第二十七話:時を止める一閃、舞の覚醒!
三日後。
ヴァルカンの中央広場は、凍りついたような静寂に沈んでいた。
焦げた石畳、簡素な処刑台。そこに、ドーリンが鎖で縛られている。
周囲を埋めるドワーフたちは、沈黙を強いられていた。
誰も声を上げない。ただ、絶望に支配された瞳で棟梁の最期を見つめていた。
「……時間通りだな」
処刑台の傍ら、“不壊”のグレイヴが巨体を鎮座させている。
黒曜石の鎧が陽光を弾き、その威圧が空気を支配していた。
その視線の先、五人の少女たちが、風に髪をなびかせて立ちふさがる。
先頭に立つ舞の瞳は、恐れを知らぬ光で輝いていた。
左腕には、ドワーフたちが三日間、命を削って造り上げた『魔力収束ガントレット』。
鈍くも荘厳な金属光は、彼らの「希望の結晶」そのものだった。
「時間だ、小娘ども。――わが《不壊の城壁》を破る策、見せてみよ」
グレイヴの嘲笑が、広場を震わせる。
だが、舞たちは一歩も退かない。
「見せてあげるわ」
恵の静かな声が響く。
「私たちの――『革命』の成果をね」
彼女の指先が閃いた。
「作戦開始!」
「観月! 火を!」
「了解っ!――《ファイア・ボール》!!」
紅蓮の火球が空を裂き、グレイヴへと放たれる。
「《応用科学》発動――!」
恵が両腕を突き出す。
「風を収束、火炎と融合――『熱衝撃』!!」
爆熱の矢が空気を爆ぜさせ、グレイヴの鎧を瞬時に赤熱させた。
足元の石畳が、溶岩のようにドロリと崩れる。
「今よ、舞!!」
「(――あの一瞬を、掴む!)」
舞が走り出す。脳裏に、三日前の修行が鮮烈によみがえる――。
◇◇◇
(――極寒の坑道)
「ダメだっ……! イメージが定まらない!」
求められたのは「停止」の力。だが、舞のスキルは「貫く」か「防ぐ」か、どちらかしかなかった。
「焦らないで、舞!」恵の声が響く。
「ガントレットは『超低温』への変換装置よ。ゼロから創るんじゃない。狙うのは“冷気の流れ”!」
「そんなスキル、持ってない!」
「なら――今、創り出して!」
(止めるでも、砕くでもない。ただ、奪う。熱を、動きを――)
「――《フリーズ・ストリーム》!」
ガントレットから放たれたのは、槍ではない。空気をねじり、岩肌を白く覆う冷気の奔流だった。
◇◇◇
「(あの時、掴んだ――“流れ”!)」
赤熱した鎧が灼ける。そこへ、舞は全力で魔力を叩き込んだ。
「これが、私たちが見つけた答えよ!」
「――《フリーズ・ストリーム》ッ!!」
冷気の奔流が、熱せられた鉄を叩く。
ジュウウウゥゥゥゥッッ!!
耳を裂く金属音。爆発的な蒸気が視界を奪う。
「行ける……!」
結衣の声が響いたが、蒸気が晴れたとき――。
そこに立っていたのは、鎧に無数の亀裂を走らせながらも、なお仁王立ちする巨人だった。
「これで終わりか。失望させおって。」
そして、武人としての矜持を傷つけられたとばかりに、グレイヴは叫んだ。
「こんな茶番のために、我は3日も待ったと言うのかぁぁぁ!」
怒号と共に、グレイヴの巨体が動いた。
大地が鳴動し、黒鉄の巨影が弾丸のように飛ぶ。
舞の目が、わずかに見開かれた。
――抜かれた。
標的は前衛の舞ではない。その奥、恵・結衣・花音・観月――後衛の四人!
「――ッ!?」
振り返った瞬間、世界がスローモーションになる。
(速い……! )
脚が本能で動く。
リベロの反射、ナイトの筋力。魔力をブースト!
ドンッ!!
地面が爆ぜ、舞がロケットのように「飛翔」した。
グレイヴの背中を追って一直線に「飛ぶ」!
だが、それでも届かない。
(追いつけない……!?)
