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誰も呼んでない英雄

作者: 神谷嶺心

この作品は「落語×ダンジョン」をテーマにした短編コンテストのために執筆されました。


「誰も望んでいなくても、彼は現れる。」

光の剣士サー・ガラントール——英雄のポーズで目覚め、鏡に語りかけ、スプーンに演説する男。

魔王を倒し、図書館に延滞本を返却し、リスに金貨を貸し出す。

これは、世界が必要としていない英雄の、壮大でちょっと滑る冒険譚。

「英雄は世界が最も必要とするときに現れる、そう言う者もいる。 悪が立ち上がるときに現れるとも言われる。 だが、サー・ガラントールは…誰も呼んでなくても現れる。」


「彼は輝く鎧を身にまとい——必要だからではなく、ただの虚栄心で磨かれたそれを——教会の鐘のように響く足音で堂々と行進する。 一歩ごとに宣言。 一息ごとに祈り。 髪の一本一本が、偶然を装った英雄的な配置。」


「彼は戦闘ポーズで目覚めると言われている。 鏡の前で英雄の眼差しを練習するとも。 そしてある日、スプーンに映った自分の姿を見て、勇気について3分間の演説をしたとか。」


「サー・ガラントール、光の剣士! 霧の山の魔王を倒した男! 三つ頭のトリプルドラゴンと戦い——二つを倒し、三つ目は逃げた! 百の墓地を浄化し、千の魂を解放し、ついでに騎士団の図書館に延滞した本を返却した!」


「汚染された井戸を浄化したという者もいる。 ただ石鹸を投げ込んだだけだという者も。 だが皆が一致して言う——彼はポーズを決めていた。」


「彼のモットー? 『光のため、正義のため、自分で守れない人類のため!』」


「そのモットーを唇に——肘に、膝に、そしてドラマチックにできるあらゆる部位に——刻みながら、彼はダンジョンへの旅を始めた。」


「まずは災厄の丘を越えた——風が唸り、木々が泣き、リスたちが組織的な窃盗を働く場所。」


「ガラントールはそこで金貨を一枚失った。 リスが返してくれた…利子付きで。 そしてサインを要求した。」


「彼のマントは風に舞い、剣は輝き、彼は誰かに見られているかのように歩いていた。 たとえ誰も見ていなくても。」


「彼は歌っていた。そう、歌っていた。 騎士団の歌——だが、なぜか彼自身を讃える内容だけ。」


『おお、ガラントール、暁の光、 磨かれた鎧よりも輝き、 魔物を倒し、税金を払い、 ライフラインを決して失わぬ!』


「リフレインは長かった。 そして繰り返された。何度も。」


『ガラントール!ガラントール!斬撃は常に正確! ガラントール!ガラントール!進むは常に北向き!』


「その歌は12節あった。 すべて彼について。 最後には想像上のフルートソロが含まれていた。」


「あるフクロウが木から落ちたのは、もう聞きたくなかったからだと言われている。」


「スズメの一団がメロディに合わせようとした。 二番目の節で諦めた。 一羽は無神論者になった。」


「丘の次は『失われた叫びの森』——一歩ごとに嘆きが響き、枝一本一本が人生の選択を批判してくるような場所。」


「ガラントールは怯まなかった。 彼は喋る沼、哲学を語る洞窟、そして一度、存在意義に悩む魔法の絨毯と戦ったことがある。」


「批判しか映さない魔法の鏡とも戦った。 登るたびに料金を請求する階段とも。」


『森よ、我を止めようとしても無駄だ… 我こそガラントール!光の剣士!墓地の浄化者!魂の解放者!本の返却者!』


「一本の木が倒れた。 偶然か? 抗議か? おそらく後者。」


「ガラントールは倒れた木を見つめ、礼をした。 そして言った:『木々さえも、我が旅路にひれ伏す。』 森は…気まずい沈黙で応えた。」


「そして三日間の旅路の末——いや、三時間かもしれないがドラマは濃厚——彼はダンジョンの入口に辿り着いた。」


「苔に覆われた石の扉。 古代の文字が刻まれていた:『注意:滑りやすい』 だがガラントールは滑ることを恐れない。 彼は呪われた沼の泥、倒れたオークの血、そして一度…いたずら好きなゴブリンが残したバナナの皮で滑ったことがある。」


「剣を握りしめ、膨張する自尊心を胸に、彼は闇へと踏み込んだ。 なぜなら、闇があるところに…ガラントールは現れる。 たとえ誰も望んでいなくても。」


「ダンジョンの最終部屋はただの部屋ではなかった。 それは過小評価されたボスたちの栄光ある退廃への記念碑。 ひび割れた柱が、崩れそうでスタイリッシュな天井を支え、 揺れる松明がドラマチックな影を投げる——まるで歴史的瞬間を照らしているかのように。 中央には石の祭壇——いや、壊れたテーブルかもしれない——が何も載せずに鎮座していた。 真の力は…床にあった。」


「部屋は湿っていて静かで、安ダンジョン特有のカビ臭がほんのり漂っていた。」


「それは栄光を約束し…菌類を提供するタイプの部屋。 だがその粘つく床の上で、何かが動いていた。 誰にも疑われたことのない自信を持って。」


「そこは、冒険者たちが恥で死ぬか、滑って敗北する場所。 その地に君臨するのはスライミウス。 最後の障壁。 最終の守護者。 誰も予想しなかったが、皆が恐れるべきボス。」


