第二十二話:偽りの凱旋
自由都市フォルトゥナの城門が、朝焼けを背景にゆっくりと開く。
見送りに来たレジスタンスの指導者シルヴィアは、決意を固めた5人の顔を見渡し、静かに、しかし力強く告げた。
「君たちの旅が、我々の未来を切り拓くと信じている。必ず、真実を掴んで戻れ」
「はい。フォルトゥナをお願いします」
結衣が代表して頷く。
5人はシルヴィアと固い握手を交わすと、アストラディアの大地へと再び足を踏み出した。
目指すは、全ての始まりの場所――賢者アルドゥスが待つ神殿。
「1周目」の真実を知るために。
旅路の途中、彼女たちは数日前に「革命」を成し遂げたノクス村を経由した。
村人たちは5人の再訪を心から喜び、旅の無事を祈ってくれた。
清らかな水が満ちる井戸と、村人たちの笑顔。
それは、彼女たちがこの世界に残した確かな希望の証だった。
「私たちの連携は、もはや完成の域に達しています」
ノクス村を後にし、街道を進みながら恵が言った。
「全員が『心の枷』を克服したことで、集中力のベースラインが劇的に向上しました。戦術の安定性は、極めて高い」
「ほんと、あの頃はゴブリン一匹で死にかけてたのにねー」
観月が屈託なく笑う。その時だった。
「――来るぞ。上空!」
舞が鋭く警告を発した。
空が突如として暗転し、耳をつんざくような叫び声と共に、巨大な影が舞い降りる。
獅子の胴体に、鷲の頭と翼。
「《分析》! グリフォン! 高い飛行能力と風属性攻撃を確認! これまでの魔物とは格が違います!」
グリフォンは5人を嘲笑うかのように旋回すると、その翼から無数の真空の刃を放った。
「空からの攻撃か。厄介だな!」
舞が盾を構える。
「だが、今の私たちなら!」
「私が幸運を切り開く! 《ブレッシング》!」
結衣の祝福が全員を包む。その瞬間、グリフォンが放った風の刃の軌道が、不自然に逸れた。
「ナイス回避! 防壁展開! 《アイス・ウォール》!」
舞は即座に氷壁を展開し、追撃を防ぐ。完璧な計画に固執しない、状況に応じた柔軟な防御。
「みんな、行くよ! 《力のダンス》!」
「援護しますわ! 《信念の歌》!」
観月の鼓舞が攻撃力を高め、花音の歌が精神抵抗力を引き上げる。
「観月、カウンターを!」
「任せて! 《フレア・ミラー》!」
観月が炎のオーラを纏い、グリフォンが放った次の風の刃を受け止め、そのまま反射する。
「キシャッ!?」
自らの攻撃を浴びたグリフォンが怯む。
「今よ! 私たちの『発明』を見せてあげるわ!」
恵の瞳が輝く。
「《応用科学》発動! 結衣、あなたの光を貸して!」
「うん! 《ホーリー・アロー》!」
結衣が放った光の矢に、恵が自らの風属性魔力を融合させる。
「風と光を収束、指向性のエネルギーに変換! ――《レーザー》!」
風と光が融合し、一直線に伸びる高熱の光線が、グリフォンの片翼を正確に貫いた。
「ギャァァァァ!!」
バランスを崩し、地面に墜落するグリフォン。
「とどめだ! 《シールド・バッシュ》!」
舞が渾身の力で盾を叩きつける。凄まじい衝撃と共に、グリフォンは完全に沈黙した。
格上の魔物を相手に、彼女たちは完璧な連携で勝利を収めたのだ。
◇◇◇
だが、旅が進み、神殿が近づくにつれ、奇妙な感覚が5人を捉え始めた。
既視感。魂に刻まれた記憶が、蘇り始めていた。
そして、ある廃墟を通りかかった時だった。
「っ……!」
全員が同時に足を止めた。そこは、かつて大きな街があった場所のようだったが、今は見る影もなく破壊され、黒く焼け焦げた瓦礫が広がっているだけだった。
「なに、これ……胸が、苦しい……」
観月が胸を押さえる。
理由は分からない。だが、この光景を見ていると、耐え難いほどの悲しみと、激しい後悔の念が湧き上がってくる。
「悲しい……ごめんなさい……」
結衣の目から、無意識のうちに涙がこぼれ落ちた。
「《分析》……」
恵が、震える声で言った。
「私たちの魂が、この場所に刻まれた強い残留思念に共鳴しています。これは……1周目の私たちが、ここで何か決定的な『失敗』を経験した証拠です」
もし、自分たちが一度、この世界を救うことに失敗しているとしたら。
この廃墟は、その結果なのかもしれない。
「だからこそ、行かなければ」
舞が決意を込めて言った。
「過去に何があったのかを知り、今度こそ、この世界を守るために」
◇◇◇
数日後。5人は、ついに始まりの神殿に到着した。
重い石の扉を押し開けると、埃と古い香の匂いが漂う、あの時と同じ空間が広がっていた。そして、黄金のアーチの前に、賢者アルドゥスは座り込んでいた。
「アルドゥス様!」
