第二十一話:一周目の記憶
フォルトゥナ西区、廃教会。
マリオニスの策略は破られ、リッチは浄化された。
結衣の《ブレッシング》を突破口にした奇跡的な勝利と、仲間たち全員の覚醒。
それは、彼女たちの絆が掴み取った、完全な勝利だった。
子供たちは無事に救護所へと運ばれ、街は束の間、しかし確かな平穏を取り戻していた。
その夜。レジスタンス本部の宿舎、5人だけに与えられた一室で、重い沈黙が流れていた。
「……あいつ、最後に何て言ったか、覚えてる?」
沈黙を破ったのは、観月だった。
「『なぜ、1周目のあの時と違う?』『あの時、彼女たちにこれほどの絆はなかったはずだ』……そう言っていました」
恵が、マリオニスが動揺して口走った言葉を正確に反復する。
「1周目……」
結衣が呟く。
その言葉は、全員の胸に重く突き刺さっていた。
「私の幻術もそうだ」
舞が口を開いた。
「マリオニスは、私が見たこともないはずの、仲間を失う光景を見せた。そして、それを『1周目』の記憶だと言った」
「私たちも……あの幻術の中で感じた絶望感、妙にリアルだったよね……」
「合理的ではない仮説ですが」
恵が眼鏡を押し上げた。
「現状、最も論理的な結論は一つです」
彼女は、仲間たちの顔を一人ずつ見回した。
「私たちは、この世界アストラディアで、一度『失敗』している。そして、何らかの理由で時間が巻き戻り、私たちは二度目を、岡山での出会いからやり直している」
「ループ……ってこと?」
結衣の言葉に、全員が頷く。
イオンモールでの、あの奇跡のような出会い。
初対面のはずなのに、完璧に機能した連携。
あの時から感じていた強烈な既視感の正体が、今、明らかになった。
「魂が、覚えていたのですわ。一度目の、縁と……絶望を」
花音が、胸を押さえながら言う。
「だから、マリオニスは焦っていた」
舞が続けた。
「あいつのシナリオでは、私たちは1周目と同じように、『心の枷』に囚われ、個別に撃破されるはずだった。だが、私たちの魂が互いを覚えていたせいで、絆の再構築が早くなった。それが、あいつの計算を狂わせたんだ」
「じゃあ、この『2周目』を仕掛けたのは……?」
結衣が問う。答えは、一つしかなかった。
「……賢者アルドゥス様」
5人の視線が、地図の一点――彼女たちが最初に召喚された、始まりの神殿――に集まる。
「アルドゥス様は、記憶と魔力を失っていました」
結衣が立ち上がる。
「それはきっと、時間を巻き戻す禁呪を使った代償。彼が何かを意図して、この状況を作り出したんだ」
「確かめに行こう」
結衣は、決意を込めた目で仲間たちを見た。
「アルドゥス様に、直接聞こう。1周目で何があったのか。そして、私たちが本当にすべきことは何なのか」
全員が、無言で頷いた。
◇◇◇
翌日。
5人はシルヴィアに全てを報告し、アルドゥスの神殿へ向かう許可を求めた。
「……1周目の記憶だと?」
シルヴィアは驚愕したが、彼女たちの覚醒と、マリオニスを退けた事実を前に、その仮説を否定しなかった。
「分かった。このフォルトゥナは必ず守り抜く。行って、真実を掴んでこい」
"銀狼"の力強い言葉に送られ、5人はフォルトゥナの門を後にした。
◇◇◇
その頃。大陸の反対側、万年闇に閉ざされた魔王城。
"人形遣い"マリオニスは、玉座の間に跪いていた。
「――以上が、フォルトゥナでの顛末です。異界の者たちは、私の想定を遥かに超える速度で覚醒しました」
マリオニスは、自らの失態を隠さず報告した。
玉座に座る影が、ゆっくりと身を起こした。
それは、巨大な魔族の姿ではなく、理知的な瞳を持ち、威厳に満ちた男の姿をしていた。魔王("世界の外科医")。
「興味深い報告だ、マリオニス」
魔王の声は、低く、しかし確かなカリスマ性を帯びていた。
彼は、マリオニスの失態を責めるどころか、まるで難解な症例に直面した名医のように、その状況を分析していた。
「1周目とは明らかに異なる変数が生じている。彼女たちの『絆』の強さ……思念エネルギーの異常な上昇率。そして、あの《応用科学》という異質な力。アルドゥスめ、時間遡行の際に、何か細工をしたな」
「はっ。おそらくは、彼女たちが異世界で出会うように仕向けたかと」
「フッ……」
魔王は口元に笑みを浮かべた。
「それでこそ、私の『治療』に相応しい」
魔王は玉座から立ち上がり、広大なアストラディアの地図を見下ろした。
その姿には、自らの「正義」に対する絶対的な確信が宿っている。
「この世界は、『停滞』という名の病に侵されている。私は、それを治療する外科医だ。この病巣を切除し、世界を再生させるためには、多少の犠牲は厭わない」
彼は、マリオニスを振り返った。
「彼女たちの覚醒は、停滞した世界に対する、健全な免疫反応の現れとも言える。強すぎる免疫反応は、時に手術の妨げとなるが……同時に、それは患者がまだ生きている証拠でもある」
魔王は、理知的な光を瞳に宿したまま、静かに告げた。
「お前の舞台は、一旦幕を下ろせ。マリオニス。下がって、次の準備を進めよ。彼女たちがアルドゥスの元で真実を知り、さらに強くなるのを待とうではないか」
「御意。……ですが、よろしいので? このままでは、1周目とは違う結末を迎える可能性も」
「案ずるな」
魔王は、絶対的な自信を持って断言した。
「彼女たちの『正義』がどれほど輝こうと、世界の秩序と理の前では無力だ。この世界の結末は、私が決める」
その言葉には、世界の摂理そのものを掌握しているかのような、圧倒的な理性が宿っていた。
一方、5人の少女たちは、全ての謎の答えを知る賢者の元へ、始まりの地を目指して再び歩き出していた。
(第二十一話 終)




