第十三話:人形遣いの舞台
自由都市フォルトゥナ。
そこは、魔王軍の脅威に晒されながらも、多様な種族が共存し、自由を希求する活気に満ちた拠点だった。
レジスタンスの一員として迎え入れられた結衣たちは、この街を、そしてアストラディアを守るため、自分たちの「革命」を本格的に始動させていた。
彼女たちの活動は、すぐに組織内で目に見える成果を上げ始めた。
「……信じられん」
レジスタンス本部の作戦司令室。
指導者のシルヴィアは、恵が提出した報告書を読み、驚愕の声を漏らした。
「物資の輸送ルートを再編し、在庫管理に『カンバン方式』を導入しただけで、兵站の効率が30%以上も改善しただと?」
「最低限の『カイゼン』を施したに過ぎません」
恵は、山積みの羊皮紙を前に、淡々と答えた。
彼女にとって、この旧態依然とした組織の運営は、非効率の宝庫だった。
「問題は山積みです。情報伝達の遅延、指揮系統の重複、兵員の最適配置……。私の《最適化》と《分析》で、この組織を根本から作り替えます。費用対効果は、無限大です」
恵の瞳は、最高のビジネス案件を見つけたコンサルタントのように輝いていた。
同じ頃、舞は訓練場にいた。
彼女は、レジスタンスの兵士たちを前に、厳しい表情で立っていた。
「個の力がいくら強くても、連携がなければ意味がない! ノクス村で私たちがオークの部隊に勝てたのは、個々の力ではなく、全員が役割を果たしたからだ!」
舞は、バレーボールのリベロとして培ったチーム戦術の理論を、この世界の戦闘に応用していた。
「盾役は、攻撃役を信じて耐えろ! 攻撃役は、盾役が作った隙を絶対に見逃すな! 互いへの信頼こそが、お前たちの最強の武器だ!」
一方、結衣、観月、花音の三人も、フォルトゥナの貧民街でノクス村の経験を活かし、「公衆衛生革命」に着手していた。
「はーい、皆さん注目! これから、病気にならないための『太陽のダンス』を披露しまーす!」
観月が持ち前の明るさで人々の注目を集め、花音が《癒やしの歌》の簡易版で疲労を和らげ、結衣が清潔な水の重要性と手洗いの習慣を説く。
ノクス村の奇跡の噂も手伝い、彼女たちの教えは少しずつ住民に受け入れられ始めていた。
5人それぞれが、自分の「心の枷」と向き合いながらも、確かな成果を出す。その成功体験が、彼女たちの絆をさらに強固なものにしていた。
◇◇◇
その様子を、マリオニスは遠くから見つめていた。
フォルトゥナの夜景を見下ろす時計塔の上で、彼は楽しそうに指を鳴らした。
「素晴らしい。実に素晴らしい。あの時とはまるで別物ではないか。希望が満ち溢れている。これほど輝かしい人形たちは見たことがない」
彼は、宿舎に戻って笑い合う5人の姿を、魔法の水晶玉に映し出していた。
「ですが、その輝きは、あまりにも純粋で、画一的だ。もっと……もっと多様な感情が見たい」
マリオニスは、フォルトゥナの街に意識を溶け込ませる。人々の心の隙間、不満、嫉妬、焦り。それら全てが、彼の手の中で操られる「糸」だった。
彼はすでに「下準備」を終えていた。
数日前、彼は一介の兵士に化け、恵の改革で古いやり方を否定された兵站部の古参兵たちに囁いていた。
「あの小娘(恵)は、効率ばかりで俺たちの『誇り』を分かっていない」
「伝統を無視したやり方が、いつまでもつものか」
恵の合理性が生み出す「歪み」という名の糸を、彼は確かに仕込んでいた。
そして、彼の視線は訓練場の舞に向けられた。
「彼女たちの絆の強さは、その『成功体験』に基づいている。ならば、その成功が、不協和音を生み出したら? 他者からの『拒絶』という刃を向けられたら?」
彼は、訓練場で兵士たちを厳しく指導する舞の姿を思い浮かべる。
あの場所にも、最高の「糸」を仕込んである。 彼は古参の部隊長ヴォルフに、酒場でこう囁いていた。
「あの銀色の小娘の戦術は『人形遊び』だ。戦場は、そんな生易しいものではない」
「まずは、あの銀色の騎士から。完璧を求める彼女の心は、最も操りやすい」
◇◇◇
翌日の訓練場。
空気はいつもより張り詰めていた。舞の指導は、さらに熱を帯びていた。
「違う! 今、なぜ前に出た!? 盾役のお前が崩れたら、後衛が全滅するんだぞ!」
舞が叱責した相手は、古参の兵士であり、部隊長の一人でもある男、ヴォルフだった。
彼は、個の武勇を重んじる昔気質の戦士であり、シルヴィアへの忠誠心は厚いものの、舞のやり方を快く思っていなかった。
そして昨日、マリオニスにプライドを刺激された彼は、ついに溜め込んだ不満を爆発させた。
「……小娘が、知った風な口を」
「何か言ったか」
「言ったぞ!」
ヴォルフはついに声を荒らげた。
「俺たちは戦士だ! お前さんの言う『連携』だの『役割』だのは、まるで人形遊びだ! 戦場は、そんな生易しいものじゃない!」
「私のやり方が非効率だとでも?」
「ああ! 俺たちは、シルヴィア様の下で、血反吐を吐きながらこの街を守ってきたんだ! ポッと出のお前たちに、俺たちの戦い方を否定される筋合いはない!」
ヴォルフの不満が爆発する。それは、昨日まで舞の指導を受け入れていた他の兵士たちの心の奥底にもあった、小さな澱だった。
「そうだ、ヴォルフ隊長の言う通りだ!」
「俺たちは、人形じゃない!」
訓練場が、不穏な空気に包まれる。
(なぜだ? 私は、完璧な理論で、最も効率的な戦術を教えているはずだ……)
舞は狼狽した。彼女の「完璧主義」の「心の枷」が、軋みを上げる。
彼女の完璧な理論は、兵士たちの感情という最も非合理的な要素を計算に入れていなかった。
その時だった。
「――まあまあ、ヴォルフ隊長。そう熱くならずに」
柔和な声と共に、一人の男が訓練場に入ってきた。優雅な貴族風の服を纏い、人好きのする笑みを浮かべている。
「私は、レジスタンスに新たに参加した、魔導戦術顧問の『マリウス』と申します」
マリオニスが、偽りの名と姿で、ついに彼女たちの前に姿を現した。
「舞殿の戦術は素晴らしい。ですが、兵士たちの心情も理解できます。……そう、彼女たちの戦術は『効率的』だが、我々の『伝統』とは相容れない。少し、急ぎすぎているのかもしれませんね」
マリウス(マリオニス)の言葉は、巧みにヴォルフの不満を肯定し、同時に舞の行動を「焦り」として暗に批判した。
「マリウス殿……」
舞は、この突然現れた男に、言い知れぬ違和感を覚えた。だが、兵士たちの不満を和らげた彼に、強く出ることもできない。
「見事な亀裂だ。さあ、舞台の幕は上がった」
マリウス(マリオニス)は、誰にも気づかれぬよう、冷たく微笑んだ。
(第十三話 終)
もし、この『放課後ファミレス(略)』を読んで、
「ちょっと面白いかも」
「結衣たちの絆、応援したい!」
「5人(特に恵)のポンコツ具合が可愛い」
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