第13話 春の門出
今回から、主人公は大学生になります。
とあるネタも仕込まれていますので、良かったら見つけてみてください。
桜が花開く、春の暖かな季節。
大学のキャンパスを行き交う学生たちは勉学に励み、それぞれの夢に向かって努力をしている。俺もその一人として、講義に真面目に参加していた。
忙しい日程をこなしているうちに、気づけば時刻はすでに午後を過ぎていた。俺は急いで、リンネアとの待ち合わせ場所である大学のシンボル――大きな時計台へと向かった。
だが、これも学生ならではの醍醐味だと思えば、悪くはない。むしろ、貴重な経験とも言えるだろう。
《緑生い茂るイチョウの木々……建物も歴史を感じさせて素敵ですわ》
パウラが綺麗な景色に感嘆する。
大学の正門から続くイチョウ並木のトンネル――俺が今歩いているこの道は、東京大学の名所のひとつだ。
その由緒ある道のりを進むのは俺、櫛名田景明。晴れて今年の春から、常盤和則の偽名で、この名門大学の医学部を志す新入生の一員となった。
もう何度目の偽装身分なのかも覚えていないため、数えることすら面倒に感じてしまう。ある意味、身分を誤魔化す詐欺師のようになってきていた。
《考えてみれば、私たちって地方から上京してきたお上りさんよね? あなたなら大丈夫だと思うけど、ちゃんと授業にはついていけてる?》
《ああ、心配ない。勤勉かつ爽やかなハーフの青年、さらには地方の有権者の御曹司として、その身に恥じない振る舞いをしているつもりだ》
《設定がやたらと濃いですわね。ですが、偽装身分としては、これくらい盛っていた方が安心できますわね》
《まあな。しかし、見た目が18歳でも実年齢が24歳の学生なのは、流石に設定としては笑えない。下手したら6年間も留年していることになるぞ》
《……心が若ければいいのよ。あまり深く考えてはいけないわ》
俺は自分の実年齢のことを気にしてしまい、自虐気味になる。
ニリアの言う通り、自分のことを永遠の18歳だと思い込んでいれば、何も問題ない。しかし、俺は呪いの祝福を授かってしまったせいで、通常の人間より遥かに寿命が延びた。
見た目が若くとも、精神だけは年を取っている。さらに、異世界で過ごした6年間に加え、地球に帰ってきてからは高校生として過ごした3年間もある。それらを合わせると、同年代より9歳も年上になる。
これでは、ジュネレーションギャップの隔たりが大きく、若者たちからおじさん呼ばわりされてもおかしくない。
《一層のこと、年相応の態度を取るべきなのだろうか。だが、あれをやるためには童心も捨てがたい》
《やりたいこと、ですか?》
《ああ。病院の院長のように、医師たちの先頭に立って、白衣の大名行列をやってみたい。俺が足を早く動かせば、後ろも自然と歩調を合わせる。だから、全員で電動スクーターに乗りながら、診察を回りたい》
《暴走族にでもなるつもり? 診察どころか、医療免許剥奪レベルよ》
《そうですわよ。せっかく頼もしいと思い始めましたのに……くだらないことを考えてないで、大人になってくださいまし》
《……やはり、現実を見て、患者に破格な治療費を要求する医者を目指すべきなのだろうか……》
ニリアとパウラに、俺の小さな遊び心を理解してもらえず、何だか悲しくなった。
しかし、医者という職業は、高収入で社会的地位もそれなりに高い。その上、東京という大都会に身を隠しつつ、東大コミュニティーの太い人脈にあやかれるのは有り難い。
それに、世の中、何をするにも金が必要だ。これを機に地盤を固め、将来のための資金源確保に勤しむのも賢明な選択だろう。
――そんな新たな目標を立てていると、待ち合わせ場所の時計台の前に着いた。
リンネアがまだ来ていないようなので、近くのベンチに腰掛けようとした。
すると、その時、近くにいた団体から声をかけられた。
「よっ、常盤」
「杉森先輩、それに皆さんも。こんにちは」
挨拶をしてきたのは、俺が入っているサークル――『医療芸術愛好会』の先輩である杉森友之。その後ろには、他のサークル仲間や数人見知らぬ人物たちの顔も見えた。
「常盤、今日はもう授業は終わったのか?」
「はい、一通り終えました。ところで、今日はサークルの活動はなかったと思うのですが、皆さんで集まっているのは、何か予定でもあるのでしょうか?」
「いや、今日は特に活動はないんだが、これからこのメンバーでカラオケに行くんだ。よかったら、お前も一緒にどうだ?」
「カラオケですか……」
俺は丁寧な口調で応答し、少し悩む様子を見せる。
杉森先輩とは、普段からサークルでお世話になっているため、できればこういった親睦を深める集まりには極力参加したい。
しかし、生憎と今日は外せない用事がある。
「ねえ、せっかく授業が終わったんだし、一緒にカラオケに行こ? 私、常盤君がどんな歌を歌うのか、気になるわ!」
あざとい仕草で、俺の腕に抱きついてくる香山先輩。免疫のない男性なら、彼女の甘い誘惑にコロッと落ちてしまうだろう。
それと聞いた話によれば、香山先輩は俺に好意を抱いているらしい。最も、彼女以外にも、俺の恋人の座を虎視眈々と狙っている女性たちがいる。