「その名はギルドの廊下で囁かれていた。 恐怖からではない。 本気かどうか誰も分からなかったからだ。」


「中央には水たまり。 ただの水たまりではない。 それは…落ち着かない水たまり。」


「それは泡立ち、脈打ち、そして突然、語りかけた。」


『ほう…貴様か。 この我が領域に足を踏み入れる、下級騎士風情が。』


「ガラントールは立ち止まった。 恐怖からではない。 それが冗談なのか、罠なのか、配管の問題なのか分からなかったからだ。」


『我こそスライミウス!禁断の間の守護者! ゼラチンの恐怖!粘性の皇帝!森の災厄!錬金術師の不運!裸足の悪夢!液体の血統の始祖!原初のスライムの継承者!銀のスプーンを生き延びた唯一の者!』


「ガラントールは床を見つめた。 スライムはジャブチカバほどの大きさだった。 傲慢なジャブチカバ。」


『貴様が対峙しているのは、ただのモンスターではない。 それは存在。力。粘度だ!』


「スライミウスは自身のオーラを膨らませようとした。 立ち上がったのは泡だった。 だが彼は、それを威厳だと信じていた。」


『騎士よ…貴様は何に挑んでいるか分かっていない。 そして正直…知る価値もない。』


「スライミウスは震え始めた。 力ではなく、過剰なテンションで。」


『貴様は準備できていないぞ、騎士よ! 今こそ…今こそ我が究極奥義を知る時! それは魔法使いを泣かせ、吟遊詩人を黙らせ、聖職者を信仰放棄させた技!』


「ガラントールは剣の柄を握りしめた。 『何であれ、私は準備万端。 光のため、正義のため、自分で守れない人類のため!』」


『究極奥義! ヌルヌル滑る嵐のスライムタキュラー!』


「床が震えた。 空気がざわめいた。 スライムの周囲に粘性のオーラが立ち込める。 まるで宇宙が…何か濡れたものを目撃しようとしているかのように。」


「ガラントールは半歩だけ後退した。 さりげなく。ほとんど気づかれないほど。 だが鎧の下では汗が流れていた。」


「スライミウスは集中した。 泡立った。 そして…」


「ぽちょん。」


「水滴が一粒、床に落ちた。 控えめな音を立てて。 そして、恥ずかしそうに蒸発した。」


「その音は部屋に響き渡った。 敬意ある沈黙が広がった。 壁の一滴さえも、恥ずかしさで滑り落ちた。」


「ガラントールは瞬きをした。 『…それだけ?』」


『それは我が力の10%に過ぎぬ! 貴様を慈悲で救ったのだ! 全力を出せば、このダンジョンはスープになるぞ!』


『一滴だったぞ。』


『戦略的な一滴だ! 威嚇のための! 警告のための! サスペンスのための!』


「ガラントールは剣を掲げた。 『ならば、これが我が反撃の警告だ。』」


「スライミウスは立ち上がった。 いや、正確には再編成した。 “立ち上がる”には背骨が必要だから。」


「部屋の空気が止まったようだった。 カビさえも成長をためらった。 そして、まるで自分を大きく見せようとするかのように…」


『貴様はすべてを見たと思っているのか?ハッ! あれは前菜に過ぎん! 今こそ…混沌の宇宙的滴下を味わうがよい!』


「ガラントールは足を踏みしめた。 『何であれ、私は準備万端。 光のため、正義のため、自分で守れない人類のため!』」


「スライミウスは集中した。 空気が…ほんのり湿った。 壁を一滴が流れ落ちた。 何も起こらなかった。」


『…感じたか?』


『帰りたくなった。』


『ならば覚悟せよ! 今こそ来るぞ、悲哀の深淵的くしゃみ!』


「スライミウスは震えた。 風邪をひいたアヒルのような音を立て、くしゃみをした。 泡が飛び出し、床で破裂した。」


「泡は弾けた。 スライミウスはそれが計画通りだったかのように振る舞い、 天候を操っているような顔をした。」


「ガラントールは哀れみの目で見た。 『…病気か?』」


『力に病んでいるのだ! そしてまだ、粘膜の神秘的ダイブを使っていない!』


「壁を伝って緊張が流れ落ちていた。 文字通り。 それは言葉と…液体の戦いだった。」


『君はただ湿った言葉を並べてるだけだ。』


『湿った言葉こそが破壊をもたらすのだ!』


『君は自尊心のある水たまりだ。』


『そして貴様は思考にラグがある騎士だ!』


「ガラントールは剣を掲げた。 『もう十分だ。光のため、正義のため、自分で守れない人類のため!』」


『それ三回目だぞ!』


『そして四回目は、貴様を浄化するときだ!』


『浄化?フィルターでも持ってきたのか?』


「ガラントールは剣を掲げた。 今度は、演説なし。 決め台詞もなし。 ただ…魔法。」


「剣が輝き始めた。 光が部屋中に広がる。 床が震え、壁がひび割れ、 コウモリが気絶した。」


「剣の光は、存在すら知られていなかった隅々まで照らした。 スライミウスは現実の重みを感じた。 そして…温度も。」


「スライミウスは凍りついた。 文字通り。 緊張のあまり、一部が氷になった。」


『ま、ま、待て!ここはレベル1のダンジョンだぞ! 惑星破壊級の魔法なんて必要ないだろう!』


「ガラントールは足を上げた。 そのポーズはあまりにもドラマチックで、 まるで運命そのものを突き刺そうとしているかのようだった。」


『…本気なのか…』


「スライミウスは逃げようとした。 滑った。回転した。 そして戦士の足元へ一直線。」


「ガラントールは踏みつけた。 無意識に。 無計画に。 無礼儀に。」


「スライミウスはペーストになった。 ちょうどその瞬間、突きが放たれた。」


「剣は壁を貫き、森を切り裂き、山を二つに分け、 おそらく延滞していた税金も帳消しにした。」


「静寂。 舞い上がる埃。 床に広がるぺちゃんこのスライム。」


「ガラントールはそれを見つめ、 ため息をつき、 そして言った——」


『…技、使ってすらいない。』

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