1周目・第2話:「ママ〜!」と泣き叫ぶ中2と古びたフライパン
神殿に、気まずい静寂が訪れた。
アルドゥスから手渡されたチート装備を前に、4人は(自分のは最強だ)と内心ほくそ笑み、1人は(これじゃない)と絶望していた。
「え?」
誰に言うともなく、先程と同じフレーズが出てしまった。
児島結衣の手には、生活必需品・調理器具のフライパンが握られている。
他のメンバーが《不壊の盾》だの《叡智の書》だの「それっぽい」名前を授かる中、これには名前すらない。
ただの「フライパン」だ。
いや、強いて言うならば、どこぞの田舎の信用金庫で口座開設の記念品として渡されていそうな「粗品のフライパン(使用感あり)」か?
「あの、これ……武器、ですか?」
「『料理』の才能といったじゃろ!お主はアホか!?」
アルドゥスはヤケクソ気味に叫んだ。
(もうこいつらの相手は疲れた。)
出会って10分も経っていないはずなのに、なんとやる気のない賢者だろうか!
「ええい、説明は終わりじゃ! さっさと魔王を倒してこい! 行け!」
「ちょ、待ってください! 《叡智の書》によれば、まだ準備が……」
恵が抗議の声を上げた、まさにその瞬間だった。
ゴゴゴゴゴ……!!
神殿の重い扉が、外から凄まじい力で叩き開かれた。
土煙と共に現れたのは、身長3メートルはあろうかという、緑色の巨大な影。醜悪な牙を剥き出しにし、巨大な棍棒を担いでいる。
「《分析》開始!」
恵が即座に《叡智の書》を開く。
「オーク! 魔王軍の先兵! 危険度B!」
「グルルルル……オマエタチ、ユウシャカ!」
「ひぃっ!?」
結衣が腰を抜かす。
本物の魔物。本物の殺意。
(なんでこんな所にオークが!?)
アルドゥスも顔面蒼白だ。
「オマエガ、イチバンヨワソウダナ!」
オークは、神殿内で最も無害な獲物を正確に見定めた。
盾を構える舞でも、魔力のオーラを放つ観月でもなく、魔法書っぽいものを開いている恵でもなければ、神秘の楽器を持つ花音でもない。
入り口で腰を抜かし、泣き始め、なぜか台所用品を持っている中学2年生――すなわち、結衣である。
「う、うわあああああああん! 来ないでえええええ!」
結衣、パニックで号泣。
オークは、その泣き叫ぶ姿に嗜虐心をそそられたのだろう。
ぎらりと目を見開き、涎を垂らすと、身体をめいっぱい捻って容赦なく棍棒を振り下ろした。
死は不可避に思われた。
「あ、フライパン(と足手まとい)が壊れる」
舞が冷静に呟いた。
キィィィィィン!!!!
結衣の頭上で、甲高い金属音が炸裂した。
オークが振り下ろした渾身の一撃は、結衣が泣きながら顔の前に掲げたフライパンによって、完璧に受け止められていた。
「「「「「「 え?(グオ!?) 」」」」」」
他の4人、アルドゥス、オーク。
結衣以外の全員の声が揃う。 オークの棍棒は砕け散り、フライパンは無傷。
結衣も、ギャン泣きしてはいるが無傷。
フライパンのチート能力、【完全自動防御】が発動した瞬間だった。
オークはまだ驚きで硬直している。
だが、結衣はそれどころではない。
「いやあああああ! 死んじゃう! ママああああ!」
結衣は、パニックのあまり、もはやオークの姿すら見えていない。
助けを求め、泣き叫びながら、その小さな手に持ったフライパンを、やみくもに振り回した。
…まったく当たらない。
(((((シュールだ)))))
と、仲間たち(+アルドゥス)がドン引きした、その時。
カツン。
振り回されたフライパンの縁が、オークの巨大なスネに軽く当たった。
まるで、赤ん坊がスネを叩いたかのような、頼りない一撃。
「…………」
オークの動きが、ピタリと止まった。
「グル……?」
そして、ゆっくりと結衣に視線を戻すと、白目を剥き、山が崩れるように仰向けに倒れた。
ドッッッッッッッッシーン!!!
チート能力、【当たれば即死】の発動である。
「「「「 …………え? 」」」」
神殿は、結衣の泣き声(とアルドゥスの咳払い)を除いて、再び静まり返った。
舞は、自分の《不壊の盾》とフライパンを見比べた。
(え、今の、私より目立ってない?)
観月はイラついた。
(ああ、平穏が…)
花音は現実逃避し、恵は、《叡智の書》を凄まじい勢いでめくっていた。
「非合理的です! マニュアルにない! なぜ、あの障害物がオークを……?」
仲間たちは、泣きじゃくる結衣にドン引きしつつも、その手にある「古びたフライパン」の異常な性能に、釘付けになっていた。
(第2話 完)




