第一話:【悲報】仲間5人で再び召喚されたら、案内役の賢者が記憶喪失だった【2周目ハードモード】
『あなたの役割は【立っているだけ】です。それ以外の行動は非効率的です』
(また、あの夢だ…)
世界が、ギスギスした悪意と、無関心の色に染まっていく。
児島結衣は、冷たい石畳の上で立ち尽くしていた。手には、油汚れの目立つ、安っぽいフライパン。
『ちょっと、そこのフライパン置き場! 邪魔よ!』
『完璧な戦術を乱すな。道具は黙っていろ』
知らないはずなのに知っている、「仲間」たちの冷たい声が、脳裏に響く。そうだ。私たちは互いを信頼せず、ただ役割とチート装備に依存するだけの、人類史上最も絆のない集団だった。
(私なんて……いなくてもいいんだ……)
自分の存在価値を見失った。その絶望が、結衣の心を飲み込もうとした、その瞬間。
◇◇◇
「――結衣? 結衣ってば! 大丈夫?」
肩を優しく揺すられ、結衣はハッと我に返った。
「……舞ちゃん?」
目に飛び込んできたのは、冷たい石畳ではなく、見慣れたファミレスのテーブル。
鼻を突いたのは、絶望の匂いではなく、淹れたてのコーヒーと、甘いメープルシロップの匂い。
「うなされてたぞ。怖い夢でも見てたのか?」
心配そうに結衣を覗き込んでいたのは、琴平舞だった。
その瞳には、夢の中の冷徹さとは違う、不器用な優しさが浮かんでいる。
(なんだ……夢、か……)
悪夢にしては、あまりにも生々しい。結衣は激しく脈打つ心臓を抑えながら、テーブルの上に広げていたレシピノートに視線を落とした。
「はい、これ。頼んでたやつ」
舞が、結衣の前にそっと皿を置く。ふわふわのパンケーキ。
その上には、結衣が持参したタッパーから取り分けた、手作りのリンゴのコンポートが乗せられていた。
「わあ、ありがとう! 舞ちゃん、盛り付け上手だね!」
「……別に。乗せただけだ」
舞は少し照れくさそうにそっぽを向く。
(そう。ここは岡山駅前の、いつものファミレス。いつもの放課後)
「あ! 結衣のコンポートだ! 私ももーらい!」
太陽のように明るい辰巳観月が、チアリーディングで鍛えた身軽さで隣の席から身を乗り出す。
「こら、観月。はしたないですわ」
ミッション系お嬢様学校の制服が似合う聖乃花音が、優雅にたしなめながらも、自分のロイヤルミルクティーにコンポートを少し加えた。
「……合理的ね」
向かいの席では、咲良恵がタブレットの為替チャートから目を離さずに呟いた。
「市販のジャムより糖質が抑えられていて、ビタミンも豊富。脳のリソース回復には最適解だわ。……私も少しもらおうかしら」
別々の高校に通う、性格も境遇もバラバラな5人。
夢の中の、あの「付属品」「エリクサー調理係」扱いとは違う。結衣の「料理」が、この温かい輪の中心にあった。
「ふふ、みんな、私のコンポート好きだよね」
結衣が笑うと、みんなもつられて笑った。
「そりゃあ、結衣のは特別だからね!」
観月が、口いっぱいに頬張りながら言った。
「私たちが出会えたのだって、結衣のおかげみたいなものだし! 一年前の、あの日にさ!」
その言葉に、5人は一年前の、あの日のことを思い出していた。
◇◇◇
(一年前・イオンモール岡山)
『優斗! 優斗、どこ!?』
日曜日の喧騒の中、当時高校一年生だった結衣は、血相を変えて叫んでいた。
ほんの少し目を離した隙に、8歳の弟・優斗が人混みの中に消えてしまったのだ。
(どうしよう、私のせいだ……! 私がしっかりしてなかったから……!)
