 完)




