第六話:MP不足?なら、効率化よ!
自由都市フォルトゥナへの道のりは、まだ半ばにも達していなかった。
舞の《カバー》と観月の《力のダンス》はパーティの戦闘能力を底上げしたが、アストラディアの大地は、魔物とは異なる、より原始的な脅威で彼女たちに牙を剥いていた。
飢えと渇きである。
「……これが、今日の配給分です」
野営地で、恵が淡々と告げた。
差し出されたのは、干し肉の小さな欠片と、水筒のキャップ一杯分の水だけ。
アルドゥスから受け取った物資は、想定外の消耗により、すでに限界だった。
「ええーっ! これだけ? 昨日より減ってない?」
観月が思わず不満の声を漏らす。
「非効率的な抗議です。ないものはない」
恵の声は、いつも以上に冷たく、鋭かった。
「現状のリソースを分析した結果、これが私たちの生存期間を最大化するための最適解です」
恵は、地面に木の枝で描いたグラフを示した。
残存物資量と予測消費量の曲線が、絶望的な位置で交差している。
「このままのペースでは、三日以内に水が尽きます。そして、それ以上に深刻なのは魔力の枯渇。戦闘コストが計画値を大幅に超過しています。この収支バランスは完全に破綻しています」
重苦しい沈黙が流れる。
空腹と渇きは、確実に彼女たちの集中力を低下させていた。
恵は、誰よりもこの状況に焦りを感じていた。
効率と合理性を追求してきた彼女にとって、このリソース管理の失敗――「赤字経営」とも言える状況は、耐え難い屈辱だった。
舞と観月は新たなスキルを閃き、貢献している。だが、自分は?
(私の計算が甘かったせいで、みんなを危険に晒している。私が成果を出さなければ……!)
「成果を出さなければならない」というプレッシャーが、彼女の「心の枷」を締め付ける。
「当面の対策として、狩猟と採集を試みます。ですが……期待値は低いです」
恵の予測通り、現地調達は上手くいかなかった。
《分析》で食用可能と判別できても、確保する技術が伴わない。
恵自身も参加しようとするが、頭脳と身体の連携が取れない「ポンコツ」さが足を引っ張った。
「ふにゃっ!?」
何もないところで躓き、派手に転ぶ。その音で、近くにいたかもしれない獲物まで逃げてしまった。
「……すみません。私の運動能力が、非効率的でした」
貴重な体力だけが失われ、重苦しい空気が流れた。
◇◇◇
翌日。状況はさらに悪化した。
集中力の低下が判断を鈍らせる。そんな最悪のタイミングで、魔物の群れに遭遇した。
「キャァァァ!」
花音が悲鳴を上げる。
現れたのは、三匹の巨大な蜂――ヘルホーネットだった。不快な羽音を立て、鋭い毒針を光らせながら、立体的な軌道で襲いかかってくる。
「《分析》! ヘルホーネット! 素早く、毒針を持っています! 弱点は火ですが、動きが速く捉えにくい!」
「私が引き受ける! 《ガードアップ》!」
舞が前に出るが、空中からの攻撃は捌ききれない。
「観月、火属性で迎撃を! ですが、MP消費を最小限に抑えてください! 長期戦は不利です!」
恵が指示を出す。だが、MPを節約しようとした結果、攻撃の威力は落ち、戦闘はかえって長引いた。
ヘルホーネットの素早い動きに翻弄され、舞の体力がジリジリと削られていく。
「くっ……速い!」
「《ヒール》!」
結衣が回復魔法を唱えるが、その表情には明らかな疲労が滲んでいた。
「《分析》更新! 結衣の残りMP、危険水域よ! このままでは回復が止まるわ!」
恵は歯噛みした。
リソースを制限するという「引き算」の対策だけでは、この状況は打開できない。
(どうすればいい? MPは有限。回復量は必要。この二律背反を解決するには……)
彼女の脳裏に、元いた世界での知識が蘇る。コストカット、生産性の向上、効率化……。
(そうだ。総量を増やせないなら、「コスト」そのものを減らせばいい!)
