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第十六話:完璧主義の呪縛

恵の《応用科学アルケミー》による覚醒は、敵の奇襲を退けた。


だが同時に、レジスタンス内部に潜む裏切り者――四天王マリオニス(マリウス)の存在を、5人に確信させることとなった。


「証拠がない以上、シルヴィアさんに告発しても組織が混乱するだけです。泳がせるしかありませんが……奴は必ず、私たちの『心の枷』を狙ってくる」


宿舎での秘密会議。


恵の分析は冷徹だった。敵が組織の中枢にいるという事実は、5人に絶え間ない緊張を強いていた。


その中で、誰よりも焦燥感を募らせていたのは琴平舞ことひら・まいだった。


(恵はプレッシャーを跳ね除け、新たな力を得た。だが、私は?)


舞は、訓練場での古参兵ヴォルフとの対立を思い出していた。


彼女の合理的すぎる指導方針への反発は根強く、兵士たちとの溝は深まるばかりだった。


(私が完璧パーフェクトな戦術を提示すれば、全員が従うはずだ。それができないのは、私の『完璧さ』が足りないからだ。失敗は許されない)


舞は、さらに自分を追い込んでいった。


彼女の「完璧主義」の「心の枷」が、再び彼女を縛り始めていた。そんな舞の焦燥を、マリオニスが見逃すはずもなかった。


◇◇◇


数日後、シルヴィアから舞に新たな任務が与えられた。


それは、ヴォルフが率いる部隊と共同で、魔王軍の小規模な補給基地を奇襲するというものだった。


「君の戦術と、彼らの経験を融合させれば、必ず成功する。信頼関係を修復する良い機会だ」


シルヴィアは言った。


表向きは和解のための任務。だが、作戦会議に同席していたマリウスの笑みを見て、舞はこれが罠だと確信していた。


作戦決行の夜。


舞たちは闇に紛れて補給基地に接近した。


作戦は完璧だった。


恵の《分析》による敵配置の把握、観月の《クイック・ステップ》による隠密行動。そして、舞が立案した、最小限の損害で敵を制圧する完璧な連携コンビネーション


「よし、突入する!」


舞の合図で、ヴォルフの部隊が基地内に雪崩れ込む。はずだった。


「!?」


だが、ヴォルフたちは動かなかった。それどころか、わざと大きな音を立て、自分たちの存在を敵に知らせたのだ。


「敵襲! 敵襲だ!」


基地内が騒然となる。警鐘が鳴り響き、松明が灯る。舞の完璧な作戦は、開始と同時に崩壊した。


「ヴォルフ! 何をしている! 作戦違反だ!」


舞が叫ぶ。


「作戦だと?」


ヴォルフは、暗闇の中で不敵に笑った。


「俺たちは、お前さんの人形じゃない。これが俺たちのやり方だ!」


ヴォルフたちは雄叫びを上げ、無秩序に敵陣に突っ込んでいった。


マリウスが裏で彼らの不満を煽り「あの小娘の鼻を明かしてやれ」と唆していたのだ。


(なぜだ!? なぜ、完璧な指示に従わない!?)


舞は混乱した。計画が崩れたことへの極度の恐怖が、彼女の思考を硬直させる。


(ダメだ、このままでは部隊は壊滅する!)


「くそっ! 私がフォローする!」


舞は叫び、ヴォルフたちを追って一歩踏み出そうとした。だが、その一歩が、出ない。


(どうやって? 完璧な計画プランがないのに、どうやってフォローを?)


思考が硬直する。


足が、まるで氷漬けにでもなったかのように動かない。 その、ほんのコンマ数秒の硬直。遠くで見つめていたマリオニスが、その心の隙を見逃すはずもなかった。


「なっ……!?」


舞の視界が、ぐにゃりと歪んだ。 現実の補給基地の闇が、一瞬にして遠のいていく。


◇◇◇


気づけば、舞は一人、全く別の場所に立っていた。


禍々しい、黒曜石でできた城。そして、目の前には、結衣、観月、花音、恵の姿があった。


だが、その装備は見たこともないほど派手で強力(チート装備)であり、彼女たちの纏う雰囲気は軽薄だった。彼女たちの間に、今のような温かい絆は感じられない。


『ちょっと、舞! さっさとタンクしなさいよ!』


『あなたの役割でしょ? 完璧にこなしなさいよ』


(ここは……私の記憶……? 知らないはずなのに、知っている……)


