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第十三話:老舗のプライド、再び

領主エルドリックの常連化で、

『転生亭』の評判は不動のものとなった。

だが、その急成長は、

老舗酒場『黄金の麦穂亭』の女主人、

セシリアのプライドを大きく傷つける。


今、二つの店の誇りをかけた、

真の戦いが幕を開ける――。



町の中心にある老舗酒場『黄金の麦穂亭』。

その重厚な扉の奥で、女主人セシリアは、

連日耳にする『転生亭』の噂に、かつてない焦燥感を募らせていた。

領主エルドリックが常連になったという事実は、彼女にとって衝撃だった。


(まさか、あのエルドリック様まで……!

 あの町外れの、成り上がりの店に、そこまで夢中になるとは……!)


セシリアの心は、激しく波立っていた。

自身の店は、何十年もこの町の食文化を支え、

数々の貴族や富豪の舌を唸らせてきたという自負がある。

しかし、『転生亭』は、その歴史を嘲笑うかのように、

あっという間に町の話題の中心を奪い去った。


セシリアの脳裏に、遠い日の記憶が蘇る。


(……あの時と同じだわ。父が、あんな無謀なことをしなければ……)


かつて、『黄金の麦穂亭』は、セシリアの父親が新しい酒の開発に熱中し

多大な投資をした末、大失敗に終わった苦い過去を持っていた。

当時の周囲の老舗は皆、「伝統を軽んじ、奇をてらうからだ」と嘲笑し

店は多額の借金を負い、存続の危機に瀕したのだ。


セシリアは、その時の父の苦悩と、店の危機を幼心に強く焼き付けた。

あの時の屈辱と、新たなものへの挑戦がもたらす悲劇的な結末。

セシリアは、それ以来、伝統を守り、堅実に店を切り盛りすることこそが

何よりも重んじるべき道だと心に誓ってきたのだ。


彼女の父親は、その失敗の責任を取り、現在は店を引退し

かつての精悍な面影はなく、悠々自適に過ごしているためか

随分とでぶでぶに太っている。

セシリアは、そんな父の姿を見るたび、あの苦い記憶が蘇るのだった。


だが、目の前の『転生亭』は、その常識を次々と打ち破っていく。

斬新な料理、異世界の酒、そして領主までもが虜になるほどの魅力。


(このままでは、私の『黄金の麦穂亭』が、

 本当に“時代遅れ”になってしまう……!)


