第二十三・五話:切除(せいぎ)という名の凶刃(メス)
始まりの神殿。
アルドゥスから語られた「1周目の真実」と「2周目の奇跡」は、あまりにも重かった。
だが、5人の瞳から決意の光は消えていない。
彼女たちは、アルドゥスが命懸けで繋いだこの「2周目」を、今度こそ自分たちの手で掴み取る覚悟を決めていた。
その覚悟を見たアルドゥスは、衰弱した体で、さらに重い口を開いた。
「……そなたたちの『絆』が本物であることは、よう分かった。ならば、話さねばならぬ。魔王の掲げる『マクロな正義』……あの思想が、なぜ生まれたのかを」
アルドゥスは、神殿の壁にアストラディアの地図を再び映し出す。だが、それは魔王軍の勢力図ではなかった。
「奴は……魔王は、最初から魔王だったわけではない。わしが知る限り、奴はかつて、この世界を『カイゼン』しようとして……そして、絶望した者なのじゃ」
「絶望……?」
結衣が息を呑む。
「そうだ」
アルドゥスは地図の各所を指し示した。
「奴は、何百年も変わらぬアストラディアの『停滞』を憎んだ。 例えば、ドワーフは『伝統』という名の殻に閉じこもり、新たな技術革新を拒み続けた。 エルフは『森の理』という排他的な掟に固執し、他種族との交流を絶ち、緩やかに衰退を選んだ。 そして人間は、『目先の利益』に囚われ、種族間で無益な争いを繰り返し、歴史から何一つ学ぼうとしなかった」
それは、5人がノクス村や道中で目撃した「非合理」や「不信」の根源そのものだった。
「奴は悟ってしまったのじゃ。『手当て(カイゼン)』では、この末期患者は救えぬ、と。そして、その思想を反転させた。『必要なのは外科手術だ』と」
「非合理的です」
恵が即座に反論した。
「個別の事象を、全て『停滞』と断じるのは論理の飛躍です。それに、リセットしたところで、また同じことが繰り返されるだけでは?」
「……それこそが、奴の恐ろしさじゃ」
アルドゥスの目が鋭く光る。
「奴の『治療計画』は、恐ろしく合理的に組まれておる。奴は、自らの『メス』として、四天王を生み出した。いや、あるいは、その思想に共鳴した者たちに『役割』を与えたのやもしれん」
アルドゥスは、地図上の三つの拠点を指し示した。
「第一のメスは、"不壊"のグレイヴ。奴は『力のメス』じゃ」
「停滞した社会秩序や古い伝統を、『絶対的な力』で強制的に粉砕し、新たな支配体制を敷く。奴がヴァルカンを占領しているのは、ドワーフの『停滞した誇り』を『力』で治療しているつもりなのじゃ」
「第二のメスは、"腐界"のゼノ。奴は『腐敗のメス』じゃ」
「停滞した生命……例えば、進化を止めた大森林などを、『死と腐敗』によって一度『無』に戻し、そこから全く新しい生態系を強制的に生み出そうとしておる」
「そして第三のメスは、"深淵の賢者"ライラ。奴は『知識のメス』じゃ」
「停滞の原因である人々の愚かな『感情』や『不信』を、『絶対的な知識』によって管理・統制し、非合理性を排除しようとしておる。1周目のデータを持つ今、奴は最も厄介な存在かもしれん」
「では、マリオニスは……?」
舞が問う。
「……奴は、これらの『治療』が円滑に進むよう、人々の『心(抵抗)』を操る、『麻酔医』の役割じゃったのだろう」
5人は戦慄した。
四天王の行動は、単なる侵略や破壊ではなかった。魔王の「マクロな正義」を実行するための、冷徹な「役割」だったのだ。
「待ってください」
恵が、この新たな情報を高速で分析する。
「その『メス』も、結局は新たな『停滞』を生むだけではありませんか? 力による支配は、次の反乱を生む。知識による統制は、思考停止という名の停滞を招く。……魔王の計画は、根本的に破綻しています」
「その通りじゃ!!」
アルドゥスが、衰弱した身とは思えぬほど力強い声を上げた。
「それこそが魔王の思想の『限界』であり、奴が1周目で見誤った点なのじゃ! 奴もまた、『力』や『知識』という、アストラディアの古い常識(停滞)に囚われておる!」
アルドゥスは、希望の光を宿した目で5人を見つめた。
「じゃが、そなたたちは違う。そなたたちは、ノクス村で『公衆衛生革命』を起こした」
「魔王の『全体主義』でも、四天王の『支配』でもない。『人道主義』こそが、この停滞した世界を打ち破る、唯一の方法かもしれんのじゃ」
結衣はアルドゥスの言葉に頷いた。
「行こう、みんな!」
結衣が皆に声をかけた。
「最初の『メス』……グレイヴが待つ、ヴァルカンへ」
4人の瞳にも強い光が宿る。
「私たちの『革命』が、魔王の『治療』より正しいって、証明するために!」
(第二十三・五話 終)