その時、一匹のヘルホーネットが、防御の薄い結衣に狙いを定めて急降下してきた。
「結衣!」
「《カバー》!」
舞が咄嗟にスキルを発動し、ダメージを引き受ける。
だが、その直後、結衣がふらつき、その場に座り込んでしまった。
「ごめん……MPが……もう、出ない……」
回復役の機能停止。それはパーティの全滅を意味する。
「そんな……私の計算が……!」
恵は絶望しかけた。自分の合理的な判断が、結果的に仲間を窮地に追い込んだ。
ヘルホーネットが、とどめを刺すために舞に迫る。
(ダメだ。諦めるな。考えろ。もっと、もっと効率的に! 無駄を極限まで削ぎ落とせば……!)
恵は、座り込んだ結衣の隣に駆け寄り、彼女の手に触れた。そして、《分析》を全力で発動させる。
対象は敵ではない。結衣の体内を流れる魔力そのものだ。
(魔力が体内を巡り、術式として構成され、スキルとして発現する。このプロセスだ!)
情報が脳内に流れ込んでくる。
魔力の変換ロス、術式構成の遅延、不要な詠唱プロセス、感情の揺らぎによるエネルギーの拡散。
(何これ……まるで最適化されていないプログラムコードじゃない! 無駄が多すぎる!)
通常なら無視できる微細な「無駄」が、積み重なって膨大なロスを生んでいた。
(この無駄を、なくせばいい。魔力の運用プロセスそのものを、再構築する!)
それは、単なる分析ではない。現状の構造に介入し、より良い形へと導くこと。
「もっと、最適化できるはず!」
現状をコントロールし、完璧な効率性を実現したい。その「強い願い」が、恵の知性と結びつき、可能性を臨界点まで高めた。
大賢者としての本質が、今、目覚める。
「無駄なコストはカット! 費用対効果を最大化する! ――《最適化》!!」
恵の手から放たれた光が、結衣の体を包み込んだ。
「え……? なにこれ、体が軽い……?」
結衣が目を見開く。枯渇していたはずの魔力の感覚が変化する。魔力が増えたわけではない。
魔力を使うための「効率」が、劇的に変化したのだ。
「結衣、今よ! 《ヒール》を!」
「う、うん! 《ヒール》!」
結衣が咄嗟に唱えた回復魔法は、驚くべき効果を発揮した。舞の傷が完全に癒える。だが、そのために消費されたMPは、明らかに少なかった。体感で、半分以下だ。
「すごい! MP消費が半減してる! これならいける!」
恵が叫ぶ。新たなスキル《最適化》は、対象の魔法詠唱効率を劇的に高め、消費MPを大幅に減らす効果を持っていた。
「観月! あなたにもかけるわ! 《最適化》!」
「オッケー! なんか頭がスッキリした! 行くよ! 《ファイア・ボール》!」
《最適化》された観月が放つ火球は、詠唱速度も上がり、的確にヘルホーネットの羽を捉える。
火属性に弱いヘルホーネットが、次々と撃ち落とされていく。
「舞! 畳み掛けるわよ!」
「ああ! 反撃だ!」
MP効率の劇的な改善により、パーティは息を吹き返した。
連携が再び機能し始め、最後のヘルホーネットを撃破する。
◇◇◇
戦闘後、恵はその場にへたり込んだ。新たなスキルを使った反動か、激しい疲労感が彼女を襲う。
「恵! 大丈夫!?」
結衣が駆け寄る。
「……問題ないわ。想定の範囲内よ。」
強がりながらも、恵の表情には確かな達成感が浮かんでいた。
自分の知識が、計算が、仲間を救う力になった。その実感が、彼女の心をプレッシャーから解き放つ。
「恵、助かった。お前のスキルは、私たちの生存戦略を根本から変える」
舞が感謝を伝える。
「ふふん、当然よ。大賢者だもの」
恵は少し得意げに答えた。
「これで、MPの問題は当面解決できそうね。でも、食料と水の問題は依然として残ってるわ。それに……」
恵は、《分析》で得た情報を元に、森の奥、淀んだ空気の漂う方角を睨みつけた。
「この辺りの水場は、どうやら汚染されているようね。次の課題は、安全な水の確保よ」
危機は去っていない。だが、三つの新たな力を得た彼女たちには、それを乗り越える希望が確かに生まれていた。
(第六話 終)
もし、この『放課後ファミレス(略)』を読んで、
「ちょっと面白いかも」
「結衣たちの絆、応援したい!」
「5人(特に恵)のポンコツ具合が可愛い」
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