第1話 神格を奪いし者
SCP風のダークファンタジーが書きたくなったので、挑戦してみました。
内容は少し重いかもしれませんが、なるべくライトで、主人公が報われる結末に向かって書いていくつもりです。
楽しんでいただけたら幸いです。
――スコットランド、ハイグラウンド地方のとある山中。
肌寒い新月の夜に、大型の軍用トラックと、その周りを複数の戦闘車両が護衛しながら、何かを静かに運んでいる。
このような大所帯で、しかもわざわざ人気の少ない時間帯を選ぶということは、その積み荷はよほど重要なものであることは明らかだ。
何より、平和な現代に、過剰とも言える武装を施した装甲車と兵士の数が、そのことを際立せていた。
「一旦、ここで車を止めろ」
車列が山道の急カーブに差し掛かった時、前方の護衛車両が動きを止め、中から兵士一人が降りてきた。
その兵士はトラックの方へ歩み寄り、運転を担当する別の兵士に声をかけた。
「車体の点検も兼ねて、コンテナ内の様子を確認する。女神の状態は?」
「先ほど打った鎮静ガスが効いたようで、問題はありません」
「そうか。念のため、映像でも確かめたい。端末を……」
重苦しい空気の中、二人はモバイル端末を通して、コンテナ内に設置されてある監視カメラで、例の女神を観察した。
すると、画面の向こうに映ったのは、神聖な女神のイメージとはかけ離れた――巨大な肉塊だった。
「暴れた痕跡は、見当たりませんね」
「ああ。だが、あれを無事に支部に送り届けるまでは、気を抜くな」
「了解です、隊長……しかし、あれを女神と呼ぶのは……おぞましいですね」
「うむ。だからこそ、こうして我々が、あのような化け物を即座に収容せねばならない」
兵士たちは落ち着きを保ちながらも、肉塊に対して嫌悪感を示している。
彼らにとって、あれは女神とは名ばかりのもの――世に混沌をもたらす災厄。今でこそ眠るように静まりを見せているが、あれがまた目覚めるようなことがあれば、多大な人的被害は免れない。
それを、彼らは先の軍事行動で身を持って体験した。
醜い肉体がうごめく度に、周囲に瘴気と毒を撒き散り、生命を腐敗させる。この疫病神を確保するために、一体どれだけの兵士が導入され、またどれだけの者たちが生還を果たしたのかは、彼らがそれを一番よく知っている。
「くそっ! あんな化け物にエリックが殺されるなんて! あいつには、まだ生まれたばかりの子供がいるのに!」
「……気持ちは分かるが、任務に私情を挟むな。機構に在籍する以上、我々は自分の命を犠牲にしてでも、世界の安定を維持する義務があるんだ」
「はい……」
兵士たちは殉職した仲間たちのことを想いながら、嘆き悲しんだ。
職業柄、いつでも死ぬ覚悟ができているが、生き残った者として死んだ仲間を見送る時ほど辛く感じることはない。
それでも、彼らの働きがなければ最悪、世界は終焉を迎えていた可能性もあり得る。そのことを考えると、彼らが払った犠牲は決して無意味なものではなかった。
だから、彼らが女神に向ける憎悪は理解できる。
それに、考えてみるといい。現実世界の街中に突然、女神に似た架空の存在であるドラゴンが現れ、火を吹きながら街を焼き尽くす光景を。
それらの存在は、写実主義が唱える「第四の壁」――創作の壁の向こう側の住人たちであり、せいぜいファンタジーや人々が作り出した空想世界の中にいた方が、何かと平和的だ。
一度、現実と創作の境界線が曖昧になり、現実世界に存在しないはずのものが人々の前に現れれば、混乱に陥るのは目に見えている。それを未然に防ぐために、兵士たちは人知れず、異常性から人間社会の正常性を守っているのだ。
「輸送を再開する。だが、警戒レベルを上げるよう全部隊に伝えろ。説明はできないが、何だか胸騒ぎがする……」
「わかりました……」
数多の死線を潜り抜けてきた歴戦の猛者が、部下にそう告げた。彼ほどの人物が直感を通して何かを感じ取ったのだから、その予感は間違いなく正しいのだろう。
そして、彼の予感は――遠からず当たっていた。
◇
俺は双眼鏡で、少し離れた山林の奥から、厳重な警備が敷かれた輸送トラックを眺めていた。
前方に装甲車が6両、後方には8両。おまけにアーマープレートを身に付けた重武装兵まで携えている。
流石は、『異常封鎖機構』に所属する機動部隊――異常物の収容に関しては右に出る者はいない、と言うべきか。
「あれが今回の目標か。正面から突破して、トラックまで近づくのは難しそうだな」
「そうね。でも、昔のような無茶は絶対にしないでよ?」
「ああ、わかっている」
俺は右肩に嵌められた義手を見つめながら、姿の見えない相棒に相槌を打った。
傍から見れば、独り言を喋っているような変質者しか見えなくはないが、俺は至ってまともだ。決して、頭がおかしいわけではない。
ただ、機構からは、正体不明の要注意人物として指定されているのは事実ではあるが……。
ともかく、俺に先ほどから話しかけているのは、俺の中にいる存在――『慈愛の女神』であるニンフェリエルことニリアだ。
彼女は、俺の脊椎に受肉した神格であり、幼い頃から傍にいてくれた俺の家族でもある。そんな女神様が、どのような経緯を経て俺の体に宿ったのかは……まあ、追々語るとして、今は目の前の課題を解決する方が先だ。
