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第四十話:アルドゥスの願い

魔王が突きつけた「偽りの凱旋」という1周目の真実。


それは、彼女たちの存在意義そのものを揺るがす、動かぬ証拠だった。


「嘘……私たちが……この世界を、見捨てた……」


結衣は、画面に映る自分たちの無情な後ろ姿から目が離せず、その場に膝をついた。


「どうやら、ようやく理解したようだな」


魔王は、絶望に染まる5人を見下ろし、冷徹に告げた。


「君たちの本質は、1周目(あのとき)と何も変わらない。自己中心的で、目先の平穏ミクロしか見えない。君たちのその『絆』とやらも、所詮はアルドゥスが時間遡行の際に仕組んだ、作られた(・・・・)ものに過ぎん」


「作られた……絆……」


恵が、その言葉に戦慄した。イオンモールでの出会い、共に過ごした放課後、この世界で育んだ信頼。


その全てが、賢者の掌の上だったというのか。


「そうだ。君たちは、アルドゥスが用意した筋書きの上で踊っていたに過ぎない。もし、あの『奇跡の出会い』がなければ、君たちは今も、あの時と同じ選択をしたはずだ」


魔王は剣を収め、断罪を続けた。


「よって、君たちの『ミクロな正義』には、この世界かんじゃを任せる価値はない。私の『マクロな正義』こそが、唯一の治療法だ」


絶対的な論理。覆すことのできない過去の失敗。 舞も、観月も、花音も、言葉を失う。彼女たちの戦う理由(・・・・)が、今、根底から崩壊しようとしていた。


その、絶対的な論理が玉座の間を支配した、まさにその瞬間。


◇◇◇


遠く離れた自由都市フォルトゥナ。レジスタンス本部の一室で、アルドゥスは祈るように目を閉じていた。


5人が魔王城へ向かったあの日から、彼は衰弱した身で、ただ一点、彼女たちの魂の気配に全神経を集中させていたのだ。


そして今、アビス・ゼニスから放たれた魔王の強大な思念――1周目の真実を告げる冷徹な「声」が、アルドゥスの脳内にも響き渡っていた。


「――っ!」


魔王の言葉が、最後の鍵となった。


アルドゥスの脳裏で、時間遡行の代償として失われていた最後の記憶が、奔流となって蘇る。


1周目で、偽りの凱旋に満足し、何の疑いもなく帰還していく5人の背中。


真の魔王が姿を現したアストラディアの絶望。


そして、自らの命と魔力の全てを代償に、時間遡行の禁呪に込めた、たった一つの『願い』。


(いかん……!)


アルドゥスは、今まさに、5人の心が魔王の「真実」によって折られかけているのを察知した。


(間に合え……!)


物理的に駆けつける肉体は、もうない。だが、記憶を取り戻した今、やるべきことは分かっていた。


アルドゥスは、自らに残された最後の生命力いのちそのものを魔力に変換し、意識を解き放った。

(届け、我が『願い』――!)


◇◇◇


魔王城、アビス・ゼニス。


結衣たちが絶望に膝をつこうとした、その時。


魔王の冷徹な魔力とは異なる、微かだが、どこまでも温かい光の粒子が、玉座の間の虚空から集まり始めた。


「!?」


光は、5人を守るように魔王との間に割って入り、衰弱しきった賢者の「幻影」を形作る。


「アルドゥス様!?」


『――その通りかもしれん』


「!?」


声の主は、魔王ではなかった。 5人の目の前の空間が揺らぎ、そこに光の粒子が集まっていく。


現れたのは、衰弱しきった賢者アルドゥスの幻影だった。


「アルドゥス様!?」


「魔王の言葉が、わしの失われた記憶の最後・・の封印を解いてくれた。……思い出したぞ。全てを」


アルドゥスは、苦悶に満ちた表情で、幻影越しに魔王を睨み据えた。


「魔王よ。そなたの言う通り、1周目の彼女たちは世界を見捨てた。そして、わしは絶望した」


アルドゥスの告白が始まる。それは、魔王の語らなかった、もう一つの真実だった。


「そなたたちが去った後、真の魔王おまえが姿を現し、このアストラディアは本当の闇に沈んだ。わしは悟ったのじゃ。安易なチートだけでは、そなたの『マクロな正義』という思想には勝てぬ、と」


