第三十八話:秩序か日常か〜魔王城の戦い〜
アストラディア上空、高度3000メートル。
鏡のように磨き上げられた流線形の機体――高機動突撃艇「アースシールド・ストライカー」、通称「アース」は、凄まじい速度で暗黒大陸を目指していた。
「アース、巡航速度維持。時速250キロ。魔力消費、安定」
操縦席に座る恵が、冷静に計器を確認する。
「花音さん、その調子で《精霊の歌》を。私の《最適化》と合わせれば、魔王城まで無給油で到達できます」
「はい!」
機体後部で歌い続ける花音の歌声が、機体全体、そして乗員全員の魔力を継続的に回復させていく。 まさに「永久機関」だった。
「すごい……本当に飛んでる……」
結衣が、眼下を猛スピードで流れていく景色に息を呑む。陸路なら一週間はかかる、あの絶望的な距離が、今、猛烈な速度で縮まっていく。
「これが、恵の『交通革命』……」
舞も、この現実に圧倒されていた。その時、機体の周囲の空気が歪んだ。
「敵影! 前方より多数!」
観月が叫ぶ。暗雲を突き破り、魔王軍の迎撃部隊――ワイバーンの大群が牙を剥いた。
「ヒシャァァァァ!」
「恵!」
「迎撃の必要はありません。シールドを信じて」
恵は速度を一切緩めない。ワイバーン部隊が放った無数の火球や風の刃がアースに殺到する。
だが、それらが機体に届く寸前、アースの周囲を高速周回していた6個の独立オーブが瞬時に反応した。
キィン!
オーブはワイバーンの爪を自動で迎撃・粉砕し、火球はその鏡面装甲で完璧に反射した。
「なっ!?」
反射された火球が、味方であるはずのワイバーン部隊を撃ち落としていく。本体の筐体は、一切の揺らぎすら見せない。
「すごい……! 完璧な自動防衛……!」
「これが《アースシールド》本来の力ですわ」
花音が誇らしげに言う。
「私たちの『革命』は、もう誰にも止められません」
恵は、敵の残骸を意にも介さず、最短ルートを突き進んだ。
◇◇◇
宣告から、わずか2時間半。
アースは暗黒大陸の空域を突破し、ついに魔王城――「アビス・ゼニス」の上空に到達した。
それは、これまでのどんな城とも異なっていた。禍々しい装飾や、無秩序な混沌ではない。
黒曜石を切り出したかのような、鋭角的なデザイン。
一切の無駄を削ぎ落とした、合理的かつ機能的な、巨大すぎる「塔」。
それは「城」というよりも、天を突く「メス」のようだった。
「《分析》……罠の反応、なし。護衛の軍勢も確認できません」
「静かすぎる……」
アースは滑らかに浮上し、塔の頂上にある広大な着陸ポートに、音もなく着地した。
5人が機体から降り立つと、まるで待ち構えていたかのように、目の前にある巨大な扉が、厳かに、ゆっくりと開いていった。
「……罠か、あるいは」
「……招かれている、ということね」
恵の言葉に、舞が頷く。
5人は互いの顔を見合わせ、決意を固めると、最終装備を身につけたまま、塔の内部へと歩を進めた。
◇◇◇
内部は、玉座の間ではなかった。
そこは、まるで巨大な天文台か、あるいは未来的なオペレーションルームだった。
壁一面が、アストラディア全土を映し出す巨大な水晶となっており、世界の「停滞」の様子――各地の紛争、疫病、貧困――が、膨大なデータと共にリアルタイムで表示されている。
そして、その中央。
一人の男が、背を向けて立っていた。
魔族のような異形ではない。
理知的な学者然としたローブを纏い、その佇まいには圧倒的なカリスマ性が宿っていた。
男は、5人の足音を聞くと、ゆっくりと振り返った。
その瞳は冷徹だが、敵意ではなく、まるで興味深い症例を観察する医師のような光を宿していた。
「――ようこそ、イレギュラーの皆様」
その声は、平原で聞いたものと同じ、理知的で冷静な声だった。
「アースシールド・ストライカー。見事な『発明』だ。私の予測をまた一つ、超えてきた」
魔王は、彼女たちを歓迎した。
「魔王……!」
舞が盾を構える。観月も、花音も、結衣も、臨戦態勢に入る。
「そう警戒する必要はない」
魔王は静かに首を振った。
「君たちは、時間内に『手術室』にたどり着いた。私は、約束通り君たちを患者の主治医として認めよう」
「患者ですって?」
結衣が、その言葉に強く反発した。
「あなたが、この世界を『病気』扱いしているだけでしょう!」
「事実だ」
魔王は、壁一面の水晶を指し示した。
そこには、種族間の対立、技術の停滞、繰り返される無益な争いが映し出されている。
「これこそが、君たちが守ろうとしている『日常』の真の姿だ。停滞し、腐敗し、自ら滅びゆく『病巣』そのもの。私は、この世界を救うため、外科医としてメスを入れる。それが私の『マクロな正義』だ」
「停滞を打破するための破壊……」
恵が、魔王の理論を分析する。
「あなたの合理性は理解できます。ですが、そのために流される無辜の血は、費用対効果として釣り合わない」
「それこそが、君たちの『心の枷』だ。感傷だ」
魔王は、初めて穏やかな笑みを見せた。
「だが、それもいいだろう。1周目の君たちには、その感傷すらなかったのだから」
魔王は手を広げて声高らかに叫ぶ。
「治療の最終段階だ。さぁ!見せてみたまえ。君たちの『ミクロな正義』が、この世界の末期症状を本当に救えるのか」
「それとも、ただの、熱にうなされた患者が見る、最後の夢に過ぎないのかを」
アストラディアの未来を賭けた、思想と力の最終決戦が、今、始まろうとしていた。
(第三十八話 終)