結衣が駆け寄る。だが、その姿を見て息を呑んだ。
アルドゥスは、以前会った時よりもさらに老け込み、衰弱していた。
深い皺が刻まれ、その体からは生命力が消えかけているようだった。
「おお……戻ったか。無事で何よりじゃ。それで、フォルトゥナはどうじゃった? シルヴィアは息災か?」
その声には覇気がなく、彼の記憶がまだ戻っていないことを示していた。
「アルドゥス様。私たちは知るために来ました」
恵が、アルドゥスの前に立った。その瞳は鋭い。
「白を切るのは非効率的です。アルドゥス様。私たちは知っています。これが『2周目』の世界だということを。そして、あなたが時間を巻き戻した張本人だということを」
「――っ!」
恵の言葉が引き金となった。
核心を突かれ、アルドゥスの虚ろだった目に、知性の光が急速に戻る。
「ああ……そうか……思い出した……!」
アルドゥスは、震える手で顔を覆った。
封印されていた記憶の奔流が、一気に解き放たれたのだ。
「そなたたちが、そこまで辿り着いたのじゃな……。わしの記憶が……戻ったのじゃ」
彼は、ゆっくりと顔を上げた。その瞳には、深い後悔と絶望の色が浮かんでいた。
「全て話そう。この繰り返される悲劇。そなたたちの、『偽りの凱旋』の物語を」
◇◇◇
アルドゥスの告白は、衝撃的なものだった。
「数年前。わしは世界を救うため、異世界から勇者を召喚した。それが、1周目のそなたたちじゃ」
だが、その状況は今とは全く異なっていた。
「あの時、そなたたちは互いに見知らぬ者同士じゃった。そして、当時のアストラディアは滅亡寸前で、わしは焦っておった。そなたたちの内面の成長を待たず、安易な『力』……強力無比な装備を与えすぎてしまったのじゃ」
アルドゥスは、1周目の5人の姿を回想する。強力な装備に身を包み、圧倒的な力で敵を薙ぎ払っていく姿。だが、そこに「絆」はなかった。
「そなたたちは強かった。だが、互いを信頼せず、内面の成長を軽視した。ただ、効率的に敵を倒し、最短ルートで攻略を進めることだけを考えておった」
連携はなく、時に反目し合った。それでも、彼女たちは魔王城に到達した。
「そこにいたのは、魔王に化けた四天王マリオニスじゃった」
「マリオニスが……魔王に?」
「そうじゃ。奴の策略に嵌り、心の繋がりがなかったそなたたちは分断され、追い詰められた。だが、それでも個々の力で偽の魔王を倒したのじゃ」
世界は救われた。誰もがそう信じた。
「わしは帰還の羅針盤を起動させた。そなたたちは、何の躊躇もなく、地球へと帰還した。それが、『偽りの凱旋』。偽りのハッピーエンドじゃった」
5人は息を呑んだ。自分たちが、そんな選択をしたなんて。
「そなたたちが去った後、真の魔王が姿を現した。世界は救われてなどいなかったのじゃ」
希望を失ったアストラディアは、再び絶望に沈んだ。
「わしは悟った。どれほど強大な力があっても、『真の絆』がなければ、魔王の掲げる思想――あの『マクロな正義』には対抗できないと」
そして、アルドゥスは最後の手段に出た。時間を巻き戻す禁呪。
「わしは、己の命と魔力の全てを代償に、時間を巻き戻した。この急激な老化も、記憶喪失も……全てがその代償じゃ。そして、魔王と四天王は、その根源的な力で禁呪の影響を免れ、1周目の記憶を保持しておる」
だが、彼はただ時間を巻き戻しただけではなかった。
「禁呪に、たった一つの『願い』を込めたのじゃ」
アルドゥスは、結衣たちを真っ直ぐに見つめた。
「次に召喚される前に、5人が出会い、真の絆を育んでほしい、と」
その瞬間、5人の脳裏に、あの光景が蘇った。
一年前のイオンモール。優斗が迷子になった事件。あの奇跡のような出会い。
あれは偶然ではなかった。アルドゥスの命を賭した願いが、彼女たちを引き寄せたのだ。
「そう……だったんだ……」
結衣の目から、涙が溢れた。自分たちの絆の根源を知り、5人の魂が、より強く共鳴する。
「1周目の私たちって、本当に最低だったんだね」
観月が、自嘲気味に笑った。
「だが、今のそなたたちは違う」
アルドゥスは、力強く言った。
「そなたたちは、自らの力で『心の枷』を打ち破り、真の絆を手に入れた。今度こそ……」
「ええ。アルドゥス様の願いを、絶対に無駄にはしません」
結衣が、決意を込めて言った。
「行こう、みんな。今度こそ、本当のハッピーエンドを掴むために」
真実を知った彼女たちの視線は、未来へと向けられていた。
魔王を倒すため、残る三人の四天王を撃破し、新たな仲間を集める。
彼女たちの本当の戦いが、始まろうとしていた。
(第二十二話 終)