アルドゥスは、5人に向き直った。その瞳には、深い後悔と、命を賭した覚悟が宿っていた。


「わしは、最後の禁呪を使った。自らの命と魔力の全てを代償に、この世界の時間を巻き戻した。わしが記憶を失い、このように老いさらばえたのは、その代償じゃ」


「そんな……私たちのために……」


結衣が息を呑む。


「だが」とアルドゥスは続けた。


「わしは、ただ時間を戻しただけではない。禁呪に、たった一つの『願い』を込めたのじゃ」


アルドゥスは、幻影の手を5人に向かって差し伸べた。


「『真の絆』こそが、魔王おまえの思想を超える唯一の鍵だと信じて。……次に召喚される前に、どうか彼女たちが現実世界で出会い、互いを理解し、固い絆を育んでほしい、と」


その言葉が、5人の脳裏に、あの日の光景を鮮明に蘇らせた。


――一年前。イオンモール岡山。


弟の優斗が迷子になり、パニックになる結衣。 冷静に分析する恵。 人混みをかき分ける観月。 二人を守るようにガードする舞。 結衣の心を落ち着かせる花音。


あの奇跡のような出会い。初対面のはずなのに、完璧に機能した連携。 あれは偶然ではなかった。


アルドゥスの命を賭した「願い」が、彼女たち5人の魂を引き寄せたのだ。


「……そう、だったんだ……」


結衣の目から、涙が溢れた。


「私たちの出会いは……アルドゥス様の、願いだったんだ……」


「そうだ」


魔王が冷ややかに肯定する。


「君たちの絆は、所詮アルドゥスが仕組んだもの。君たち自身の意志ではない」


「違う!!」


魔王の言葉を遮り、結衣が叫んだ。


彼女は涙を拭い、仲間たちに支えられるように、ゆっくりと立ち上がった。


「きっかけは、アルドゥス様の願いだったかもしれない!」


彼女は、仲間たちの顔を一人ずつ見回した。


ファミレスで笑い合った放課後。この世界で死線を共に越えてきた日々。


「でも、この1年間、岡山で一緒に過ごした時間は本物だよ! この世界に来て、マリオニスの罠に苦しんで、それでも互いを信じて乗り越えてきた! この絆は、もう私たちだけのものだよ!」


結衣の魂の叫びが、魔王の冷徹な論理を打ち破る。


「そうだ!」


観月が立ち上がる。


「アルドゥス様がくれたチャンスを、本物に変えたのは私たちだ!」


「ええ。この絆こそが、私たちの真実ですわ!」


花音が続く。


お前のデータ(いっしゅうめ)も、アルドゥスの願い(きっかけ)も、今の私たち(にしゅうめ)の前では関係ない」


舞が盾を構える。


「私たちが信じる正義は、あなたや過去に縛られるものではない。私たちが『今、ここ』で定義するものよ!」


恵が断言する。


5人の心が、再び一つに燃え上がった。


過去の罪を知り、出会いの奇跡を知り、それでもなお、自分たちの意志で「今」を肯定することを選んだのだ。


『……頼むぞ』


アルドゥスの幻影が、満足そうに微笑み、光となって消えていく。


「魔王!」


結衣は、魔王を真っ直ぐに睨み据えた。


「あなたの言う通り、私たちは一度、この世界を見捨てたのかもしれない。でも、アルドゥス様が命懸けで繋いでくれたこの『2周目』で、私たちはもう絶対に逃げない!」


結衣は、目尻に溜まる涙を、1周目の自分と決別する決意に変えて、さらに言葉を紡ぐ。


「『世界のため』だからって、今ここにいる人たちを犠牲にするなんて、絶対に間違ってる! 私たちが守りたいのは、みんなが笑って暮らせる『毎日』なの! それを壊すあなたを、今度こそ止めてみせる!」


少女たちの覚悟は決まった。


1周目の絶望と、アルドゥスの願い。


その全てを背負い、彼女たちの本当の最終決戦が、今、幕を開けようとしていた。


(第四十話 終)


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