1周目・第8話:どうやら司令官殿は、ファンシーなクマさんがお好きなようです。
聖乃花音が「最後の光」を失い、パーティの「ノイズ」が自己解消されたことで、アストラディア攻略RTAは、再びその速度を取り戻した。
……いや、むしろ加速したと言っていい。
なにせ、パーティの行動方針に「非効率的」な異議を唱える者が、これでゼロになったのだから。
「(ピラッ)……次の座標は104.5、33.7。誤差なく進軍してください」
恵は、相も変わらず《叡智の書》の文字だけを追い、冷徹な指示を飛ばす。
その後ろを、 チートゆえにヒマを持て余している観月と、 完璧な陣形ゆえにやることがない舞が続く。
さらにその後ろを「第一の置物」である結衣と、「第二の置物」と化した花音が、無言でトボトボとついていく。
会話はゼロ。絆もゼロ。
ただマニュアルだけが、このパーティ(仮)を前進させる唯一の絆(?)だった。
恵は、自分のマニュアル通りに世界が進行していることに、完璧な満足感を覚えていた。
(全てが計算通り。このまま最短ルートで魔王を「処理」すれば、私の人生に遅延は発生しない)
彼女が、完璧な未来に意識を集中していた、その時。
「――ふにゃっ!?」
恵は、何もない平坦な地面で、盛大に足を滑らせた。
2周目であれば、ここでドサッと転ぶだけだった。
だが、ここは1周目。
彼女のポンコツな身体は、物理法則を無視したかのように、空中で無意味な一回転を披露してしまう。
ズボッ!!
という鈍い音と共に、彼女は頭から地面に突き刺さった。
そして、地面から逆さまに生えた両脚だけが、バタバタと空しく痙攣した。
(ビクッ!)
恵が突き刺さった衝撃音に、結衣がフライパンを構えてビビる。
シーン……と静まり返る街道。
パーティ(仮)が目にしたのは、地面から逆さまに生え、足をバタバタさせる「完璧な合理主義者(インテリクソ眼鏡)」の姿。
そして――。
無慈悲にめくれ上がった制服のスカートのせいで、真っ白な下着が丸見えになっていた。
そのお尻のど真ん中には、場違いなほどファンシーな「かわいいクマの絵」がデカデカとプリントされていた。
その可愛らしいクマは、「癒された」と言わんばかりの表情をしており、さらに周りに小さいハートをばらまいていた。
「…………」
「…………」
「…………」
一瞬の静寂の後。
「ブッ! アハハハハハ! クマ! クマさんパンツ! てか、埋まってるし! アハハハハ! ちょーウケる!」
腹を抱え、地面を叩いて大爆笑する観月。
もちろん助ける素振りなどない。
「……チッ」
舞は、クマの絵とバタバタする足を一瞥すると、土埃で汚れた自分の盾を拭きながら、心の底から軽蔑した声で呟いた。
「……非効率の極みだ」
装備品の汚れを気にする舞、もちろん助けない。
(ああ、見てはいけませんわ……)
そっと目をそらす花音。
もちろん彼女も助けない。
「ふっ…ざまぁ。」
誰にも聞こえない位のぼそっとした声でつぶやく結衣。
助ける気などさらさらない。
むしろ、ファンシーなクマに蹴りを入れそうな勢いだった。
「…………っっ!!」
屈辱に震えながら、恵は自力で頭を地面から引き抜いた。
スポンッ!という効果音が聞こえてきそうな位、コミカルな動きで。
そして、真っ赤な顔でマニュアルを拾い上げ、スカートを押さえる。
(今のエラーは私のせいじゃない! この地面のバグだ!)
(マニュアルは完璧! 私の計算は完璧! 完璧でなければ……!)
恵は、観月の甲高い笑い声を振り払うように《叡智の書》を強く、狂信的に抱きしめた。
この完璧な失態という屈辱的な記憶が、彼女をさらに《叡智の書》へ固執させる結果になるのだった。
◇◇◇
その頃。魔王城、玉座の間。
「アッハッハッハ! ひぃっ! く、クマっ! クマさんパンツが埋まってる!」
マリオニスは、水晶玉に映るその光景を見て、玉座から転げ落ち、床を叩いて爆笑していた。
「ぜ、全部計算通りだ、みたいな顔しておいて! 頭から突き刺さって! 足バタバタさせながら! よりにもよって…クマっ!」
涙を流し、腹筋が痙攣するほどの笑いが彼を襲う。
(ああ、最高だ! 最高の人形劇だ!)
脳内の快楽物質と言う快楽物質が、一斉に大量噴射したかのような笑いが城内にこだまする。
(あの「障害物」にも腹筋が壊れるかと思ったが、これは、それを超える!)
「完璧な合理主義者が、完璧にポンコツじゃないか!クマさんパンツって、いったい何の罰ゲームだよ!」
マリオニスは、このギスギスしたパーティ(仮)が織りなす、シュールで救いのないコメディから、ますます目が離せなくなっていた。
(第8話 完)




