第三十六話:世界終了のお知らせ。残り24時間。
眩い光が収まるとき、平原を満たしていた聖なる爆発のエネルギーは、その源を失い霧散した。
《セイクリッド・ノヴァ》の直撃を受け、魔力源そのものを破壊されたライラは、もはや賢者の威厳を失い、灼熱のクレーターの中心で静かに崩れ落ちようとしていた。
「ガ……ア……」
彼女は、最後に、自分を打ち破った「変数」たちを見据えた。 数万の軍勢ごと焼き尽くした、太陽の踊り子。 魔術制御を奪った、嵐の大賢者。 そして、その存在ごと浄化した、光のプリースト。
「私の……『知識』が……」
ライラは、自嘲するように、か細い息を漏らした。
「1周目という絶対の『過去』が……。お前たちの、未知の『未来』に……敗れるとは……」
それが、"深淵の賢者"の最期の言葉だった。 最後の四天王は、光の粒子となって完全に消滅した。
「……はぁ……はぁ……」
究極の力を解放した観月、恵、結衣は、消耗しきって大地に座り込む。 舞と花音がすぐに駆け寄り、5人は互いを支え合った。
「やった……。ライラを、倒したんだ……!」
結衣が、震える声で呟く。
「ええ……。ですが、代償も大きいわね」
恵は、息を切らしながらも冷静に分析を始めた。肩の『ふにゃ』を起動させ、戦闘データを記録する。
「観月、あなたの《ランド・オブ・サン・シャイン!》。凄まじい威力だったけれど、《分析》結果……魔力の完全回復まで最低でも 48時間 はかかるわ。文字通り、切り札中の切り札ね」
「に、二日も……!?」
観月が、魔力を使い果たした体で驚く。
「他の究極スキルも同様に、再使用には相当なインターバルが必要になるでしょう。……次の戦いでは、これらの『切り札』をいつ、どう使うか、慎重な判断が求められるわね」
目の前には、観月の究極スキルによって穿たれた、無数のクレーターが広がっている。数万を誇った魔王軍、その大半は、跡形もなく消滅していた。
その時、フォルトゥナの城門から、三つの影が駆けつけてきた。
「無事か、お前たち!」
「今のは……一体!」
シルヴィア、ドーリン、そしてリューナだった。 彼らは、城壁の上から、最終装備の完成直後のライラの宣戦布告、そして今しがた天候さえも塗り替え、大軍勢を消滅させた三つの究極魔法の激突を、息を詰めて見届けていたのだ。
「……とんでもねぇもんを、見ちまったぜ」
ドーリンが、自らが鍛えた『ふにゃ』を肩に乗せた恵を見て、ゴクリと喉を鳴らす。あの熱線の豪雨の威力は、ドワーフの想像力を遥かに超えていた。
「あれが……人間の、いいえ、彼女たちの本当の力。森の精霊すら及ばない、未知の可能性……」
リューナもまた、圧倒的な力の奔流に言葉を失っていた。
シルヴィアは、5人がボロボロになりながらも互いを支え合う姿と、強敵が消滅し、軍勢が消し飛んだ灼熱のクレーターを交互に見つめ、深く、深く頷いた。
「ライラは、倒された。……マリオニス、グレイヴ、ゼノ、そしてライラ。魔王軍四天王は、今、ここに沈黙した!」
シルヴィアの声が、城壁から様子をうかがっていたレジスタンス兵士たちに響き渡る。
「おお……!」
「四天王を、全て……!?」
「あの軍勢も……消えたのか!?」
兵士たちから、信じられないといったどよめきが上がる。 シルヴィアは、ドーリンとリューナに向き直った。
「ドーリン、リューナ。我々を阻む最大の障害は、もはやない。彼女たちが、その全てを打ち破った」
ドーリンは、自慢の髭をぐっと扱くと、リューナを見た。
「尖り耳。決まりだな」
「……金槌頭。異論はない」
二人の天才職人が、種族の壁を越えて、同時に頷く。 ドーリンが、5人に向かって叫んだ。
「ドワーフは、お前たちの『革命』に全てを賭ける! わしらの技術、魔王の喉元に叩き込むぞ!」
リューナもまた、弓を掲げる。
「エルフも同じく。このアストラディアの未来を、あなたたちに託す!」
三つの種族の代表が、並び立つ。 シルヴィアが剣を抜き、快晴となったフォルトゥナの空に突き上げた。
「今、この瞬間をもって、人間、ドワーフ、エルフは種族の壁を越え、『対魔王連合戦線』を結成する! 全軍、魔王城へ進撃せよ!!」
「「「オオオオオオオオ!!」」」
種族を超えた歓声が、フォルトゥナの空に響き渡った。
――だが。
その歓声は、突如として空から降り注いだ、冷たく、静かで、しかし絶対的な「圧力」によって、一瞬にして静寂へと変わった。
「なっ……!?」
ライラの《氷河期》とは比較にならない、理知的で、無機質な魔力が平原全域を支配する。 世界から「音」と「熱」が奪われたかのように、空気が停止した。
(この魔力……ライラを遥かに超えている……! まさか!)
恵が戦慄する。
その時、フォルトゥナと連合軍全員の脳内に、男の「声」が直接響き渡った。 それは怒りや憎悪ではなく、まるで手術の経過を告げる医師のような、冷静な声だった。
『――見事だ、イレギュラーたちよ。そして、辰巳観月。その《ランド・オブ・サン・シャイン!》、実に興味深い『症例』だ』
「魔王……!」
『君たちの『発熱』(抵抗)は、この世界(患者)が『停滞』という末期症状にあることを証明したに過ぎない。ライラの軍勢が消滅した今、もはや対症療法は無意味と判断する』
『故に、これより『最終治療』を開始する』
魔王の声が、非情な宣告を続けた。
『世界の『解体』 まで、猶予は 24時間 』
「に、24時間!?」
結衣が息を呑む。
観月の究極スキルが回復する(48時間)よりも、遥かに早い。
『君たちの『ミクロな正義』 とやらが、私の『マクロな正義』 に勝るというのなら、来なさい。アビス・ゼニス(魔王城)で、最後の手術を執り行おう』
『……24時間後、この世界と共に、塵と化すのでなければ、だが』
絶対的な宣告。そして、魔王の気配は完全に消え去った。
圧力が消え、空は元の快晴に戻った。だが、後に残されたのは、石化したような沈黙だけだった。勝利の歓喜は、絶望的なタイムリミットによって凍りついていた。
「24時間……だと?」
ドーリンが呆然と呟く。
「馬鹿な! 暗黒大陸の魔王城までは、陸路で500キロはある! 全軍での進軍では、一週間はかかる!」
リューナも、珍しく焦燥を露わにした。
「空路でも最短で200キロ。だが、ワイバーン部隊では対空防衛網を突破できない。これは……」
シルヴィアもまた、絶望的な現実に言葉を失う。
「……極めて合理的な戦略です」
その中で、咲良恵だけが冷静さを保っていた。彼女は魔力切れでふらつきながらも、肩の『ふにゃ』を起動させ、思考を加速させる。
「奴は、観月の《ランド・オブ・サン・シャイン!》を観測し、その再使用が最低でも48時間であることを見抜いた。私たちが万全になる前に、この24時間で全てを終わらせる気です」
「私のせいで……」
観月が唇を噛み締める。最強の切り札が、皮肉にも最大の弱点となったのだ。
絶望的なタイムリミットが、結成されたばかりの連合戦線に重く圧し掛かった。
(第三十六話 終 / 第三部 完)