視界の中で、距離が絶望的に開いていく。
斧の刃先が、結衣の頬へ迫る。
時間が、きしむ。
もう、物理的には、絶対に間にあわない。
◇
結衣が、無力を痛感し目を閉じた。
「……まだ、なにも……」
恵が、自責の念に唇を噛んだ。
(私のせいで……!)
花音が、絶望に手を合わせようとした。
「……どうか……みんなだけでも……」
観月が、ただ一人、仲間を庇おうと一歩前へ出た。
「だったら――せめて、ぶつかって散るッ!!」
◇
その瞬間、舞の胸の奥で何かが爆ぜた。
(誰も…死なせない!)
こちらの世界に来てからの冒険の日々。傷つきながら、それでも立ち上がってきた全てが、この一瞬に収束する。
(仮に追いついても、あの戦斧の一薙ぎから全員を守るのは不可能!)
(届かないなら! 守れないなら――止めるしかない!)
(この世界ごと、時間ごと…凍れ!)
左腕のガントレットが、青白い光を帯び始める。
概念そのもの――“動き”を凍らせる力が、形を取り始めた。
「私の前で――仲間を傷つけることは、許さないッ!!」
叫びが、爆風のように響いた。
「――《ダイヤモンド・ダスト》ッ!!」
飛翔する舞の身体から、眩い閃光が奔る。
それは、絶対零度の「光」だった。
舞の物理的な飛翔速度を遥かに置き去りにし、その青白い光の奔流だけが、空間を跳躍するように「即座に」グレイヴへと到達した。
◇
音が消えた。
風が消えた。
光に触れた瞬間、グレイヴの動きが完全に停止した。
振り上げられた戦斧は宙で凍りつき、赤熱していた鎧は白銀の結晶に覆われる。
巨体が、神話の氷像のように、時の檻に閉じ込められた。
世界が、止まった。
(止まった!?――いや、まだだ!)
思考が瞬時に切り替わる。安堵する暇はない。
(ヤツを、排除する!)
舞は、止まった時間の中、再び大地を蹴り砕いた!
ロケットダッシュの慣性をさらにブーストさせ、白い彗星となって凍結したグレイヴへ突撃する!
(この勢い(ちから)で、終わらせる!)
左腕のガントレットに収束した魔力を、盾へと伝導――。
飛翔と加速の勢いのまま、さらに体のバネをしなやかに捻り、凍りついたグレイヴの右後ろ脇腹、その一点にすべてのエネルギーを集中させる。
「みんなから離れろぉぉ!!」
渾身のシールドバッシュ。
それは、リベロの「飛翔速度」、ナイトの筋力、そして“守り”の意志が一点に凝縮した神速の一閃。
ガァァァン――ッッ!!
衝突の瞬間、氷の結晶が爆ぜ、閃光が弾けた。
その一点から、凍結した鎧が蜘蛛の巣状に割れ、亀裂の中で光が脈打つ。
巨体が、ゆっくりと傾ぐ。
物理法則を無視したかのように、凍りついたグレイヴの巨体が宙を滑り、処刑場を囲む広場の壁へと一直線に吹き飛ばされた!
ドォオオオォン!!
凄まじい轟音と共に、グレイヴの巨体が壁に激突。分厚い石壁が、粉塵を撒き散らして大きく陥没する。
時間が、完全に再開した。
「なっ……!?」
グレイヴの口から、低い呻きが漏れる。
凍結が解けぬまま、よろめいた。
その瞬間――。
舞は後方に跳び、盾を構え直した。
呼吸が荒い。だが、瞳の奥には確かな炎が宿っていた。
「あなたの“城壁”は、もう壊れた。次は、“心”よ。」
静かな声だった。
だが、その声音には、これまでのどんな叫びよりも強い意志が込められていた。
グレイヴの漆黒の鎧が音を立て、ついに粉々に崩れ落ちた。
KISHAAAAAAAANNNNN!!
氷の粒が宙を舞い、太陽の光を反射する。
白銀の煌めきが広場全体を包み込み、それはまるで、天が祝福するかのような…ダイヤモンド・ダスト。
(第二十七話終)




