第三話:S級冒険者、店員になる
やちるが振る舞った
滋味深い料理で、
奇跡的な回復を遂げた美女。
しかし、彼女はただの美女ではなかった。
S級冒険者としての鋭い五感が、
店の奥に潜む「異質な気配」を察知する。
そして、やちるに剣が向けられる――。
リリアーナは、差し出されたスープと小皿料理を警戒しながら見つめていた。
S級冒険者としての経験が、安易に他人の施しを受けることを躊躇させる。だが、体に走る極度の疲労と飢えが、その理性を麻痺させていく。
彼女はゆっくりと箸を取り、スープを一口、口にした。
その瞬間、リリアーナの瞳が大きく見開かれた。
「……っ!?」
口いっぱいに広がる、奥深い出汁の旨味。
体に染み渡るような温かさ。
細かく刻まれたプニプニスライムの意外な食感、ねぎのような風味の草の爽やかな香りが混ざり合い、これまで経験したことのない「美味さ」が、疲弊しきった体と心を癒していく。
そして、山菜の小皿料理。
素朴ながらも、素材の味が最大限に引き出され、噛むほどに滋味が広がる。
驚くべきは、その味だけではなかった。
食べ進めるごとに、体の芯から力がみなぎり、先ほどまでの疲労はどこへやら。傷口までがみるみる癒え始めていることに、彼女は戦慄する。
S級冒険者として多くの薬や回復アイテムを使ってきたが、これほど根本的に体を満たし、回復させるものは初めてだった。
「信じられない……こんなに美味いものが、この世にあったなんて……」
リリアーナは震える声で呟いた。
そして、無我夢中で料理を平らげ、器を空にする頃には、感動と驚き、そして満たされた幸福感で、知らず知らずのうちに涙がこぼれていた。
全て食べ終え、一息ついたリリアーナは、落ち着いた様子でやちるに向き直った。
「感謝する。貴殿のおかげで命拾いをした。私はリリアーナ。このギルドでS級の冒険者をやっている」
リリアーナの言葉に、やちるは驚きを隠せない。
S級冒険者。
その名を、町で見かけた貼り紙や、冒険者らしき人々が口にしているのを耳にしていた。
まさか、目の前の美女がそんな大物だとは。
しかし、体力が完全に回復したことで、S級冒険者としての鋭い五感が研ぎ澄まされる。
リリアーナは、店の奥から漂う「不穏な気配」を察知した。
それは、魔物の気配でありながら、どこか人工的な「歪み」のような、異質なものだった。
「……何だ、この気配は」
警戒しながらも、その気配の元を突き止めるべく、ドカドカと店の奥へと進む。
やちるが慌てて「どこへ!?」と声をかけるが、リリアーナは聞く耳を持たない。
やがて、彼女の目の前に、地下へと続く階段が現れた。
その先からは、さらに濃い魔物の気配が漂っている。
「これは……ダンジョン!?」
リリアーナは即座に腰の剣を抜き放ち、地下への入り口を塞ぐように、やちるに切っ先を突きつけた。
「恩義は認める。だが、なぜこのような場所にダンジョンがある!? そして、その目的は何だ!?」
やちるは、突然の剣幕に戸惑いながらも、女神から授けられた能力と、居酒屋経営の目的を説明しようと努めた。
「え、えっと、これは『居酒屋ダンジョン』って言って……その、食材を調達するための……」
リリアーナは眉をひそめ、やちるの言葉を疑う。
ダンジョンを個人で所有し、食材にするなど、聞いたこともない。
「金はいりません。それよりも……」
やちるは、剣を向けられながらも、真剣な眼差しでリリアーナを見つめた。
「この店の料理を、もっと多くの人に知ってほしいんです。S級冒険者のあなたが、この店を宣伝してくれたら、それが一番の報酬になります」
S級冒険者としてのプライドが「居酒屋の手伝い」という発想を拒む。
目の前の「ダンジョン」という危険な存在への警戒心も拭えない。
だが、この至高の料理を二度と食べられなくなるかもしれないという「食いしん坊」な本能が、彼女の理性を揺さぶった。
そして何より、やちるの純粋な料理への情熱と、ブラック企業とは真逆の「ホワイトな」姿勢に触れ、彼女の心が変化していく。
数分間の沈黙の後、リリアーナは深くため息をついた。そして、剣を鞘に収める。
「……分かった。借りを返すためだ。お前が望むなら、しばらくこの店を手伝ってやろう」
「本当ですか!? 助かります!」
やちるの顔に満面の笑みが広がる。
こうして、S級冒険者リリアーナは、『転生亭』の従業員第一号となった。
翌日から、慣れない接客や雑務に四苦八苦するリリアーナの姿が、『転生亭』にあった。
S級冒険者としての能力は、厨房から運ばれる料理を高速で運んだり、不審者を一睨みで追い払ったりするのには役立つが、食器洗いがおぼつかなかったり、お釣りの計算で固まったりと、その私生活のダメダメぶりが露呈し始める。
それでも、リリアーナが『転生亭』で働き始めたという噂は、瞬く間に冒険者ギルドへと広まった。
「あのS級のリリアーナが、まさか酒場で働いてるだと!?」
物珍しさから、一部の冒険者たちが『転生亭』を訪れるようになる。
彼らは半信半疑でやちるの料理を口にし、そして、その誰もが、前世のやちるが切望した「美味い!」という言葉を口にするのだった。
S級冒険者リリアーナが
『転生亭』の従業員に!
しかし、彼女の「ダメダメ」な一面も露呈し、
やちるのホワイト経営は
早くも波乱の予感!?
そして、『転生亭』の料理の噂は、
少しずつ町に広がり始めます。