自意識過剰ではないが、俺は自分の容姿が整っている方だと思う。特に、先祖に外国人がいたおかげか、青い瞳や顔の堀が深かったりする。
おまけに、今の身分の肩書きが金持ちの御曹司であるため、付き合えば安定した将来が約束される。平たく言えば、全員、玉の輿に乗ろうとしているのだ。
「お誘いは嬉しいですが、今日はどうしても外せない用事がありますので。それに、自分には恋人が――」
「あ、和則。ここにいたのね」
先輩たちの誘いに断りを入れようとした瞬間、澄んだ鈴のような声が俺のことを呼んだ。
その場にいた全員が一斉に声の方へ振り向くと、待ち人であるトゥーリ――いや、常盤和則の恋人を演じるリンネアが立っていた。
「ごめん。待った?」
「大丈夫だよ、トゥーリ。僕も今来たところだから気にしないで」
白い長袖のブラウスに、春をイメージした淡い緑色のロングスカート。可憐で清楚な姿をした彼女が登場し、長い金髪をなびかせながら優雅にこちらへ歩いてくれば、注目を浴びるのも必然的だった。
香山先輩なんか呆然として、俺の腕に抱きついていた両腕がほどけ、力なく垂れ落ちていた。
「か、和則……そちらの美人な方は、どちら様なんだ……?」
「彼女は僕の恋人、トゥーリです。トゥーリ、皆さんにご挨拶を」
「はい。初めまして、トゥーリ・常盤と申します。いつも和則がお世話になっております」
杉森先輩は俺とリンネアの関係性を聞き、ぽかんとした表情を浮かべる。言葉遣いも敬語が不規則に混ざり合っていて、見ていて面白い。
それと、リンネアもリンネアで、なぜか俺の腕に絡めていた香山先輩の方を一瞥。恋人という設定なのにも関わらず、さらっと自分の苗字を俺のものに変えて自己紹介をしていた。
これで俺が恋人持ちだと証明できたことになるが、次の日から、美人と同姓のことで噂されるのを覚悟しなければならない……。
「では、用事もありますので、僕たちはこれで失礼します」
「お、おう……」
俺とリンネアは先輩たちに軽く別れを告げた後、その場から離れた。
背後で香山先輩や他の女性たちが、「あれが、噂の図書館の美女……負けた」と呟く声が聞こえたのは、何とも言えなかった。
なぜなら、リンネアが図書館に通い始めてからというもの、大学内では――「図書館で見かける謎の美女」の噂が持ち切りだったからだ。しかもその噂は日を追うごとに盛られ、最初は美人留学生だったのが、気づけばとある国の王族、さらには妖精や精霊だとまで言い出す者も現れる始末だった。
妖精に関しては、彼女の種族がエルフであることを考えれば、あながち間違ってはいない……。
「金持ちのボンボンを演じるのも、楽な仕事じゃないな。ありがとう、リンネア。おかげで、香山先輩に変に絡まれずに済んだ」
「別に……」
「……何だか機嫌が悪いようだが、お前もしかして……」
「違う……ただ景明が他の女性といるのを見て、少しモヤモヤしただけ」
街中を歩きながら、お互い普段の口調で話す。
感情が薄いリンネアだが、彼女からは恋愛特有のあの圧を感じた。
《あらあら、拗ねちゃったわね、彼女。ちゃんと言葉に出さなきゃダメよ?》
《わかっている。俺だって鈍感じゃない》
ニリアが俺にしか聞こえない心の声で茶化してくる。異性からの好意に気づかないほど、俺は愚かではない。
けれど、彼女のことを支えると約束した以上、彼女が求める関係性に俺は向き合う責任がある。
「嫉妬してくれてありがとう、リンネア。俺はお前に抱くような感情を、香山先輩に持ち合わせていない」
「本当? 苗字を一緒にして、迷惑じゃなかった?」
「ああ。元々、お前には櫛名田の苗字を与えるつもりだった。迷惑なものか」
「そう……ありがとう……」
そう言うと、リンネアは静かに頭を俺の左肩に預けた。
表情の変化は小さいが、術で隠しているエルフの耳が上下に動いていて、彼女の嬉しさを表していた。
「それで、今日は大学で何をしてたんだ?」
「いつのもように、図書館で本を読んでいた。あと、春菜ともあった」
「そうか。何か面白い本はあったか?」
「『タコの足音』――タコの英雄が夢の王のために、意地悪な笛吹きの悪魔との戦いを描いた文学小説。コズミックホラーと神話が融合した屈指の名作」
「……それまた奇抜な本だな。あと、友達もできたようで安心したぞ」
「うん、春菜は優しい」
俺は基本、授業中はリンネアに好きなように時間を過ごさせている。一応、彼女には、アイザックさんに頼んで偽造してもらった学生証を持たせているが、それでも気がかりだった。
それこそ、子供のことを心配する保護者の気持ちが理解できるくらいだ。だが、そんな不安を抱えつつも、彼女が文学に興味を持ってくれたことには、嬉しさと誇らしさを感じた。
そして、リンネアに同年代の友人ができたこと――彼女が頑張って心を開いて、他者との交流を持とうとする姿勢に感動を覚えた。
あと、ぜひともその春菜という友人にはお礼を言わなければ。
「ふっ、父さんはお前の成長が見れて嬉しいぞ」
「……娘じゃない……でも、もっと撫でて」
俺はいつもの癖で、リンネアの頭を撫でた。
すると、彼女は可愛らしくはにかんだ。
次回は、ラーカー部隊のメンバーたちが登場します。
お楽しみに。




