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ネフィリム~女神と混沌の盟約を交わし、正常性を狩る者~  作者: 冬椿雪花
第一章 人たらしめる者が導き手
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第10話 潜む者

今回は、機構の研究施設が異能力者の部隊に制圧される様子を描いたエピソードです。

それでは、どうぞ。

 リンネアが息を吹き返す、ほんの数十分前――。


 別の戦場では、密かに崩壊が進行していた。


 今村は司令室に座り、大型スクリーンを前で静かに佇んでいた。


 そのスクリーンはリンネアのボディカメラに繋がっていたもので、彼はそれを通して今まで彼女に指示を出していた。そして、つい先ほど彼女を解雇を通達した際にも使用したものだ。


 夜闇の女神の強奪犯、人の真似事をする兵器のエルフ。自分は機構の理念に従い、その二つの忌々しい存在を殺し、自分の愛する家族や友人――世界を異常性の侵略から守ることができた。


 それはとても誇らしく、喜ばしいことだというのに、どこか腑に落ちなかった。


 なぜなら、強奪犯の男が最後に見せたあの不気味な佇まいが、今村の頭から離れないからだ。


「私が……恐れているだと……戯言の何を恐れるというんだ!」


 癇癪を起こした今村は、思わず手で机を叩いた。


 すると、その音で周りにいたオペレーターたちは一斉に彼の方へ視線を向けた。それを気にした今村は、怒りで震える体を抑えながら、ゆっくりと席に着いた。


「私の計画は完璧だ……奴は死んだんだ……」


 冷えた体を温めようと、紙コップの中に入れられたコーヒーに手を伸ばしたが、容器の中はすでに冷たくなっていた。


 時間が経てば温かいものが熱を失うのは、当たり前の物理現象だ。自分は研究者で、そのような簡単な法則を熟知している。しかし、なぜか今日に限って、それが不吉に思えた。


 早朝、第3支部への大規模攻撃があると知らされ、やむなく兵力を抽出。被験体のエルフに爆弾を起爆させるも、不発に終わる。極めつけは、化け物同士の心温まる交流――その全てが、今村の神経を逆なでした。

 

 しかしこの時、彼はまだ気づいていなかった。


 自分の足元に、危険が忍び寄っていることに――。


「どうなっている!? なぜ、電気が消えた!?」


「わ、わかりません! 今調べています!」


「その前に、非常用電源に切り替えろ! それが完了次第、人員を発電区画に回せ! くそっ、なぜこんな時に……」

 

 施設内が突如、バツンという音とともに闇に沈む。ほんの一瞬の沈黙後にようやく、赤い非常灯がぼんやりと灯った。


 ここまで立て続けに不幸が起きれば、それはもはやジンクスとは言い難い。何より、悪態をつきながらも今村は、徐々にこれが人為的によるものだと気づき始めた。


「何かがおかしい……っ、奴の狙いは最初からこれだったのか……!? 急いで第3支部に派遣中の機動部隊を呼び戻せッ!!」


「それは、どういう――」


「まだわからないのか!? 奴も、最初から自分を囮としていた! 我々はまんまとあの狐に一杯食わされたんだ! いいからは早く回線を繋げろ!」


「は、はい!」


 今村に説明され、急かされたオペレーターは、ここで自分たちが危機的状況に陥っていることに理解した。


 だが、時はすでに遅かった。


 どれだけ無線の周波数を変えても、返ってくるのは雑音ばかりだった。衛星を含むあらゆる通信手段も試みたが、結果は同じ。何の反応も返ってこなかった。


 彼らは、外界から完全に孤立してしまったのだ――。


「だめです! 全チャンネル、応答ありません!」


「くっ、ジャミングか……! なら、すぐに他の支部に連絡係を送れ!」


「了解しました! 手配します!」


 ほとんどの連絡手段が絶たれ、施設内の電気設備が機能を失った以上、最も原始的で、確実な方法を選ぶしかない。


 この拠点が陥落してしまえば、神格兵の試験運用が大幅に遅延してしまう。そうなれば、これまで保たれていた敵対組織との勢力バランスが崩れ、敵の行動はさらに傍若無人になるだろう。

 

