第七話:女神の無茶ぶりと酒造りの夜明け
セシリアの挑発が、
やちるの心に火をつけた。
料理だけでは足りない――
最高の酒を求めて、新たな挑戦が始まる。
その夜、やちるの夢に現れたのは、
例の酒好き女神。
彼女が告げる、驚くべき真実とは――。
セシリアに客を奪われた夜から、やちるの新たな戦いが始まった。
翌日から、彼は町の酒屋を巡り、手当たり次第に酒を試飲した。
安価な麦酒から、領主御用達だという高価な葡萄酒まで、あらゆる種類の酒を口にする。
(うーん……どれも、なんだか物足りないな)
やちるの知る前世の「日本酒」や「本格焼酎」のような、
複雑で奥深い味わいを持つ酒はどこにも見当たらなかった。
どれもこれも、どこか単調で、味に広がりがない。
(これじゃあ、セシリアさんの言う通りだ……)
厨房で酒瓶を眺め、頭を抱えるやちるに、リリアーナが心配そうに声をかけた。
「マスター、そんなに悩んでどうした?」
「リリアーナさん、この世界の酒って、なんでこんなに味が単調なんだろう?
もっと、こう、複雑な風味とか、芳醇な香りとか、ないのかな……」
リリアーナはため息をついた。
「それが、この世界の技術の限界だ。魔物やダンジョンの恩恵は大きいが、
酒造りの技術は長い間、あまり発展してこなかった。
それに、酒造りは専門の職人が何年もかけて、やっと一人前になれるような、
手のかかる仕事だ。あんたが一人でやれるような簡単なものじゃない」
(やっぱり、そうか……)
やちるは、自分には酒造りの知識がほとんどないことを痛感した。
料理は経験があるが、酒造りは全くの畑違いだ。
(最高の酒……どうすれば……)
その夜、やちるが酒造りの難しさに頭を悩ませていた時だった。
(……やちる)
意識が覚醒しているのか、夢の中にいるのか。
やちるの目の前に、いつものようにグラスを傾け、
機嫌よさそうに酒を煽る女神の姿があった。
「ふふふ、どうしたの? 珍しく悩んでるじゃない」
女神はクスクスと笑い、グラスの酒を飲み干した。
「あなた、私が誰だか、知っているの?」
女神はにこやかに問いかけた。
「え、ええと……酒好きの女神、様、ですよね?」
やちるが答えると、女神は愉快そうに笑った。
「そうね、間違いじゃないわ。私の名はヘーベー。
かつて神々の宴で、美酒を振る舞う役目を担っていた女神よ」
(ヘーベー……聞いたことないな……)
「ふふ、あなたには特別に、私の本当の目的を教えてあげる。
そして光栄にも、その手伝いまでさせてあげるわ」
ヘーベーはグラスを置き、まっすぐにやちるを見つめた。
その瞳は、深い慈愛と、底知れない愉悦に満ちている。
「私の目的はね、かつて神々に振る舞っていたような、
最高に美味い酒肴と酒を、ダンジョンの中に眠るモンスターの素材を見極めて作ること。
そして、それをこの世界の住人にも振る舞うことよ」
ヘーベーの言葉に、やちるは息を呑んだ。
「この世界には、まだ見ぬ未知の素材が眠っている。特にダンジョンにはね。
あんたの『食材鑑定』と『居酒屋ダンジョン』の能力があれば、それが可能だと確信したの。
だから、あんたをこの世界に呼び出したのよ。あんたは、そのための私の最高の道具。
そして、私が退屈しないための、面白い玩具でもあるわ」
(最初は死に方が面白かったから選んだだけだけどね)
ヘーベーは再び、にこやかに笑った。
その言葉には、有無を言わせぬ絶対的な力が宿っている。
「さあ、最高の酒肴と酒を造りなさい!
私も楽しみにしているわ! 期待しているわよ、やちる!」
ヘーベーの言葉を最後に、やちるの意識は急速に覚醒していった。
目覚めたやちるは、寝台から飛び起きた。
全身が熱く、夢の中の出来事が現実であることを告げている。
「酒造りの理……」
やちるは、慌てて『居酒屋ダンジョン』へと続く階段を駆け降りた。
地下の薄暗い洞窟に足を踏み入れると、そこには驚くべき光景が広がっていた。
洞窟の奥に、見慣れない巨大な蒸留器や、木製の大きな発酵槽が整然と並んでいる。
それらは、まるで最初からそこにあったかのように、周囲の岩肌に溶け込んでいた。
「これが……酒造りの設備……!」
やちるは震える手で、その一つに触れた。
ひんやりとした金属の感触が、夢ではない現実を突きつける。
(女神の目的……最高の酒と酒肴……ダンジョンの素材を……)
やちるは、酒造りの難しさに頭を悩ませていたはずが、一転して、
新たな能力と途方もない目標に興奮を覚えた。
まずは、ダンジョン内で酒造りに使えそうな素材を探すことにした。
甘みのある果実、特殊な香りの穀物、そして澄んだ湧き水……
「食材鑑定」を駆使し、彼は新たな可能性を探り始める。
そんなやちるの様子を見て、リリアーナは呆れたような、
しかしどこか期待のこもった表情で呟いた。
「全く……今度は酒造りとはな。あんたは本当に、飽きない奴だ」
やちるは、酒造りという新たな、しかし困難な道へ足を踏み入れた。
それは、セシリアへの対抗だけでなく、女神ヘーベーの無茶ぶり、
そして何よりも彼自身の「美味いもの」を追求する情熱が生み出した、新たな挑戦だった。
セシリアとの出会いが、
やちるに新たな課題を与え、
ついに女神ヘーベーの真の目的と、
新たなチート能力が明らかに!
酒造りという、
未知なる領域へ足を踏み入れたやちる。
その前途は多難だが、
彼の情熱は止まらない!
次回、酒造りの助手を求めて、
新たな仲間との出会いが!?
どうぞお楽しみに!