第三十九話:偽りの凱旋
魔王城アビス・ゼニス、頂上のオペレーションルーム。
「世界の外科医」を名乗る魔王が突きつけた、冷徹な『マクロな正義』。
その圧倒的な思想に対し、結衣は一歩前に出た。
「夢なんかじゃない!」
彼女の瞳には、恐怖を凌駕する強い意志が宿っていた。
「あなたが切り捨てようとしている『今』にこそ、私たちが守りたい全てがある! ノクス村で井戸を蘇らせた時の喜びも、フォルトゥナでシルヴィアさんたちと築いた信頼も、全部「日々の日常」を大事にしてきた結果だよ!」
「そうだ!」
観月も叫ぶ。
「あんたの言う『停滞』って、結局はあんたの独りよがりな診断じゃない! 私たちは、私たちのやり方で、この世界を『カイゼン』してきたんだ!」
「その『カイゼン』こそが、最大の変数なのだよ」
魔王は、彼女たちの反論を待っていたかのように、静かに頷いた。
「特に、咲良恵。君の《応用科学》と、それに基づく数々の『革命』。そして、君たち5人の異常なまでの『絆』の強さ。……それらは、私の知る歴史には存在しないものだ」
魔王は、5人をまるで希少な症例を診断するように見据えた。
「1周目の君たちには、そんなものは微塵もなかったからな」
「――っ!」
その言葉に、5人全員が息を呑んだ。
マリオニスが口走った不吉な単語。アルドゥスの元で確信に変わった、あの忌まわしい過去。
「お前も……知っているのか。1周目のことを」
舞が、盾を握りしめながら低く問う。
「知っている、ではない。観測し、記録している」
魔王は壁一面の水晶の一つに手をかざした。
膨大なデータが流れていた画面が切り替わり、そこに映し出されたのは――数年前の、見知らぬ5人の少女たちの姿だった。
(《分析》……! この映像データ……!)
恵だけが、その映像の隅に、小さく刻まれた「紋章」に気づき、戦慄した。
それは、禍々しく笑う「ピエロの仮面」のデザイン。
(まさか……! 1周目でマリオニスが私たちを『観劇』していた、あの『記録』!?)
あの四天王の歪んだ趣味さえも、この「世界の外科医」にとっては、冷徹な「臨床データ」の一つに過ぎなかったのだ。
モニターの中の彼女たちは、今より幼く、表情は硬い。そして何より、その装備が異様だった。
チープだが、明らかにこの世界の法則から逸脱した、強力無比な武器。
「これが、君たちの『1周目』だ」
魔王は、マリオニスの残した「観劇ログ」を再生するように、淡々と語り始めた。
「あの時、アルドゥスは焦っていた。停滞した世界を救うため、君たちという劇薬を召喚し、そして……力を与えた」
画面の中で、1周目の5人が圧倒的な力で魔王軍を蹂躙していく。
だが、その戦い方に「連携」はなく、互いへの「信頼」も見えない。
「絆や内面の成長を軽視し、ただ最短ルートで攻略することだけを目的とした、実に効率的で、実に無味乾燥な戦いだった」
「そんな……これが、私たち……」
結衣が、信じられないものを見るように呟く。
「そして、君たちは私の城に到達した。だが、そこにいたのは私ではない」
画面が切り替わる。そこに映し出されたのは、禍々しい姿の「偽の魔王」。
その顔は、彼女たちがよく知る、あの男のものだった。
「マリオニス……!」
「そうだ。彼は私の指示で『偽の魔王』を演じた」
「君たちは、絆なき個々の力で、その偽物を打ち倒した。そして……」
魔王は、最も残酷な真実を突きつけた。
画面に「帰還の羅針盤」が映し出される。1周目の5人は、傷つきながらも、世界が救われたと信じ、何の躊躇もなく光の中へと帰還していく。
「偽りの凱旋だ」
魔王の声が、オペレーションルームに響き渡る。
「君たちは、この世界がまだ救われていない、にも関わらず、己の日常へ帰ることを優先した。世界を、見捨てたのだ」
「あ……」
観月が、膝から崩れ落ちそうになるのを、舞が必死で支えた。
「嘘……でしょ……」
花音の顔から血の気が引く。
自分たちが、一度この世界を見捨てた。
その「過去」が、マリオニスの「観劇ログ」という動かぬ証拠となって、突きつけられたのだ。
「それが君たちの本質だ。アルドゥスが時間を巻き戻し、君たちに出会いの『奇跡』を与えなければ、君たちは今も、あの時と同じ選択をしたはずだ」
魔王は、動揺する5人に向き直ると、力強く断言した。
「故に、君たちの『ミクロな正義』は信用に値しない!」
魔王の言葉はつづく。
「それは、所詮は自分たちの都合で世界を見捨てる、感傷的な自己満足に過ぎない。……理解したかね? 私が、なぜこの世界に『外科手術』が必要だと判断したのかを」
魔王の言葉が、1周目の真実という絶望的な重みとなって、5人の絆を試すかのように、重く、重く圧し掛かった。
(第三十九話 終)




