1周目・第7話:聖女の祈り、届かず
チート装備によるゴリ押しと、フレンドリーファイアによるギスギス感。
人類史上最も絆のない勇者パーティ(仮)の空気は、もはや工業地帯のスモッグのように澱んでいた。
そんな中、最短ルートの街道で、またもや魔物の群れが出現する。
「……チッ。また雑魚です」
恵は、《叡智の書》から一切目を離さない。ページをめくる音だけが響く。
「最適解を提示します」
恵は、もはや敵の姿すら確認せず、マニュアルを読み上げる機械と化していた。
「観月、殲滅。舞、爆風に備え《不壊の盾》を。結衣は、立っていてください」
「りょーかい!」
観月が《魔力無限の宝玉》を掲げ、辺り一帯を更地に変えようとした、まさにその瞬間。
「あ、あの、お待ちになってくださいまし!」
パーティの最後尾で空気に徹していた花音が、おずおずと前に出た。
彼女は、この殺伐とした「作業」と仲間たちの、中2とは思えぬ荒んだ心に、精神的限界を感じていた。
(ああ、もう……。平穏が欲しいですわ……)
彼女はチート装備――《絶対魅了のリュート》を、初めて取り出した。
ポロロン……
花音が優雅な音色を奏で始めた、その瞬間。 魔物たちの殺意に満ちた目が、うっとりとしたハートマーク(比喩ではない)に変わった。
ゴブリンもオークも、持っていた棍棒をそっと地面に置くと、小動物のような声を出しながら、まるでアイドルのコンサート会場の最前列に陣取るファンのように、花音の周りでお行儀よくお座りし始めた。
「まあ、可愛らしい。お行儀がいいですわね」
花音が、この異世界で初めて無邪気に微笑む。
彼女は、パーティで唯一まともな感性(?)を持つ者として、恵に振り返り、勇気を出して提案した。
「あの、恵さん。この方たち、もう戦意がないようですし、殺さなくてもよいのでは……?」
それは、2周目ならば絆を深めるはずだった、ささやかな善意。
だが、その言葉を聞いた恵は、まるで処理不能なバグでも聞いたかのように、ゆっくりと《叡智の書》から顔を上げた。
そして、花音を冷徹に見下ろした。
「……聖乃さん」
「は、はい」
「あなたの行動は『ノイズ』です」
「え?」
「《叡智の書》(マニュアル)の最適解は『排除』。あなたの『不殺』の提案は、私たちの帰還時間を浪費させる、極めて非効率的な『ノイズ』です」
恵は、お座りしている魔物たちをアゴでしゃくった。
「……いえ、訂正します。敵を『無防備』にした一点においては、観月の『処理』を効率化するので、評価します」
「ノイズ……評価……?」
花音の顔から血の気が引く。
「観月。『処理』を。無防備ですから、効率的に」
恵は、そう言い放つと、再びマニュアルに視線を落とした。
「えー、せっかくお座りしてるのに?……ま、いっか。」
観月は、一切の躊躇いも罪悪感もなく、《魔力無限の宝玉》を魔物の群れのど真ん中に向けた。
次の瞬間。
宝玉が光を撒き散らす。数百の魔力弾が、機関銃のように掃射された。
ドドドドドドドドドッ!!!
恵の言う通り、花音の《絶対魅了》によって無防備となった魔物たちには、その全弾がクリティカルヒットとして突き刺さる。
魔物たちは、凄まじい数の魔力弾に蹂躙されていった。
「あ……」
花音の目の前で、魔物たちが血飛沫をあげながら、木っ端微塵の肉片と化していく。
完全に「オーバーキル」である。
しかし、魔物たちは、ある意味幸せだったかもしれない。
魅了状態の中で即死攻撃を受けたことで、恐怖や苦痛を感じることなく「一瞬で」生を終えられたのだから。
花音は、返り血を浴びていることすら自覚できないままリュートを握りしめ、立ち尽くす。
彼女の善意は、絶対正義の前に無価値だった。
(……ああ、そう。そうですよね)
プツン。
花音の中で、かろうじて保っていた何かが切れた。
(どうせ私が何をしても、全部『非効率』で『ノイズ』ですものね)
「……もう、歌うのやめます」
彼女はリュートを静かにケースに仕舞った。
恵は、マニュアルから目を離さないまま、その『結果』だけを観測していた。 花音がリュートを仕舞い、戦闘を放棄した瞬間。
恵のマニュアルをめくる指が、一瞬だけ止まる。
(エラー、自己解消を確認)
彼女は顔色一つ変えず、次のページをめくった。
まるで、鬱陶しいポップアップ広告が消えたかのように、淡々と。
そして、花音の瞳から、光が消えた。
(第7話 完)




