第三十二話:応用科学(アルケミー)!アブソリュート・ボルテックス
「なっ……馬鹿な! 私の子供たちが!」
"腐界"のゼノは、自らが支配する森の奥で、信じられない光景に戦慄していた。
花音を中心に高速旋回する13個のオーブ。
それらは、彼女の意志とは無関係に、近づくアンデッドや蟲の群れを次々と粉砕していく。
物理攻撃は自動で迎撃され、毒のブレスや魔法攻撃は鏡面のオーブに反射され、味方であるはずの召喚獣たちを逆に蝕んでいく。
《アースシールド》。
それは、花音の「平穏を愛する心」が、それを乱す者への「静かなる怒り」に転化したことで生まれた、絶対防御結界だった。
ゼノの物量作戦は、花音というたった一つの「想定外」によって、完全に破綻した。
「今よ! 花音ちゃんが時間を稼いでくれた!」
「あそこへ合流する!」
ゼノの意識が花音に集中した一瞬の隙。
泥壁によって分断されていた舞、恵、結衣、観月が壁を強引に突破し、花音の元へと駆けつけた。
「ヒヒッ……集まったか、ネズミども!」
ゼノは、花音の《アースシールド》を攻めあぐねていた召喚獣の群れを、今度は再集結した5人へと差し向けた。
「あの小娘の『殻』が硬いなら、お前たちから喰らい尽くしてやる!」
(花音さんは無事。だが、敵の数は依然として多すぎる……!)
恵は、押し寄せる第二波を冷静に分析する。
(このまま個別に迎撃するのは非効率的。敵の『流れ』を一箇所に集め、制御し、一網打尽にする……!)
脳裏に、ヴァルカンでドワーフたちを指揮した「ライン生産方式」のイメージがよぎる。
(《ウィンド・カッター》は『点』。《サイレンス》は『無』。違う。今必要なのは、戦場全体をかき乱す『渦』よ!)
「新しい『発明』を思いついたわ!」 恵は、迫る敵の群れを前に、不敵に笑った。 「観月! 私と舞の魔力ブーストを!」
「オッケー! テンションMAXで行くよ! 《力のダンス》!」
観月の情熱的な踊りが、二人の魔力を底上げする。
「この戦場の『流れ』、私が制御する! 閃け! 《トルネード》!」
恵が両手を突き出すと、彼女の風属性魔力が新たな形を成した。 それはもはや刃ではなく、圧縮された空気の渦。
発生した「小さな竜巻」は、ゼノの召喚獣たちを強引に吸い寄せ、身動きの取れない一つの巨大な塊へと変貌させた。
「なっ!? 動きが……!」
ゼノが目を見張る。
(計算通り!)
恵は即座に叫んだ。
「舞! あの渦の中心に、あなたの冷気を叩き込んで!」
「任せて! 《フリーズ・ストリーム》!」
舞がガントレットから、修行で得た冷気の奔流を放つ。
「仕上げよ! 《応用科学》発動!」
恵は、自らが起こした竜巻の「目」が低圧であることを利用する。
(渦の中心、低圧化! 断熱膨張による超冷却を開始!)
舞の冷気が、恵の竜巻の中心で急激に膨張し、その温度は《ダイヤモンド・ダスト》に匹敵する「絶対零度」の嵐へと変貌した。
風が冷気を運び、冷気が風を凍らせる。
「これが私たちの最適解よ!」
「「アブソリュート・ボルテックス!!」」
凄まじい轟音と共に、竜巻そのものが一つの巨大な氷の柱と化し、その内部に囚われていた召喚獣の群れは、一瞬にして凍結・粉砕された。
「……っ!?」
ゼノは、自らの軍勢が一瞬で消滅した事実に、言葉を失う。
「終わりよ、ゼノ!」
結衣が叫ぶ。
「あなたの歪んだ摂理で、命を弄ぶのは!」
「この森を汚した罪、浄化しますわ!」
《アースシールド》を解いた花音が、リュートを構える。
ゼノが最後の抵抗を試みようとした瞬間、結衣の《ホーリー・アロー》 と花音の《アースバインド》 が同時に放たれ、その魔力源を貫き、大地に縫い付けた。
「ガ……アア……。わ、私の……美しい……腐敗が……」
歪んだ四天王は、自らが汚した大地の上で、塵となって消滅した。
◇◇◇
静寂が戻った森。 瘴気は主を失い、その勢いを失い始めていた。
「……見事だ」
大樹の枝から、リューナが静かに降り立った。その瞳から、5人への敵意は消えていた。
彼女は、花音の前に立つ。
「お前……。あの絶体絶命の中で、あの小さな命を庇ったな」
「……!」
「私は、人間が嫌いだった。ドワーフの技術で山を削り、森の平和を乱す、自己中心的な存在だと思っていた」
リューナは、舞が着けている『魔力収束ガントレット』に視線を送る。
「だが、お前たちは違った。その力(ドワーフの技術)を、森を守るために使った。そして、あの小さな命のために、自らの命を賭けた」
リューナは、花音に深く頭を下げた。
「お前たちは、私が知る人間とは違うようだ。……いや、私が、知ろうとしていなかっただけかもしれん。すまなかった」
花音が、そっとリューナの手を取る。
「リューナさん。私たちも、あなたの力を貸してください。この森を、一緒に救いましょう」
リューナは顔を上げ、強く頷いた。
「ああ。喜んで力を貸そう。連合に加わる」
◇◇◇
和解の証として、二人は並び立った。
「《浄化の歌》!」
花音の歌声が、大地そのものの治癒力を呼び覚ます。
「応えよ、古の精霊たち! この森に、再び息吹を!」
リューナが、エルフにしか使えない古の「精霊術」を唱える。
二つの異なる浄化の力が共鳴し、奇跡が起こった。
黒く汚染されていた大地から、エメラルドグリーンの光が溢れ出し、毒の沼は澄んだ水へと変わっていく。枯れていた木々からは、若々しい新芽が芽吹き始めた。
森が、本来の美しい姿を取り戻していく。 新たな仲間と、次への希望を手に入れた5人の顔に、安堵の笑みが広がった。
(第三十二話 終)