「ええ。あなたの心象風景。そして、かつてこのアストラディアで起きた、『1周目』の記憶です」


背後から声がした。そこにはマリウス――いや、四天王としての本性を現したマリオニスが立っていた。


場面が切り替わる。目の前に現れたのは、巨大な「魔王」。


それは、マリオニスが化けた偽りの姿。


『馬鹿な! 私の防御が破られるはずがない!』


1周目の舞が叫ぶ。


だが、偽の魔王の策略により、連携のない彼女たちの防御は破綻した。仲間たちは次々に倒れていく。完璧を目指した結果、全てを失った瞬間。


「思い出したでしょう? 琴平舞」


マリオニスは、倒れ伏す舞を見下ろした。「あなたは一度、完璧に失敗した。その絶望が、あなたの魂に刻まれている。だからこそ、あなたは完璧であることに固執する」


マリオニスの言葉が、舞の「心の枷」を容赦なく抉る。


「あなたは、何度繰り返しても同じだ。計画が崩れれば、何もできなくなる。さあ、もう一度、絶望しなさい」


マリオニスが指を鳴らすと、偽の魔王が再び襲いかかってきた。


(ダメだ……また、守れない……完璧になんて……)


舞の心が折れかけた、その時。


(一人で抱え込むな。私たちを頼れ)


その時、脳裏に蘇ったのは、仲間たちの声ではなかった。 それは、数日前、プレッシャーに潰れかけた恵に、自分自身が放った言葉


(・・・・・・)


あの時の論理的な響きが、今、自分に突き刺さる。


(私は……! 恵にはああ言っておきながら、自分自身が「完璧」という非合理的な呪縛に囚われていた……!)


(そうだ。私は、あの時とは違う。あの時の恵を支えたように、今の私には……信じられる仲間がいる!)


そして、彼女は思い出した。


あの、リベロとしての自分の原点を。


――体育館。相手エースの強烈なスパイク。完璧なレシーブポジションには間に合わない。


『琴平! フォームなんてどうでもいい! 這いつくばってでも拾え! ボールを落とさなければ、負けないんだ!』


(そうだ。あの時、私はコーチの言葉に従い、無様に這いつくばってボールを拾った。完璧なフォームを捨てた)


(あの時の私は、「完璧な計画」に固執せず、目の前のボールを拾うという「現実」に即座に対応したんだ)


(仲間を信じて、ただ、繋ぐために)


マリオニスの言葉が再び響く。


「計画が崩れれば、何もできなくなる」


(違う!)


(「完璧な計画」に固執することこそが、お前の脚本シナリオ通りだ!)


(計画が崩れた? 上等だ!)


「私は……完璧じゃなくてもいい!」


舞は叫んだ。それは、《カバー》を習得した時と同じ言葉。だが、その意味は全く違っていた。


あのときは「完璧なフォーム」を捨てて守る覚悟だった。 だが今回は「完璧な計画」を捨てて対応する覚悟だ。


「心の枷」が砕け散る。


「お前のシナリオは、ここで終わりだ! 私が、この無様な現実イレギュラーを拾って、勝利に繋げる!」


その「答え」にたどり着いた瞬間、舞の魂が爆発的に輝いた。


「なっ……!?」


驚愕したのはマリオニスだった。


彼が作り出した心象風景が、舞の内側から溢れ出す圧倒的な精神エネルギーによって飽和し、崩壊していく。


「私の仲間は、お前の人形おもちゃじゃない!」


舞の叫びと共に、偽の魔王も、黒曜石の城も、全てがガラス細工のように砕け散った。


彼女は、スキルではなく、自らの「意志」の力だけで、幻術を打ち破ったのだ。


◇◇◇


「――っは!」


舞は息を呑み、現実世界に意識を引き戻した。


目の前には、松明が焚かれ騒然となった補給基地。


ヴォルフたちが無謀な雄叫びを上げて敵陣に突入していく、まさにその瞬間。


(まだ……間に合う!)