 だからこそ、今村にのしかかるプレッシャーは計り知れなかった。まさに、これまで築き上げてきた地位も面目も、一瞬で潰えかねない瀬戸際にいた。


「発電機が復旧しました! 監視カメラが再起動します!」


 予備電力の供給により、一部の監視カメラのモニターが再び映像を映し出した。部屋は依然として赤い非常灯に照らされていたが、目となる機械が回復したことで、ようやく施設内の状況が把握できるようになった。


 ささやかな希望を手にした――誰もがそう思った、その矢先だった。


 画面の映像を目にした彼らは、身震いをした。


「こ、こちら第四区画! 只今、正体不明の異能力者たちによる奇襲を受けている! 被害は甚大! 進行は食い止められそうにない!」


 通路内では、警備兵たちが侵入者と交戦をしていた。


 先ほど司令室に響き渡った焦り声は、兵士たちのものだった。


 彼らもまた今村たちと同様、停電による被害に巻き込まれ、暗闇の中で身動きが取れずにいた。


 しかし、彼らとて機構の兵士である。どんな状況下でも、冷静に行動できるように訓練を積んできた。取り乱して醜態を晒すことなど、彼らの誇りが許さなかった。


 だが、照明が戻った瞬間に目に飛び込んできたのは――首の大動脈を切られ、不審な死を遂げた同僚たちの無惨な姿だった。


 彼らは、これが未知の手段による暗殺だと悟り、即座に周囲への警戒を強めた。


 すると、通路の前方から――黒い戦闘服の人物が、幽霊のように音もなく現れ、まっすぐこちらへと歩いてきた。


 「なぜこんなところに不審者がいるのか」などという疑問は、もはや意味を成さない。緊迫した状況の中で、すでに心の余裕を失いかけていた彼らは、ためらうことなく敵に向かって引き金を引いた。


 それが、今に至るまでに起きた出来事だ――。


「何で弾が当たっているのに、奴は死なないんだ!? おかしいだろ!?」


 兵士たちは、理不尽な現象を前にうろたえてしまう。

  

 先ほどから銃弾が命中しているのに、敵には全く通用せず、足も止められない。


 弾薬が尽きれば、自分たちも床に倒れている同僚と同じ運命を辿ることになる。かと言って、敵は攻撃の手を緩められるような相手ではない。

 

 しかし、それはさらなる不条理への序章に過ぎなかった。

 

「おい、マガジンを撃ち尽くした! リロードをするから援護してくれ!」


「ああ、わかった。援護は()()()


 平坦とした声でそう言ったその瞬間、一人の兵士が前に立つ味方の口を手で塞ぎ、もう片方の手に握られたナイフで首を掻き切った。


 あまりの不可解な行動に全員が驚愕し、その一人に銃を突きつけた。


「おい、お前!? 一体、何の真似を――」

 

 言葉が終わる前に、狂った兵士は一切の躊躇なく、味方をライフルで次々と射殺していった。他の兵士たちはやむなく反撃をするが、その者の体はホログラムのように揺らめき、前方の戦闘員の姿とともに消失した。


 そんな絶えず錯乱をする彼らに襲いかかるのは、もう一人の侵入者だ。


 紫色の雷を纏い、光の速さで兵士たちの死角に回り込むと、サイレンサー付きの拳銃を抜き出す。目に見えない速さで、彼らの頭部を正確に撃ち抜いた。


「——ッ!? 隔壁を封鎖して、セントリーガンで迎え撃て!」


「ですが、それだとまだ戦っている兵士たちが!」


「大局を考えろ! もう後がないんだぞ!」


「……わかりました」


 歩兵による抑圧が見込めない以上、今村は部下に隔壁封鎖を命じた。その命令は残酷に聞こえたが、回避できない犠牲だ。


 だが、頼みの綱である自動砲塔――ミニガンによる一斉掃射で敵を薙ぎ払おうとしたものの、再び裏切られる結果となった。


 三人目の侵入者がカメラの前に現れ、レンズを見つめながら手を伸ばした。すると、手のひらから黒い蛇のシルエットが飛び出し、カメラの中に這い込んだ。


 電子の毒蛇が、セキュリティーの壁に穴を空け始めた。


「この警告の量は!? 施設のセキュリティーシステムが乗っ取られています!」


「なっ、サイバーウイルスだと!? どこまで馬鹿げているんだ、奴らの異能力は!? 何としてでも制御を取り戻せ!!」

 

