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第六話:老舗の誇りと隠された衝撃

『転生亭』の新メニューは、

冒険者たちを熱狂させ、

町中でその名を轟かせ始めた。


その評判は、老舗酒場の女主人、

セシリアの耳にも届く。

敵意と好奇心を胸に、

彼女は『転生亭』の扉を開いた――。


その日の夜、『転生亭』が賑わいを見せ始めた頃、

店の暖簾をくぐる一人の女性がいた。


すらりとした立ち姿に、どこか気品を漂わせるその人物は、

町の中心にある老舗酒場「黄金の麦穂亭」の女主人、セシリアだった。

彼女は周囲をさりげなく見渡し、

驚きを見せないよう冷静な面持ちでカウンター席に腰掛けた。


やちるがメニューを差し出すと、セシリアは一瞥し、

「苔きのこの朴葉味噌焼きと、モグトカゲのサクサク揚げ、それに菌核の旨味出汁茶漬けを」

と、淡々とした声で注文した。


やちるが手際よく料理を出し、セシリアの前に置く。

セシリアはまず「苔きのこの朴葉味噌焼き」に箸を伸ばした。一口食べる。


(……ッ!? な、なんだ、この食感は……! キノコなのに、肉汁が溢れるようにジューシーだわ! そして、この味噌……見たこともないのに、懐かしく、奥深い……!)


彼女の端正な顔は微動だにしない。

次に「モグトカゲのサクサク揚げ」を口にする。


(馬鹿な……モグトカゲの肉など、硬くて筋張っているはずだわ! それがどうして、この衣はこれほどサクサクで、肉はこんなにも柔らかく、旨味が凝縮されているの!? まさか、私の店で出しているどの肉料理よりも……!)


グラスを傾けるふりをして、隠れて深く息を吸い込む。

最後に「菌核の旨味出汁茶漬け」に手をつけた。


(この出汁……! じんわりと染み渡るような、深い滋味……! 菌核など、ただの魔物の残骸のはず……それをここまで昇華させるなんて……! 一体、どうやればこんなものが作れるの!?)


セシリアの心の中は、驚愕と焦燥が渦巻いていた。

表面上は平静を装い、淡々と食事を続けるが、その瞳の奥には、

やちるの料理への深い衝撃と、自身の常識が覆されるような戸惑いが揺らめいていた。


食事が終わり、セシリアは「……ごちそうさま」とだけ告げ、

平静を装って会計を済ませると、足早に店を後にした。


『転生亭』から少し離れた路地裏で、セシリアは堪えきれずに壁に手をつき、

荒い息を吐いた。顔には、先ほどまで隠していた焦りが露わになっている。


「まさか、本当にこんな味が……! あの町外れの店が、これほどのものを……!

 私の『黄金の麦穂亭』が、あの新参者に……! どうすれば……!」


彼女の中で、『転生亭』が単なる一過性の流行ではない、

真の脅威となったことが明確に示された。


セシリアが去った後も、『転生亭』は客で賑わっていた。

ひときわ大きな声で豪快に笑うのは、

ひげを編み込んだベテラン冒険者のドワーフ、ガルムだ。

彼は大きなジョッキに注がれた安価な麦酒を煽りながら、満足げに唸った。

「ハッハッハ! マスターの料理はいつ食っても飽きねぇな!

 この『モグトカゲのサクサク揚げ』は、わしらドワーフの肉料理にも負けん!

 こんなに美味い飯、他にねぇぞ!」


ガルムはジョッキをテーブルに置くと、少し残念そうに顔を歪めた。


「くそっ! こんなに美味い飯があるのに、これに合う最高の酒がねぇとはなぁ!」


その豪快な不満は、店中に響き渡る。

他の冒険者たちも、その言葉に頷き、酒のレパートリーの少なさを残念がっている様子だった。


その瞬間、店の入り口から、再び高慢な笑い声が響いた。

「オホホホホホホ! やはり、その程度の店だったのですね!」

そこに立っていたのは、他でもないセシリアだった。

彼女は先ほどの動揺を完全に隠し、自信に満ちた高飛車な笑みを浮かべていた。


「せっかく素晴らしい料理を用意したところで、酒の選定すらまともにできない三流店が、

 この程度の客で浮かれているとは滑稽ね! 所詮、町外れの成り上がりにすぎないわ!」


セシリアは扇子を広げ、優雅に口元を隠した。


「真の酒場は、料理だけで語れるものじゃないのよ。

 最高の料理には、最高の酒が不可欠。その点、私の『黄金の麦穂亭』は、

 この町で最も豊富で上質な美酒を揃えているわ。こんな店とは格が違う!」


彼女は、酒への渇望を口にしたガルムに向かって、蠱惑的な笑みを浮かべた。

「そこの酒好きのドワーフさん!

  真に美味しい酒を求めるなら、私の店へ来なさい!

 最高の料理には、最高の酒が不可欠だわ。さあ、どうする?」


ガルムは一瞬、困惑の表情を浮かべた。

目の前には、今まで食べたことのない絶品の料理がある。

だが、酒への欲求もまた、ドワーフにとって何よりも強いものだ。

彼は仲間と顔を見合わせ、やがてゴクリと唾を飲み込んだ。


「……むう、確かに……酒は……。仕方ねぇ! みんな、行くぞ!」


ガルムは、仲間を連れてセシリアについて『黄金の麦穂亭』へ移動し始めた。


やちるは、目の前で客を引き抜かれたことに、悔しさと無力感に襲われた。

料理の腕には自信があるものの、酒については素人であり、この世界の酒文化にもまだ疎い。

セシリアの言葉が、確かに的を射ていることを痛感させられた。


隣にいたリリアーナが、腕を組んで静かにやちるに言った。


「酒場の命は酒だ、マスター。料理がどれだけ美味くても、

 それに合う酒が伴わなければ、客は定着しない」


やちるは、その言葉を胸に刻み込んだ。


「……そうだな。わかったよ、リリアーナさん。俺は、この世界で最高の酒も目指してみせる!」


セシリアの登場は、やちるにとって、料理の道だけでなく

、酒の道においても新たな挑戦を突きつけるものとなったのだった。

セシリア、ついに『転生亭』へ来店!

その舌を唸らせるも、老舗のプライドが許さない!


そして、ドワーフの酒への渇望を利用し、

セシリアが仕掛けた奇襲!

やちるは新たな課題に直面する!


料理と酒、二つの道で、

やちるは最高の居酒屋を目指せるのか!?

次回、あの酒好き女神が、やちるに新たなヒントをもたらす!?

どうぞお楽しみに!

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