セシリアのプライドが、猛烈な危機感を訴えかける。

熟考の末、彼女は一つの結論に達した。

小細工は通用しない。

正面から、あの『転生亭』と、

その若き店主、やちるに挑むしかない。

そして、もう一度黄金の時代を取り戻す。



その日の午後、『転生亭』にセシリアの姿があった。

前回の偵察とは異なり、彼女は堂々と店の暖簾をくぐった。

その高飛車な態度は健在だが、瞳の奥には確固たる決意が宿っている。


「失礼いたします、やちる殿。少々、お話がございまして」


セシリアの言葉に、やちるは驚いて振り返った。

リリアーナとミルドも、一瞬、ぴくりと反応する。


「セシリアさん? いらっしゃいませ」


やちるが戸惑いながらもカウンター席を促すと、セシリアは優雅に腰掛けた。


「単刀直入に申し上げますわ。

 私は、あなたに、この町の酒場としての

 『格』をかけた勝負を挑みに参りました」


セシリアの言葉に、やちるは目を見開いた。

リリアーナの表情も険しくなる。


「勝負、ですか?」


「ええ。所詮、ダンジョンの奇妙な素材頼みの付け焼き刃。

 その場しのぎの珍しさだけで、真の酒場の歴史は作れませんわ。

 老舗の真髄というものを、

 貴店に、そしてこの町の人々に見せて差し上げましょう」


セシリアは扇子を広げ、口元を隠しながら嘲笑する。

彼女は最初、自分に有利な条件で勝負を持ちかけようとした。

例えば、料理や酒より伝統を重んじる、審査員を限定するなど、

老舗の経験とコネクションが活かせる形を模索していた。


その時、店の入り口が開き、温和な顔をした男が姿を見せた。

町の領主、エルドリックだった。

彼は、たまたま、ほんとーにたまたま

『転生亭』の様子を見に来たのだが、

店内のただならぬ雰囲気に気づき、

二人の会話に耳を傾けていたようだ。


「ほう、勝負とは、面白そうだ」


エルドリックはにこやかに口を挟んだ。

セシリアは顔色を変えたが、領主の前では高飛車な態度を崩せない。


「領主様。まことに恐縮ですが、

 わたくしとこの店の店主の間で、

 酒場としての格を決める勝負を……」


「うむ、承知した。

 ならば、このエルドリックが、

 その勝負を公式に仕切ろうではないか!」


領主は、目を輝かせながら言った。


「勝負は、来月開催される

 『秋の収穫祭』のメインイベントとして行う。

 場所は、町一番の広場に特設ブースを設けてもらう。

 内容は、貴店と『転生亭』がそれぞれ

 『最高の料理と、それに合う最高の酒』を提供し、

 来場した町の人々に試食・試飲してもらうのだ」


エルドリックは、興奮した様子で続ける。


「そして、勝敗は、会場入口で配られる『木製の投票コイン』を、

 より多く獲得した方が勝者とする!

 勝者は、敗者に対し、**何か一つ命令を下せる**。

 ただし、これは祭りの趣旨に沿うものとし、

 相手に害を与える類はタブー。

 皆が楽しめるような、愉快な内容とするように!」


領主の提案は、セシリアの予想をはるかに超えるものだった。

しかし、町の祭りを盛り上げるという名目、

そして領主自らが仕切るという公的な場で、彼女は拒否できなかった。

エルドリックは、この勝負が単なる対決ではなく、

町の祭りを盛り上げ、

さらに『転生亭』と『黄金の麦穂亭』という二つの名店が切磋琢磨することで、

町の食文化全体のレベルアップに繋がることを期待していた。


やちるは、領主からの突然の提案に戸惑いを隠せない。

しかし、セシリアの表情の奥に、ただの敵意ではない、

酒造りへの真摯な情熱を感じ取っていた。

そして、ドワーフのガルムや、隣で黙って見守るリリアーナの存在。

何よりも、女神ヘーベーからの「最高の酒肴と酒を造れ」という使命が、

彼の背中を押した。


(皆が楽しめる命令か……。悪くない。

 いや、むしろ俺の目指す店に合っている)


やちるは、深呼吸をして、

セシリアとエルドリックの目を見た。


「分かりました、セシリアさん。

 領主様。その挑戦、喜んでお受けします!」


やちるの受諾の言葉に、

リリアーナが満足そうに小さく頷いた。


「マスターの決断を支持するわ。

 全力でサポートさせてもらう」


そして、ミルドが興奮した様子でやちるに詰め寄った。


「やちるさん! 最高の酒造りですね!

  今回は、ダイヤのフルーツ酒だけでなく、

 他の素材も組み合わせて……そうですね、もっと新しい素材を調達して、

 新たな手法や組み合わせを――……」


ミルドは、既に勝負のテーマや戦略について、

長々と考えを巡らせていた。


領主の仲介により、セシリアとやちるの間で、

秋の収穫祭での料理と酒の対決という、

正式な「勝負の取り決め」が成立した。

二人の視線が交錯し、火花を散らす。

来るべき対決に向け、『転生亭』と『黄金の麦穂亭』、

二つの店の誇りをかけた戦いが、今、幕を開けたのだった。



平穏な日々に突如訪れた、

老舗酒場『黄金の麦穂亭』からの挑戦状!

女主人セシリアのプライドと、

領主の介入により、

『転生亭』は「酒と料理」の真剣勝負へ!


勝敗は、来場者の投票で決まる!

そして、勝者は敗者に

「皆が楽しめる命令」を下せる!?


激動の第13話、

いよいよ物語は、大きな祭りの舞台へ!

次回も『転生亭』の挑戦を、

どうぞお楽しみに!

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