「試みていますが、命令が受け付けません! えっ……そんな……」


 何か恐ろしいものを見てしまったかのように、オペレーターは黙り込んだ。


 その態度が、今村をさらに苛立たせた。


「どうした! 黙ってないで、さっさと状況を報告しろ!」


「……部屋中のセントリーガンの照準が、自分達に向けられています……」


「——ッ!?」


 パソコンの画面に映るのは、自分たちの姿。敵の姿を認識して自動で標的を定めるはずのセントリーガンが、その銃口を機構の職員に向けていた。


 司令室は、この支部において最後の砦だ。そのために設けられた多数の防衛装置が、今やその主に牙をむいた。


 オペレーターは、これが自分の最期だと理解し、断念した表情で今村を見つめた。


 そして、ミニガンのモーターが回転を始め、轟音のような唸り声を上げると、今村の周りにいた者たちは蜂の巣と化した。


「……ひっ……ち、違う……こんなはずでは……」


 荒々しい騒音の後、血で濡れた部屋に一人残された今村は、正気を失いかけた。


 あまりのおぞましい光景に、断続的なうめき声を上げながら後退りした。すると、机の端に体が当たり、その衝撃音で腰を抜かした。


 敵は間もなくこの部屋に到達する。


 その前に逃げなければ自分も死ぬ。


 今村の頭は一瞬にして真っ白になり、重度のストレスが彼の顔つきを急激に老け込ませた。


 そんな中、廊下から数人分の足音が聞こえた。


「今村博士!? まだここにいたのですか! 敵はもうすぐそこまで迫っています!」


 足音の正体は、生き残りの警備兵のものだった。


 彼ら三人は、運よくあの武装集団から生き延び、何とかここまで逃げてきた。


 しかし、他の生存者と話すことで不安が和らぐかと思いきや、今村は何も反応を示さない。


 警備兵たちの顔を見ても、ただ茫然として、声ひとつ出すことができなかった。


「我々が食い止めますから、どうか早く避難をしてください!」


「……違う……私は……私は……」


「しっかりしてください、博士! あなたの死は、機構にとって大きな損失になりかねません! まだ使命が残されているのですよ!!」


「――ッ!? すまない……」


 今村はショックで動けなかったが、兵士たちの必死の呼びかけで、意識が次第に戻ってきた。


 彼は、あれだけ冷たく突き放してきた者たちが、まだ自分を信頼し、必要としていることに感動を覚えてしまった。


「君たちは……世界の暗闇で戦う我々機構の誇りだ……。私は、君たちのことを決して忘れない……健闘を祈る……!」


「はっ! 博士もお気をつけて!」


 この場に残ると決意した者たちが敬礼をする。


 今村は、その思いを胸に、避難通路へと駆け込んだ。


「……普段は残忍なくせに、こういう時だけ人間みたいになって……本当、人ってわからないものね……」


 リーダーと思わしき人物の声が、男性のものから女性のものへと変わる。


 そして、手のひらを上に差し出して念じると、兵士たちの体は先ほどの幻影と同様、不気味なホログラムが全身を包む。


 擬態は剥がれ落ち、偽りの姿は黒い戦闘服へと戻った。


 そう、彼女たちこそが、明けの明星こと景明が手配した別動隊のメンバーであり、潜入と破壊工作のプロだ。


 部隊名は『ラーカー』――英語で潜む者を意味する。


「生存者はいません。でも……これでよかったんですか、ラーカー1? 標的を逃がしてしまいましたけど」


「これは彼からの()()()よ、ラーカー3。私たちの任務は、それを叶えるだけ」


 ラーカー3の青年が、リーダーであるラーカー1の女性に疑問を呈するも、女性は彼を軽く制した。


 命令ではなく「お願い」と言ったことから、彼女たちが景明に寄せる信頼の深さが感じられ、対等な関係が伺えた。


「ラーカー1、目ぼしいデーターは全てハッキングしたぜ。ここはもう用済みだ」


「ありがとう、ラーカー2。それじゃあ、自爆装置を作動して私たちも撤退よ」


 軽い口調のラーカー2が、手慣れた手つきでパソコンを操作し、蛇を通して自爆プログラムにアクセスをした。


 それが終わると、三人の潜む者たちは、暗闇に消えていった――。

次回で、第一章は終わりとなります。

投稿する時間帯は、たぶん明日の午後九時くらいになると思います。

では、また。

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