第四十四話:闇を切り裂くふたつの力
連携を切断されたはずの「個」が、立て続けに究極の覚醒を遂げた。
舞の《ガーディアンフィールド》 がフォルトゥナの連合軍を守り抜き、恵の《費用対効果 (デフレーション)》 が魔王の追撃を止めた。
「……なるほど」
魔王は、自らの魔術が発動できなかった 事実に直面し、初めてその理知的な表情を歪ませた。
「《オペレーション・カット》で神経系を切断しても、個々の細胞が意志を持ち、予期せぬ抗体を生み出すか。実に厄介な『症例』だ」
彼は、外科手術が失敗したことを悟った。
連携を切っても、意志が繋がっている。
魔力を削ろうとしても、合理性がそれを上回る。
「ならば、もはや『切除』や『治療』ではない」
魔王は、その戦術を根本から切り替えた。
物理的な攻撃でも、魔術的な攻撃でもない。
彼女たちの強さの根源――「目の前の日常を守る」という、その意志そのものを破壊する。
「君たちの『ミクロな正義』は、所詮、この停滞した世界が生み出した、取るに足らない感傷だ。その無力さを、骨の髄まで思い知るがいい」
魔王は剣を収め、ただ、両手を広げた。
その体から放たれたのは、魔力ではない。
純粋な「思想」の圧力。
1周目では彼女たちを屈服させ、2周目ではマリオニスが弄んだ「絶望」そのものだった。
「――《絶望のオーラ》」
オペレーションルーム全体が、目に見えない重圧に沈む。
それは、舞の《ガーディアンフィールド》 でも防げない、魂に直接作用する精神攻撃。
「あ……」
最初に反応したのは、花音だった。
彼女の脳裏に、恵まれた環境への罪悪感が、魔王の思想によって増幅されて蘇る。
(私たちの『ミクロな正義』は、いつだって、より大きな犠牲を生み出しているだけじゃない……!)
「やめ…て……」
花音の指から力が抜け、愛用のリュートが床に滑り落ちそうになる。
「花音ちゃん!」
結衣が叫ぶが、彼女自身もまた、オーラに苛まれていた。
そして、観月も。
1周目ではチートによって蓋をされていた「心の枷」 が、今、こじ開けられる。
(なにこれ……最悪……。1周目の私なら、こんな時、《魔力無限》 で全部吹き飛ばしてた)
(でも、今の私には、チートなんかない!)
(チートがない私は……やっぱり、お姉ちゃんの劣化版 なの……!?)
1周目で向き合う必要のなかった、本物の「劣等感」 が観月の心を直撃した。
「その通りだ」
魔王は、彼女たちの心の枷が再び軋み始めたのを見逃さない。
「君たちの『ミクロな正義』は無力だ」
その言葉が、花音と観月の心を折る最後の一撃となった。
だが、その絶望の淵で、花音は、必死に魔王のオーラに抵抗している仲間たちの顔を見た。
(違う……! 私の歌は、仲間の心を支えるためにある!)
花音は、震える手でリュートを拾い上げ、強く抱きしめた。
(その奥にある、魂の輝きだけは、あなたなんかに、絶対に失わせない!)
吟遊詩人としての魂の集大成。
「――《曙光の鎮魂歌》!」
荘厳で、しかしどこまでも優しい聖歌が、オペレーションルームに響き渡った。
魔王が放った《絶望のオーラ》という名の「ノイズ」が、花音の歌声によって中和され、霧散していく。
「なっ……! 私の精神干渉を、鎮めただと!?」
魔王が、三度、驚愕に目を見開いた。
「はぁ……はぁ……」
花音が膝をつく。オーラは消えた。
だが、ルーム内を支配する「絶望感」の残滓は、まだ消えていない。
パーティの士気は、依然として最低だった。観月の「劣等感」も、消えたわけではなく、ただ「ゼロ(鎮静状態)」に戻っただけだった。
(ダメだ……!)
その光景を見て、今度は観月が歯を食いしばった。
(花音ちゃんが、せっかく絶望をゼロに戻してくれたのに、みんなの心が死んだままじゃない!)
これじゃない。私が望むのは、これじゃない。
下を向かないで。顔を上げて。
(1周目の私は、魔力無限で幻影 を吹き飛ばして「最強」 になったつもりでいた)
(でも、それは偽物だった)
(チートがない今だからこそ、本当の私になれる!)
観月は、仲間たちの中心に躍り出た。
「みんな、聞いて! 絶望してる暇なんてないよ!」
(私は、お姉ちゃんの代わりなんかじゃない! 誰かの真似でもない!)
(私が、みんなを照らす! 私が、この世界の太陽になるんだ!)
踊り子としての魅力と哲学の集大成。
花音が「鎮魂(マイナス→ゼロ)」を成したなら、私は「鼓舞(ゼロ→プラス)」を成す!
絶望を、希望で上書きする!
「――《私が太陽!》!!」
観月が、チアダンスのフィニッシュのように、両手を天に突き上げた。
その瞬間、彼女の体から、魔王城の闇すら焼き尽くす、本物の太陽のような灼熱のオーラが溢れ出した。
「うおおおっ!?」
「なにこれ、体が……熱い!」
花音の《鎮魂の歌》で平穏に戻っていた仲間たちの魂が、観月の《私が太陽!》によって、今度は強制的に「最高潮」まで引き上げられる。
失っていた戦意が戻るどころではない。
魔力、体力、集中力、その全てが、これまでの限界値を遥かに超えて沸騰していく。
「これが……私たちの、太陽……!」
舞が、観月の光を浴びて立ち上がる。
「連携が切られてる? 関係ない!」
恵が、オーラを浴びながら高速で分析を再開する。
「これだけの『個』の力があれば、新たな連携を今ここで構築できるわ!」
四人が覚醒した。残るは、一人。
魔王は、自らの精神攻撃さえも力に変えた少女たちを前に、初めて、その理知的な表情を「怒り」に近いものに歪ませていた。
(第四十四話 終)