協力者から得た情報をもとに、ここで待ち伏せをしていたのだが、相手は予想以上に警備に気を配っていた。慎重に計画を練らなければ、この前のように右腕を失うだけでは済まなくなる。
それに、この機会を逃せば、世界の正常性を牛耳り、その裏で非道な人体実験を行っている黒幕への復讐は、ますます手の届きにくいものへと変わってしまう――。
「それで、何か打算はあるの?」
ニリアが尋ねてくる。
向こうが使っている武器は、アサルトライフル、拳銃、手榴弾、そしてコンバットナイフ。防具は、特殊な加工が施された戦闘服の上から防弾チョッキ。さらには、防護マスクと暗視ゴーグルまで付けている。
まともにやり合えば、これらが不利になるのは明白――だから、俺は選択肢を奇襲に絞ることにした。
「まずは霧を発生させて相手の視力を奪い、崖の岩を使って前後の車両の動きを止める。それから氷結の術を使って奴らを凍らせ、不意打ちを仕掛ける。どうだ?」
俺はニリアに意見を求める。
作戦行動を起こす際には、いつもこうして事前に二人でブリーフィングを行うのが鉄則となっている。
「悪くないわね。そうなると、奇襲に適している地点は……次の峠の辺りね」
ニリアは俺の目を通して、視界を共有する。
その情報を頭に入れた俺は、般若のお面を顔に付け、襲撃地点まで移動した――。
◇
輸送車列が険しい峠道に入ろうとした。
道脇には「落石注意!」の文字が書かれた看板が備えられており、運転には細心の注意を払う必要がある。
おまけに山の奥へ進むにつれて霧が出始め、視界が悪くなっていく。劣悪な環境下で任務を遂行する兵士たちとって、それは不憫でしかない。
しかし、彼らの頭上にさらなる不幸が降り落ちてくることは、誰も予想していなかった。
――先頭を進む一号車の上に、突如、大きな岩盤が落下した。
その衝撃で車体は潰れ、中にいた兵士たちを巻き込んで爆発した。
「――ッ!? 全部隊、止まれッ!!」
隣の二号車にいた副隊長が、部隊の進行を即座に止める。けれど、あまりにも急な出来事であったため、彼はまだ理解が追い付いていなかった。
「各員、敵襲に備えろ! 敵は近くにいるぞ!」
指揮権を委譲した副隊長が指示を出す。だが、その間にも、後方の車両が落石によって押し潰され炎上する。
そんな危機的状況の中、彼は迅速に部隊をトラックの周りに集結させ、通信機を通して最寄りの支部に増援を要請した。
「こちら、エコー9! 襲撃を受けている! 至急、増援を送ってくれ!」
「了解。只今、増援として機動部隊ホテル2をそちらに向かわせている。到着するまで後20分を要するため、それまで何とか持ち堪えろ」
本部からの応答を聞いた副隊長は、少しだけ安心感を得た。
しかし、戦いはまだ終わっていない――。
「はぁ……はぁ……何だ、この寒さは?」
周囲の空気が急激に冷えていき、兵士たちの体から熱が消えていく。
夜の山中で気温が冷えるのは当たり前だが、それでも異常な冷気が彼らの防寒装備を貫いて、服の内部まで凍り付くのはおかしい。
「がはぁっ……喉が、凍る……助け……て……」
口から白い息を吐きながら、兵士たちは恐怖に満ちた表情のまま、瞬く間に氷像と化した。
それを見た他の部隊員たちは、次は自分たちが氷像になってしまうのではないかと想像し、得体の知れない恐怖に囚われた。
「しっかりしろ! もう少しで、増援が来る! そしたら、俺達は――」
部隊の士気を高めようと副隊長が鼓舞するが、言葉を終える前に刀で胸を貫かれ、そのまま命を落とした。
「リチャード……!」
味方の死に動揺する兵士たち。
刺さった刀が引き抜かれると、死体が前に倒れ、その背後にいる襲撃者が姿を現した。
「何だ……こいつは……」
兵士たちの間に戦慄が走った。
黒い戦闘服を着て、左手で日本刀を握り、右腕が義手の人物――鬼の面をかぶった死神が、こちらをゆっくりと見つめていた。
「刀を捨てろ! でないと撃つぞ!!」
喉から必死に声を出すも、その声は震えていた。
しかし、襲撃者は彼らの警告を無視して、トラックの方へ近づいてくる。
その不気味さに耐えられなくなった者たちは、叫び声を上げながら銃の引き金を引いた。
「撃てぇぇええッ!!」
ライフルが一斉に発砲される。
だが、襲撃者はそれを流れるような動きで避け、刀で兵士たちを斬殺していく。
その姿は、まさに夜叉そのものだ。
「いけない! 奴を女神に近づけさせるな――」
残った兵士たちも暗殺者の手によって始末される。
彼らが最後に目にしたのは、仮面の隙間から赤い光をのぞかせる禍々しい眼光だった。
「これで制圧完了ね。敵の増援が来る前に、急いで彼女を回収しましょ」
「ああ、そうだな」
そう言って刀を鞘に収めた襲撃者の青年・櫛名田景明は、コンテナに近づき、施錠されたロックを解除した。
自分と同じく、ただ存在するだけで世界から忌み嫌われた可哀想な女神を、救うために――。
第一話を読んでいただいて、ありがとうございました。
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