自己嫌悪とパニックで思考が停止する結衣。その時だった。
「そこのあなた、落ち着いて。状況を整理しましょう」
声をかけてきたのは、恵だった。恵は結衣から断片的な情報を聞き出すと、すぐにスマートフォンの地図アプリを開いた。
「子供の行動パターンを分析。身長、服装、興味の対象から、移動可能範囲と確率の高い場所を算出。……このフロアのゲームセンターか、3階のおもちゃ売り場ね」
「私、足には自信あるから! 3階のおもちゃ売り場、見てくる!」
観月が、人混みを縫うように駆け出す。
「待て。そこの階段は混雑している。危険だ」
それを制止したのは舞だった。彼女はバレーボールのリベロとして培った空間把握能力で、瞬時に最短かつ安全なルートを見極める。
「中央エスカレーターを使え。私が人の流れをブロックする」
舞が人波に立ち塞がり、観月が駆け抜ける道を確保する。
「大丈夫ですよ。きっと見つかります」
花音の穏やかな声が、震える結衣の心を少しだけ落ち着かせる。
そして数分後。観月が、泣きじゃくる優斗の手を引いて戻ってきた。
それは、初対面のはずの5人が見せた、完璧すぎる連携だった。
◇◇◇
「あの時は、本当にすごかったよね」
観月が、懐かしそうに笑う。
「初対面なのに、なんであんなに息ピッタリだったんだろう? まるで、魂が引き寄せられたみたいだった」
「合理的には説明がつかない事象ね。まるで、私たちの役割が最初から決まっていたみたいだった」
恵が首を傾げる。
(役割……ロール……)
結衣は、その言葉に言い知れぬ不安を覚えた。
あの悪夢が蘇る。なぜだろう。
この温かい絆が、ひどく脆いガラス細工のように感じられる。
だが、それでも。
この、ささやかで大切な日常が、ずっと続けばいいと結衣は心から願っていた。
「ねえ、もしさ」
結衣は、不安を打ち消すように、明るい声で言った。
「もし私たちが、異世界とかに行ったらさ……どうなるんだろうね?」
その言葉が、なぜか、さっきの悪夢の引き金になったかのようだった。
「なにそれ、ラノベみたい! 私、火の魔法とかでドカーンって活躍しちゃうかも!」
「敵の戦力分析と、リソース管理が最優先事項ね。私は風の魔法で効率的に動きたい」
その、他愛もない会話が続いた、まさにその瞬間。
キィィィィィン……。
耳鳴りのような甲高い音が響き渡った。
「え?」
花音が、窓の外の景色が歪むのを指さす。
「何これ……!?」
恵が取り出したスマートフォンのバッテリー残量が、異常な速度でゼロになっていく。現代との繋がりが、断ち切られていく。
「みんな、足元!」
舞が叫んだ。
5人が座るボックス席の床に、複雑な幾何学模様を描く黄金の魔法陣が浮かび上がっていた。
「キャッ!」
「嘘でしょ!?」
凄まじい浮遊感が5人を襲う。抗う術はない。
「みんな、離れないで!」
結衣が叫び、手を伸ばす。
観月がその手を掴み、舞が恵を支え、花音が舞の腕にしがみつく。
5人の手が固く繋がれた瞬間、黄金の光が爆発的に膨れ上がり、彼女たちの日常を真っ白に染め上げた。
◇◇◇
光が収束し、次に感じたのは、ファミレスの暖房ではない、冷たく、張り詰めた空気だった。
床の感触は、硬く冷たい石畳に変わっている。
「……ここは?」
結衣が、呆然と周囲を見回す。高い天井、古い石造りの柱、そして埃と古い香の匂い。
そこは、明らかに現代日本ではない、どこかの神殿の中だった。
そして、彼女たちの目の前、黄金のアーチの残光が消えゆく場所に、一人の老人が座り込んでいた。
(あれ……?)
結衣は、その姿に強烈な既視感を覚えた。だが、夢で見た姿とは明らかに違っていた。
深く皺が刻まれ、その体は異様なほどに衰弱している。あの横柄で元気な賢者とは似ても似つかない姿だった。
「おお……来たか……」
老人は、震える声で呟いた。その瞳は虚ろで、焦点が合っていない。
「あなたが、私たちを呼んだの……? 賢者アルドゥス様……?」
なぜかその名を知っていた結衣が問う。老人は、力なく首を横に振った。
「すまぬ……。異世界アストラディアを救うため、勇者の召喚の儀式は成功したようじゃが……」
老人は、苦悶に顔を歪め、自らのこめかみを押さえた。
「代償として……わしの魔力と、何より……大切な記憶が、失われたようじゃ……」
「記憶喪失……!?」
恵が絶句する。
チート装備どころか、頼るべき相手が最も不確かな存在であるという現実。
異世界に放り出された直後に突きつけられた、あまりにも絶望的な「2周目」の始まりだった。
(第一話 終)
もし、この『放課後ファミレス(略)』を読んで、
「ちょっと面白いかも」
「結衣たちの絆、応援したい!」
「5人(特に恵)のポンコツ具合が可愛い」
「魔王の『マクロな正義』、気になる」
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