第九話:ミルドの挑戦と予期せぬ成果
『転生亭』に加わった、
天才的な酒造りの才能を持つミルド。
彼女とリリアーナの、
年の差と見た目のギャップが織りなす、
コミカルな対面も束の間、
早速、酒造りの新たな挑戦が幕を開ける。
ダンジョンに眠る未知の素材と、
ミルドの奇抜な発想が、
この世界に、新たな美酒を生み出す!
ガルムに連れられ、『転生亭』にやってきたミルドは、
まずリリアーナと対面した。
「初めまして、ミルドと申します。
以後お見知りおきを。
わたくしはあなたより年長ですので、ミルドさんとお呼びください」
ミルドは見た目こそ12〜13歳の少女だが、実年齢は32歳だという。
一見、内気そうに見える瞳の奥には、確固たる自信が宿っていた。
しかし、リリアーナはミルドの自己紹介にクスリと笑った。
「あら、ミルドちゃん、よろしくね。私はリリアーナよ」
リリアーナは、自分よりもはるかに小柄なミルドの頭を、ごく自然に撫でた。
「ミルドさんです!」
ミルドは頬を膨らませて反論するが、リリアーナは意に介さない。
「ええ、ミルドちゃんね。可愛いわね」
その後も、リリアーナは一貫してミルドを「ミルドちゃん」と呼び続け、
ミルドはそのたびに「ミルドさんです!」と訂正する、
という微笑ましいやり取りが『転生亭』の新たな日常となった。
ミルドが『居酒屋ダンジョン』の醸造設備を使って、
酒造りを本格的に開始する日がやってきた。
「やちるさん、まずはこの麦芽を粉砕してください。
ただし、粒度は均一に。
ゴーレム、そこの発酵槽の温度を25.3℃に保て。
誤差はプラスマイナス0.1℃以内です」
ミルドは、小さな体に似合わない的確な指示を出す。
まるで手足のようにゴーレムを操り、
膨大な知識に基づいた作業を、淀みなく進めていく。
その様子は、まさに天才のそれだった。
やちるはミルドの指示に従って
『酒造りの理』を使い、酒造りの補助をする。
ミルドはどんな些細な工程でも、その理由や歴史、
科学的根拠などを**長々と説明**した。
「この麦芽の粉砕度合いが、後の糖化効率にどれほど影響を与えるか、
ご存知ですか、やちるさん?
ドワーフの伝統的な製法においては、粉砕度合いの僅かな違いが……」
やちるは、その知識量に感心しつつも、
話がどこまでも続くことに軽いめまいを覚えた。
話が長すぎて、聞いているだけで疲労が蓄積していく。
やちるがダンジョンで採ってきた様々な素材を試すものの、
すぐに最高の酒ができるわけではなかった。
ミルドの知識をもってしても、
異世界の未知の素材は手強く、想定外の発酵や失敗が続いた。
試行錯誤を続ける中で、
ミルドはダンジョンに存在する特定の果物に注目した。
「やちるさん、これまで試された素材も素晴らしいですが、
まずは、ダンジョン2階層の森エリアで採れるあの果物で試すべきです。
あの**ダイヤの形をしたピンク色のフルーツ**です」
やちるは、そのフルーツを思い出した。
それは、手のひらほどの大きさで、
まるで磨かれた宝石のように輝くピンク色の多面体をしている。
表面は滑らかで、近づくと甘酸っぱい、
しかしどこか刺激的な香りがする。
一般的な果物とは明らかに異なる、
ダンジョンにしか存在しない不思議な果物だ。
以前試した時も、その独特の香りに惹かれたものだった。
「ですが、ミルドさん。あのフルーツは、
以前試した時に発酵が不安定で、
すぐに酸っぱくなってしまったんです……」
やちるが過去の失敗を説明すると、
ミルドは眼鏡をクイッと上げ、厳しくも自信に満ちた目で言った。
「それは、**やちるさん**がその果物の持つ
『魔力特性』を考慮していなかったからです。
あの果物は、特定の魔力波長を持つ環境下で最も安定した発酵を示します。
私が開発した**『発酵魔法』**を使えば、その魔力波長を人工的に再現し、
最適な発酵を促すことができます」
ミルドは、やちるの失敗の理由を的確に指摘し、
自身の「発酵魔法」による解決策を提示した。
ミルドはすぐに指示を出し、
ゴーレムを使いながら、ダイヤのフルーツの仕込みを始めた。
彼女は「発酵魔法」を使い、驚くべき速さで発酵を促進させる。
発酵槽の中では、ピンク色の液体が勢いよく泡立ち、
甘酸っぱい香りが辺りに満ちていく。
そして、あっという間に試作品の酒が完成した。
完成した酒をグラスに注ぎ、やちるは一口飲んだ。
「これは……!」
芳醇な香りが鼻腔をく抜け、口の中には甘酸っぱさが広がる。
しかし、それは決して単調なものではない。
その奥には、これまで経験したことのない複雑な風味と、
微かな魔力のきらめきが感じられた。
それは、やちるが以前の世界で飲んだ赤ワインに近いがそれ以上に芳醇な新しい味わい。
やちるの求める「最高の酒」とはまだ異なるかもしれないが、
この世界には存在しなかった、新たな可能性を秘めた酒だった。
ミルドも、やちるの驚く顔を見て、
普段の長話とは異なる、純粋な喜びと達成感を滲ませていた。
その日の夜、やちるは完成したばかりの酒を
『転生亭』の常連客に数量限定で提供することにした。
「おお、マスター! 新しい酒か! どんなもんじゃい!」
ガルムが興味津々にグラスを受け取った。
リーファは優雅に、
キッドは目を輝かせながら、それぞれ一口飲む……かと思いきや、
キッドのグラスはリーファの手にすっと取り上げられた。
「キッドちゃん、これはまだ早いでしょう?」
リーファはにこやかに、
しかし有無を言わせぬ調子でグラスを遠ざけた。
すると、そのグラスを横からひょいと受け取ったのは、ガルムだった。
「ハッハッハ! リーファ、お主も厳しいのう!
よし、わしが代わりに飲んでやろう!」
ガルムはジョッキに注がれた酒を一気に煽った。
目を見開いて絶句していたが、
やがて、ジョッキをテーブルに叩きつけるように置き、
ひげを震わせながら叫んだ。
「こんな酒、今まで飲んだことがねぇ!
まさか、この『転生亭』で、新たな伝説が生まれるとはな……!」
客たちは皆、その独特の風味に驚き、やがて熱狂的な反応を示した。
「こんな酒、今まで飲んだことがない!」
「これは、まさしく新たな味だ!」
といった賞賛の声が上がり、
『転生亭』の新たな魅力として認識され始めた。
ミルドの才能と、やちるの行動力が結実し始めた瞬間だった。
『転生亭』は、料理だけでなく酒の分野でも、
この町で新たな注目を集め始めたのだった。
ミルド、リリアーナ、そしてやちる。
新たな仲間が加わった『転生亭』は、
酒造りの旅へと出発!
奇妙な果物と、
ミルドの天才的な閃き、
そして「発酵魔法」によって、
この世界に新たな酒が誕生する!
その味に、客たちは熱狂!
しかし、これはまだ始まりにすぎない。