心象風景でのあの長い戦いは、現実では、あの思考が停止した「コンマ数秒」の出来事だった。ヴォルフたちはまだ数歩しか進んでいない。


現実の時間は、ほとんど進んでいなかった。


敵陣の奥、弓兵たちの後方で、敵の指揮官が剣を抜き、ヴォルフたちを迎え撃つべく陣形を組ませているのが見える。


だが、今の舞の頭はクリアだった。


もはや彼女に、完璧な計画プランへの固執はない。


(完璧じゃなくても、繋ぐ!)


「お前たちの無謀な突撃、私が拾う(フォローする)!」


舞は叫び、心象風景で掴み取った「答え」を、現実の戦場に解き放った。


「これが新しい答えだ! 《アイス・ウォール》!」


舞が左手で地面を強打する。


すると、ヴォルフたちの目の前で巨大な氷の壁が出現しただけではなかった。


氷壁はヴォルフたちの突撃ルートの側面に沿うように「二条」発生し、敵陣に向かって伸びていく。 それはまるで、突撃する彼らの両脇を守る、氷の「回廊」だった。


「ギギギッ!」


敵弓兵たちが放った矢が、その氷の回廊の「壁」に突き刺さり、無力化される。


「なっ……なんだ、これは!?」


ヴォルフが驚愕する。


「道は作った! 私に続け!」


舞はヴォルフたちの先頭に躍り出ると、自らが生み出した氷の回廊を疾走する。


敵の指揮官は、氷の壁に守られながら突撃してくる舞たちを見て、狼狽しながらも迎撃を命じた。


だが、舞の狙いは違った。


彼女は、氷の回廊の「壁」に向かって、水平に駆け上がったのだ。


「なっ!?」


リベロとして培った体幹と、ナイトとしての「職業ジョブ」による身体強化が、物理法則を無視した「常識外れ」の機動を可能にする。


氷壁の上を数歩駆け上がり、敵の歩兵たちの頭上を越える高さを稼ぐと、そこから空を舞った。


狙いはただ一點いってん、後方で油断していた敵指揮官。


指揮官は、まさか氷の壁の上から人間が飛んでくるとは思わず、反応が遅れた。


「隙だらけだ! 《シールド・バッシュ》!」


舞は空中で体勢を反転させ、全身の体重と落下エネルギーを乗せたタワーシールドを、敵指揮官の顔面に叩きつけた。


ゴッ、という鈍い音と共に、敵指揮官は意識を刈り取られ、派手に吹き飛んだ。


氷の回廊の中心に、舞は完璧に着地する。


「すげえ……!」


ヴォルフは、自分たちのために道を切り開き、一瞬で敵将を無力化した舞の姿に、戦士としての本能を揺さぶられていた。


(なんだ今の動きは……。壁を走り、空から将軍の首を獲る……。俺たちの戦法でんとうとか、あいつの計画りろんとか、そんな次元じゃねえ……!)


「……ちくしょうが!」


ヴォルフは、自分たちの無謀な突撃を「拾われた」屈辱と、目の前の圧倒的な実力への畏敬がない混ぜになった声で叫んだ。


「あんなもん見せられちまったら、従うしかねぇだろうが!」


彼は自嘲気味に笑うと、すぐに表情を引き締めた。


「野郎ども! 良く聞け! 俺たちはこれより、あいつの指揮下に入る! 全員、あの嬢ちゃんに続け! 敵を蹴散らせ!」


ヴォルフの号令一下、部隊は息を吹き返した。


舞の新たな力を中心に、連携が再構築されていく。完璧ではないかもしれないが、確かな絆で結まれた連携が、敵部隊を圧倒した。


遠くでそれを見ていたマリオニスは、忌々しそうに舌打ちした。


「またしても……私の計算を狂わせるとは。ですが、舞台はまだ終わっていない。次は、辰巳観月。あの太陽を、私の闇で染め上げてあげましょう」


マリオニスは静かにその場から姿を消した。


舞は敵の撤退を見届けながら、「1周目」の記憶という新たな謎と、次なる敵の脅威を確かに感じ取っていた。


(第十六話 終)

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