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第三十一話:愛と怒りの反撃!迎撃要塞アースシールド

「ヒャハハ! どうした、どうした! もう終わりか?」


"腐界"のゼノの高笑いが、瘴気の森に響き渡る。


戦況は絶望的だった。


舞の《ダイヤモンド・ダスト》は強力だが、無尽蔵に湧き出す召喚獣の群れを前には消耗が激しい。


恵の《応用科学》も、この汚染された環境では効果的な化学反応を起こせず、観月の火炎も湿った大気に威力を削がれている。


そして何より、花音の《浄化の歌》と結衣の《キュア》が、ゼノの汚染速度に全く追いついていなかった。


「ダメだ……! このままじゃ、全員瘴気にやられる!」


結衣が悲鳴を上げる。


「ヒヒッ。いいぞ、その顔だ。希望が絶望に変わる……実に美しい摂理だ」


ゼノは、まるで指揮者のように両腕を広げた。


「仕上げだ。分断して、喰らい尽くせ」


ゼノが杖を大地に突き立てると、地面が突如として隆起した。


「!」


「きゃあっ!」


凄まじい地響きと共に、毒の泥が間欠泉のように噴き上がり、パーティは強制的に引き裂かれた。


「舞! 恵!」


結衣と観月が、隆起した泥壁の向こう側へと弾き飛ばされる。


「花音!」


舞が手を伸ばす。だが、その手は届かなかった。


舞と花音も別々の方向へと分断され、花音は一人、開けた毒沼の中央に取り残されてしまった。


「……っ!」


花音は息を呑んだ。


四方八方から、ゼノが操るアンデッドや蟲の群れが、新たな獲物を見つけたかのように迫ってくる。


(いけない、このままでは!)」


花音は咄嗟に愛用のリュートを胸に抱え、防御的に構えた。《アースバインド》で敵の足を止めようとする。だが、瘴気の影響で集中力が乱れ、スキルが正常に発動しない。


「ヒヒヒ……」


ゼノの嘲笑が聞こえる。


「お前からだ、浄化の小娘。お前のその『善意』が、この森でどれほど無力か……その身で味わえ」


召喚獣の群れが、一斉に花音に襲いかかった。


「いやっ!」


花音は必死に逃げ惑う。だが、ぬかるんだ地面に足を取られ、無様に転んでしまった。


泥が、彼女の清楚なドレスを汚していく。


(ああ……また、私は……)


(何もできず、ただ汚されるだけ……)


脳裏に、かつてマリオニスに抉られた「偽善者」という言葉が蘇る。 恐怖で体が動かない。迫り来る無数の鉤爪と牙。絶体絶命。


その時だった。


「……キュー?」


花音の足元、腐った木の根元から、小さな鳴き声が聞こえた。


見ると、そこには汚染された瘴気にあてられ、黒い斑点に覆われた森の小動物が、震えながら蹲っていた。 小型のリスのよう姿をした動物、その瞳は苦痛に歪んでいた。


花音は、自分に迫る死の恐怖を忘れ、咄嗟にその小動物を抱きかかえた。


「……かわいそうに。こんなに苦しんで……」


彼女は、傷ついた小動物を、自らの体で覆い隠すように庇った。


召喚獣の第一波が、花音の背中に襲いかかった。


「――ッ!」


激痛が走る。だが、花音は小動物を離さなかった。


(私は、無力かもしれない)


(私の理想は、偽善かもしれない。でも!)


花音は、傷だらけの手で小動物を優しく撫でながら、ゆっくりと立ち上がった。 その瞳は、もはや恐怖に怯えてはいなかった。


彼女の魂の根幹にある「心の平穏を愛する心」。


それを乱す者への「静かなる怒り」が、ついに恐怖を凌駕した。


「この美しい森を……」


「この、か弱く、健気な生命を……」


花音の体から、エメラルドグリーンの穏やかな光が溢れ出す。


「これ以上、あなたの歪んだ摂理で汚すことは、許しません!!」


彼女の大地属性が極致に達した。


花音の叫びに呼応し、大地が震える。


彼女の周囲の地面から、超高硬度の鉱石が瞬時に結晶化し、13個のオーブとなって宙に浮かび上がった。


「なっ……!?」


ゼノが目を見張る。


13個のオーブは、衛星のように花音の周囲を高速で旋回し始めた。


次の瞬間、花音に襲いかかろうとしたアンデッドの群れが、見えない壁に激突したかのように弾け飛んだ。


「ギシャァァ!?」


オーブが、花音の意志とは無関係に、接近する敵を自動で「迎撃」しているのだ。


「小賢しい!」


ゼノが蟲の群れに魔法攻撃を命じる。毒のブレスが花音に放たれた。 だが、オーブの表面は鏡のように磨き上げられており、ブレスはそのままゼノの召喚獣たちに向かって「反射」された。


「これが……私の、守り方……!」


花音は、自らを包む絶対的な防御要塞の中で、小動物を抱きしめた。


「――《アースシールド》!!」


オーブは、近づく召喚獣を次々と粉砕していく。 ゼノの物量作戦が、たった一人の少女の「静かなる怒り」の前に、完全に破綻した瞬間だった。


(第三十一話 終)

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