第四十一話:マクロな正義
「私たちが守りたいのは、みんなが笑って暮らせる『毎日』なの!」
結衣の魂の叫びが、冷徹な空気を震わせた。
1周目の絶望と、アルドゥスの願い、その全てを背負ってもなお、彼女たちの絆は折れなかった。
5人の心は、今、かつてないほど固く一つに結ばれている。
その、あまりにも眩しい「生」の輝きを前に、魔王は、初めて興味深そうに目を細めた。
「……見事な『症例』だ」
魔王は、5人の決意を怒りも焦りもせず、ただ、予期せぬデータを観測した医師のように受け入れた。
「アルドゥスの『願い』という名の投薬が、君たちという『イレギュラー』に、これほどの『絆』という名の『発熱』を引き起こすとは。実に興味深い」
「私たちは病気じゃない!」
観月が叫ぶ。
「そうだろうか?」
魔王は、彼女たちから視線を外し、再び壁一面を覆う巨大な水晶に向き直った。
そこには、アストラディア全土の「今」が、無数のデータと共に映し出されている。
「君たちが守りたいという、その『毎日』とやらを、よく見るがいい」
魔王が手をかざすと、いくつかの画面が拡大される。
そこには、人間とエルフが資源を巡って睨み合う、不毛な国境地帯が映し出された。
また別の場所では、ドワーフたちが旧態依然とした採掘技術に固執し、迫り来る飢饉から目をそむけている姿があった。
「これが、君たちの言う『毎日』だ。種族間の不信、技術の停滞、繰り返される無益な争い。ノクス村の疫病も、元をたどれば、その停滞が生み出した歪みの一つに過ぎない」
魔王の理知的な声が、無慈悲な診断を下していく。
「この世界は、もう何百年も変わっていない。自ら考え、自ら進化することをやめてしまった。緩やかに、しかし確実に、滅びに向かって『停滞』している」
魔王は、5人に向き直った。その瞳は、絶対的な確信に満ちていた。
「――この世界は『停滞』という名の、末期の病にかかっている」
「!」
「そして、私は、この世界を治療する、唯一の『外科医』だ」
魔王の言葉と共に、オペレーションルームの空気が変わる。 彼が掲げる、歪んだ、しかしあまりにも強固な哲学。
「君たちは、あのノクス村で数名を救った。立派な対症療法だ。だが、私は世界を救う。そのためには、病に侵された古い秩序(病巣)を、一度すべて切除する必要がある」
「……そのために、シルヴィアさんや、ドーリンさんや、リューナさんを……!」
結衣が歯を食いしばる。
「そうだ」
魔王は、一切の躊躇なく肯定した。
「外科手術に、犠牲はつきものだ」
「それは、治療じゃない!」
それまで黙って分析していた恵が、ついに反論の声を上げた。
「それはただの『破壊』よ! あなたは、世界そのものを殺す気!? あなたの理論は、あまりにも非効率的で、費用対効果が最悪だわ!」
「費用対効果、か。面白いことを言う」
魔王は、恵の《応用科学》という「革新」を思い出すかのように、口元を緩めた。
「だが、君たちの『カイゼン』は、あまりにも遅すぎる。この末期患者には、もはや残された時間がない。私の『マクロな正義』こそが、唯一にして、最も効率的な治療法なのだ」
「ふざけないで!」
結衣が叫んだ。
「あなたがやろうとしてるのは、ただの独りよがりだよ! みんなの『毎日』を、勝手に『病気』だって決めつけないで!」
「……そうか」
魔王は、彼女たちの反論を聞き終えると、静かに息を吐いた。それは、まるで治療方針を理解できない患者の家族に向けられる、深い「諦念」のようだった。
「どうやら、問診は、これ以上無意味なようだな」
魔王は、ローブの下から、メスのように研ぎ澄まされた細身の剣を、ゆっくりと抜き放った。
「君たちの『ミクロな正義』という名の熱病は、私の『マクロな正義』という名の執刀で、今ここで、完全に切除する」
「これより、最終手術を開始する」
圧倒的な魔力が、オペレーションルーム全体を圧し潰すかのように膨れ上がった。
(第四十一話 終)




