第八話:酒造りの助手を求めて
女神ヘーベーから授かった
『酒造りの理』。
しかし、その道は険しく、
やちるは早くも壁にぶつかる。
最高の酒を造るため、
やちるが求めたのは、
酒造りの専門家。
そして、現れたのは――?
「くそっ、また失敗か!」
『居酒屋ダンジョン』の地下、
新たに設けられた醸造設備の前で、やちるは頭を抱えた。
目の前の瓶の中身は、うっすらと濁り、鼻を刺すような酸っぱい匂いを放っている。
新たなスキル『酒造りの理』を得て以来、やちるは連日、ダンジョン内の素材を試していた。
甘露のような湧き水、香りの良い木の実、粘り気のある奇妙な芋……
「食材鑑定」で素材の特性は理解できるものの、それを酒に変える過程は、
料理とはまるで勝手が違った。
発酵の温度管理、酵母の選定、熟成期間……
わずかな違いで味が大きく変わってしまう、繊細な作業だった。
「マスター、少しは休んだらどうだ? 顔色が悪いぞ」
リリアーナが心配そうに声をかけてきた。
「大丈夫だよ、リリアーナさん。でも、本当に難しいな、酒造りって……」
やちるの言葉に、リリアーナは腕を組み、静かに言った。
「当然だ。私も何度か酒造りの現場を見たことがあるが、
あれは一人でできるような仕事じゃない。専門の知識と、
長年の経験がなければ、まともな酒など造れはしない」
(やっぱり、そうか……)
やちるは、自分には酒造りの知識がほとんどないことを痛感した。
料理は経験があるが、酒造りは全くの畑違いだ。
(最高の酒……どうすれば……)
その日、店が落ち着いた頃、カウンターに座っていたガルムが、
やちるの悩みに気づいたように声をかけてきた。
「おう、マスター! なんか酒造りで困っとるそうじゃな? わしの孫なんじゃが、
酒造りにかけては右に出る者がおらん奴がおるんじゃ!
町はずれの小さな工房でゴーレムを操りながら酒を造っとるんじゃがな。
ただ、ちと**口が過ぎる**のが玉に瑕でな……ハッハッハッ!」
ガルムは豪快に笑ったが、その目はどこか遠くを見ているようだった。
ガルムの紹介を受け、翌日、やちるはガルムに連れられて町の外れにある小さな工房を訪れた。
そこには、ガルムの言葉通り、酒造りのための道具が所狭しと並んでいた。
そして、工房の奥からは、カタカタと規則的な音が聞こえてくる。
工房の奥から現れたのは、やちるの予想を裏切る人物だった。
「初めまして。あなたが『転生亭』の**やちるさん**ですね。
祖父から話は伺っております。私は**ミルド**と申します」
そこに立っていたのは、
**どう見ても12~13歳にしか見えない、小柄なドワーフの女の子**だった。
肩にかかるほどの豊かな髪は、両側で大きなツインテールに三つ編みされており、
その大きな瞳は一見すると内気で大人しそうに見える。
彼女の後ろでは、小型の石造りのゴーレムが、黙々と樽を運んでいた。
やちるは驚きを隠せないまま、ミルドに酒造りの助手になってほしいと申し出た。
するとミルドは、一瞬伏し目がちになった後、顔を上げた。
「私の酒造りに対する情熱は、確かに並々ならぬものがあります。
しかし、私はこれまで、その情熱を理解してくれる者に巡り合うことができませんでした。
私の酒造りに対する考え方は、この町の伝統的な製法とは異なる点が多々あり、それゆえに……」
ミルドは、話し始めたら止まらない。彼女は、この町の酒造りの歴史から始まり、
自身が研究してきた独自の製法、そしてそれがなぜ理解されなかったのかを、
**詳細かつ冗長に語り始めた**。
やちるは、その知識の深さに驚かされると同時に、
話がどこまでも続くことに軽いめまいを覚えた。
(うわ、本当だ、話が長い……!)
しかし、ミルドが酒造りについて語るその目には、
確かに強い情熱の炎が宿っていた。
やちるはミルドの話がひと段落した隙を見計らい、
彼女の目をまっすぐ見て言った。
「ミルドさん。俺は、この『転生亭』で、ダンジョンに眠る素材を使って、
この世界で誰も飲んだことのない最高の酒を造りたい。
あなたのその知識と情熱が、俺にはどうしても必要なんです」
やちるの真剣な言葉に、ミルドの瞳の奥で、何かが揺れた。
彼女は再び、伏し目がちになったかと思うと、今度は表情を一変させた。
「最高の酒……ダンジョンの素材……**やちるさん**、それは、私にとって究極のテーマです。
しかし、そこには多くの困難が伴います。例えば、ダンジョン素材の持つ特異な成分は、
発酵過程において予想外の化学反応を引き起こす可能性があり、
それには従来の酵母では対応できないかもしれません。したがって、まずは……」
ミルドの目つきが、酒造りの話になると明らかに**厳しく、そして情熱的なものに変わっていた。
**そして、その**話もやはり長い。**やちるはまたも、
終わりの見えない説明に引き込まれそうになった。
それでも、やちるはミルドの情熱に確かなものを感じた。
この才能があれば、きっと最高の酒が造れる。
「分かりました、**やちるさん**。あなたのその熱意、受け入れましょう。
ただし、私の酒造りに対する一切の口出しは認めません。
そして、私の研究に必要な素材や設備は、全て滞りなく用意していただきます。
それから、私の作業時間には決して邪魔を……」
ミルドは条件を並べ立てたが、その言葉には既に『転生亭』の酒造りを
引き受けるという決意がにじみ出ていた。
こうして、『転生亭』に新たな仲間、ドワーフの少女、ミルドが加わることになった。
やちるは、酒造りという大きな目標に向けて、また一歩、力強く踏み出したのだった。
酒造りの壁にぶつかったやちるが、
求めたのは、酒のスペシャリスト!
現れたのは、見た目は可憐なドワーフの少女、ミルド!
彼女の知識と情熱は本物だが、
その「話の長さ」は、やちるを新たな疲労へと誘う!?
個性的すぎる新メンバーを加え、
『転生亭』の酒造りは、
一体どうなっていくのか!?
どうぞお楽しみに!