第四十二話:魔王の試練
「世界の外科医」を名乗る魔王が、メスのように研ぎ澄まされた細身の剣を構え、その身に宿す底知れない魔力を解放した。
「最終手術を開始する」
オペレーションルームの空気が、魔力によって圧し潰されるかのように重くなる。
だが、1周目の絶望とアルドゥスの願いを背負った彼女たちの決意は、もはや揺らがない。
「みんな、行くよ!」
結衣の叫びを合図に、5人は完成された連携で一斉に動いた。
「《ガードアップ》! 私が抑える!」
最終装備『ガーディアン・リベロスタイル』を纏った舞が、魔王の殺意を一身に引き受けるべく、不屈のタワーシールドを構えて突進する。
「《力のダンス》!」
「《信念の歌》!」
観月と花音が即座に支援を重ね、パーティ全体の能力を引き上げる。
(敵の行動パターン、分析開始!)
恵は『ふにゃ』と意識を同調させ、この未知なる敵のデータを解析しようと集中した。
だが、魔王は、突進してくる舞を意にも介さなかった。
彼はただ、静かに剣の切っ先を恵に向ける。
「――《オペレーション・カット》:戦術中枢」
「なっ!?」
魔王がそう呟いた瞬間、恵の脳裏を凄まじい「情報ノイズ」が襲った。
(《分析》が……できない!? 思考が……読まれる!?)
恵の《分析》スキルが、魔王の膨大な情報量によって逆にハッキングされ、機能不全に陥ったのだ。
「非効率だ。あなたのポジショニングが、マニュアルから逸脱している」
(え……?)
ノイズと共に脳裏に響いたのは、魔王の声ではない。
1周目の世界で、盾役にもかかわらず敵に襲われた自分を助けもせず、冷たく叱責した「舞」の幻聴だった。
「恵ちゃん!?」
結衣が叫ぶ。
舞は、恵が狙われたと判断し、即座にスキルを発動させた。
「《カバー》!!」
仲間を守るための、ナイトの絶対的な守護スキル。
だが、舞の体から放たれた光の鎖は、恵に届く直前で、まるで見えないメスで断ち切られるかのように霧散した。
「なっ……!?」
舞が、ありえない現象に硬直する。
「戦闘パターン、既知。スキル《カバー》は、対象との『連携』が前提」
魔王は、舞の目の前で、無防備になった恵に第二の刃を向ける。
「その『連携』という名の神経系を、今ここで切除する」
「恵ちゃん!!」
結衣が、負傷を覚悟した恵に向かって、必死に回復魔法を唱えた。
「《ヒール》!!」
だが、結衣から放たれた癒やしの光もまた、恵に届く寸前で力を失い、虚空に消えた。
「そんな……《ヒール》まで……!?」
「ダメです!」
ノイズからかろうじて回復した恵が叫ぶ。
「私たちを繋いでいた『パーティ』としての機能が、魔王のスキルによって強制的に『切断』されています!」
魔王の試練。
それは、圧倒的な力で個を蹂躙することではなかった。
「そうだ」
魔王の声が、オペレーションルーム全体に響き渡る。
「君たちの強さの根源は『絆』、すなわち『連携』だ。そのシステムを切除すれば、君たちは1周目と同じ、ただの5人の『個』に過ぎない」
その言葉が、引き金となった。
魔王によって「絆」という名の防波堤を破壊された5人の脳裏に、1周目のギスギスした「個」の記憶が、汚泥のように蘇る。
(――あー、もう、ダル! てか、結衣がもっと前に出て、自動防御で攻撃吸ってくれればいいんじゃん!)
(――道具に判断力を期待するな)
(――おい、脳天気! 狙いが分散する! マニュアル通りに動け!)
「くっ……!」
「《アイス・ウォール》!」
舞が咄嗟に壁を作る。
「観月、火を!」
「《ファイア・ボール》!」
観月が炎を放つ。
だが、連携を失った彼女たちの動きは、酷くぎこちなかった。
互いを信じているのに、心が、体が、1周目の「絆ゼロ」の状態に引き戻されて噛み合わない。
舞が壁を作っても、花音がそれに合わせるのが遅れ、観月の炎は、恵が欲したタイミングから決定的にずれて放たれる。
「ハハハ!」
魔王は、もはや攻撃すらせず、ただ彼女たちの攻撃を余裕で避けながら、その無様な姿を観察していた。
「どうした? 1周目と何も変わらないではないか」
(……っ!)
その嘲笑が、脳裏に響くギスギスしたフラッシュバックと完璧に重なった。
「これが君たちの限界だ」
魔王は、5人の動きが完全に破綻したのを見定め、ゆっくりと剣を掲げた。
「ミクロな正義は、マクロな正義の前には、こうも容易く解体される」
希望を繋ぐはずだった絆そのものを切除され、5人は、1周目と同じ「個」としての無力さに、再び絶望しかけていた。
(第四十二話 終)




