表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/34

第四話:私が拾う!

ゴブリンからの敗走は、5人の心に暗い影を落とした。


夜の森は深く、冷たい。現代日本とは比べ物にならない絶対的な闇が、彼女たちを包み込む。


岩陰に身を寄せ合ったが、恐怖と痛みで誰も眠れなかった。


結衣の《ヒール》で傷は塞がったものの、観月の肩はまだ痛々しく腫れている。


「……ごめん」


沈黙を破ったのは舞だった。


その声は硬く、震えていた。


「私が、完璧に守れなかったから、みんなが危険な目に遭った」


「舞のせいじゃないよ! 誰も悪くないって!」


観月が励ますが、舞は首を横に振る。


「ナイトは盾だ。その役割を果たせなかった以上、私の責任だ」


舞は、常に完璧パーフェクトであることを自分に課してきた。


強豪校のバレーボール部、リベロというポジション。


一瞬の判断ミス、わずかなフォームの乱れが即失点に繋がる。


だからこそ、完璧でなければならない。その強迫観念が、彼女の強さの源であり、同時に彼女を縛る「心の枷」だった。


「舞。感傷は非効率的です。今は反省より分析が必要です」


恵が、努めて冷静な声で言った。


彼女もまた、恐怖を押し殺し、思考することで平静を保とうとしていた。


「現状の最大の問題点は、あなたの初期スキル《ガードアップ》が自己強化型であることです。敵が後衛の私たちを狙った場合、あなたが物理的に間に合わなければ防げない。これは、パーティ防御における致命的な欠陥です」


「恵! そんな言い方……」


結衣がたしなめる。


「事実だ」


舞は恵の言葉を遮った。


「私が、盾として機能していない。このままでは……」


このままでは、誰も守れない。その絶望が、舞の心を凍りつかせていく。


◇◇◇


翌朝。


乏しい休息と食事を終えた5人は、フォルトゥナを目指して再び歩き出した。


昨日よりも遥かに慎重に、恵の《分析》で索敵しながら進む。だが、舞の足取りは重かった。


(完璧に守るには、どうすればいい? 全ての敵の動きを予測し、最適な位置取りで、全ての攻撃を捌く……いや、それは不可能だ)


考えれば考えるほど、完璧主義の迷宮に迷い込み、集中力が乱れていく。


昼前、視界が開けた小さな草原に出た時だった。


「!」


舞が足を止める。遅れて、他の4人も気づいた。


「ガルルルル……!」


行く手を塞ぐように現れたのは、4匹の狼だった。だが、ただの狼ではない。灰色の毛並みは鉄のように硬質で、牙は異様に発達している。


フォレストウルフ。ゴブリンよりも俊敏で、知能の高い魔獣だ。


「《分析》! フォレストウルフ! ゴブリンより格上です! 連携して獲物を狩る習性があります!」


恵が叫ぶ。


ウルフたちは瞬時に5人を取り囲み、隙を窺う。


「私が前に出る! 《ガードアップ》!」


「みんな、足を止めないで! 《クイック・ステップ》!」


戦闘が始まる。


舞は一際大きなリーダー格のウルフと対峙する。だが、他のウルフの動きは狡猾だった。


一匹が観月を牽制し、残りの二匹が大きく左右に回り込む。


その狙いは明確。最も非力で、防御の薄い後衛――恵だ。


「しまっ……!」


恵は咄嗟に防御姿勢をとろうとするが、頭脳と身体の連携が追いつかず、足がもつれる。


「ふにゃっ!?」


二匹のウルフが同時に跳躍し、無防備な恵に襲いかかった。


(まただ! また、同じ光景!)


舞はリーダー格の攻撃を受け止めながら、絶望的な気持ちでそれを見ていた。


距離がある。


目の前の敵に釘付けにされ、動けない。完璧な防御陣形は、完全に崩壊していた。


(完璧になんて、守れるわけがない!)


完璧主義の壁が、音を立てて崩れ落ちる。ウルフの牙が、恵の喉元に迫る。


その瞬間、舞の脳裏に、全く別の光景が蘇った。


◇◇◇


――体育館。響き渡るシューズの音。


相手エースの強烈なスパイクが、味方のブロックを打ち抜いた。絶体絶命。完璧なレシーブポジションには間に合わない。


『琴平! フォームなんてどうでもいい! 這いつくばってでも拾え! ボールを落とさなければ、負けないんだ!』


コーチの叫び声が蘇る。


そうだ。リベロの仕事は、完璧なフォームでレシーブすることじゃない。


どんなに泥臭くても、無様でもいい。ボールを「繋ぐ」こと。仲間が戦い続けられるように、守り抜くこと。


◇◇◇


(完璧じゃなくてもいい!)


舞の中で、「心の枷」が砕け散った。


仲間を守りたいという「強い願い」が、集中力を爆発的に高める。


「泥臭くても、間に合わなくても、この一撃だけは――私が拾う!!」


舞は叫んだ。その瞬間、彼女の魂から新たな力が溢れ出す。


「《カバー》!!」


ウルフの牙が恵を捉える寸前、恵の体の前に、淡い光の盾が形成された。


「え……?」


恵が目を見開く。ウルフの攻撃は光の盾に阻まれ、霧散する。


だが、その直後。遠くにいたはずの舞が、まるで不可視の力に殴られたかのように吹き飛んだ。


「がはっ……!」


凄まじい衝撃。恵が受けるはずだったダメージを、舞が強制的に引き受けたのだ。それが、ナイトの真髄、《カバー》。


「舞さん!?」


ウルフたちも、獲物への攻撃が突如遮断され、しかもそのダメージが別の個体に転移したことに混乱している。


「……守ったぞ」


舞は痛みに顔を歪めながらも、すぐに立ち上がった。その瞳には、完璧主義の迷いは消え、確かな決意が宿っていた。


「立て直せ! 恵、指示を!」


「……了解! 敵は動揺しています! 各個撃破のチャンス! 結衣、舞の回復を!」


「うん! 《ヒール》!」


舞が《カバー》を習得したことで、パーティの防御は安定した。


後衛が狙われる心配が減ったことで、全員の集中力が安定し、動きが見違えるように良くなる。


「援護します! 《アースバインド》!」


「よくも舞を! 《ファイア・ボール》!」



花音のスキルがウルフを捉え、観月の火球が敵に直撃する。


「《ウィンド・カッター》!」


「《ホーリー・アロー》!」


恵と結衣の追撃も的確に命中する。一体、また一体とウルフが倒れていく。リーダー格は形勢不利と見て、仲間を見捨てて森の奥へと逃げ去った。


静寂が戻る。荒い息遣いの中、5人は信じられない思いで顔を見合わせた。


「……勝った? 私たち、勝ったんだよね?」


結衣が呟く。


それは、アストラディアに来て初めて手にした、確かな勝利だった。


「やった……! 舞、すごいよ!」


観月が舞に抱きつく。舞は少し照れくさそうにしながらも、それを受け止めた。


「舞さん。助けてくれて、ありがとうございます」


恵が近づいてくる。


「あなたのそのスキルは、私たちの生存戦略を根本から変えます。極めて合理的です」


「……礼は要らない。私の役割を果たしただけだ」


舞はそっぽを向きながら答える。


「それに、完璧な動きとは言えなかったしな。」


そう言いながらも、彼女の口元には微かな笑みが浮かんでいた。


完璧でなくても、仲間を守れた。その事実が、彼女の心を少しだけ自由にしたのだ。


絶望しかなかったこの世界に、小さな希望の光が灯った瞬間だった。


(第四話 終)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