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冒険者ギルド、初依頼

「大通りの先に見える威圧感ある建物――あれが冒険者ギルドか」


昨日とは違う朝の光の中、俺は王都の中心部へ足を進めていた。


大通りをさらに進むと、小川に石橋がかけられた広場へ出た。近くには洗濯物を手洗いしている女性たちが数人おり、川べりでごしごしと布を擦っている。

ところが、その水の色は明らかに濁っていて、場所によってはゴミやヘドロが溜まっているのが見える。前世の感覚なら「ここで衣類を洗うなんて正気か?」と思うほどだが、彼女たちは慣れっこなのか特に気にしていない様子だ。


「あんた、変な顔してるね。なんか言いたいことでもあるのかい?」


ふと、洗濯していた一人の女性に声をかけられる。俺がちらちらと川の様子を見ていたからだろう。

図星をさされた形だが、失礼のないように言葉を選ぶ。


「正直、こんな濁った水を使って大丈夫なのかって……思っただけで」


「そりゃまあ、綺麗じゃないけどさ。どのみち煮沸する燃料なんて高いし、ここで洗うしかないんだよ。わざわざ王宮のきれいな井戸まで行けるわけでもないしね」


そう言って彼女は苦笑する。慣れというのは恐ろしいもので、彼女たちにとっては“これが普通”なのだ。

俺は言い返すこともできず、小さく頭を下げてその場を離れた。

――こうして実感する“当たり前の不衛生”を、いずれ俺は何とかできるのだろうか。そのためには、まず今の自分が生き延びて、仕事を得て、この世界で信用を積むしかない。


ようやく目的の建物が見えてきた。

大きな門の上に掲げられた剣と盾の紋章が、ここが冒険者ギルドであることを示している。敷地内には力強い雰囲気の人々が出入りしていて、武器の手入れをする者や、交渉らしき話し合いをする者も見える。

皆、筋骨隆々だったり精悍な顔立ちをしている冒険者ばかりで、明らかに“戦闘のプロ”という印象だ。

(攻撃力も魔力もほとんどゼロらしい俺が、ここで通用するんだろうか……?)


一瞬不安になるが、このまま何もしないでいるわけにもいかない。意を決して門をくぐり、石造りの扉を押し開けた。

中は広いホールになっており、壁一面に“クエスト依頼”の紙が張り出されている。中央のカウンターには冒険者や商人らしき人々が並んでいて、それぞれ受付の職員と話をしているようだ。


「ここなら、何か仕事が見つかる……はず」


俺はぎこちなくつぶやきながら、空いていそうなカウンターを見つけて進んだ。受付には淡い栗色の髪をまとめた若い女性が座っており、丁寧な笑顔を向けてくれる。


「いらっしゃいませ。ご用件は……新規登録でしょうか?」


「はい。できれば仕事を探したいんです。戦いはできませんが、雑用でも何でも」


そう言って俺は、王宮から渡された“元勇者候補”と記された身分証を見せる。

その文字を目にした瞬間、受付の女性はかすかに目を丸くする。そして、周囲の冒険者たちがちらりとこちらを見るのを感じた。

――どうやら俺を“勇者失格”と呼ぶ噂は、すでにこのギルドにも届いているらしい。


「……登録には銀貨半枚が必要です。よろしいですか? ランクは最下位のFランクからになりますが……」


「あ、はい、大丈夫です」


少ない手持ちの銀貨を差し出すと、受付の女性は手際よく登録手続きを進めてくれた。

彼女は俺の名前やスキルを書いた紙を魔道具で読み取り、小さな金属プレート――ギルドカードを取り出す。そこにうっすらとした魔法陣が浮かび上がり、銘刻が行われた。


「これがトト・ナカミヤ様のギルドカードです。失くすと再発行費用がかかりますので、ご注意くださいね。依頼は掲示板に分かりやすくランク別で貼り出されていますので、Fランク向けのものを探してください。何か分からないことがあれば、受付までどうぞ」


そう言って微笑む彼女からギルドカードを受け取り、なんとか“冒険者”としての一歩を踏み出した形だ。

――もっとも、戦闘ができない俺のことを“冒険者”と呼んでいいのかは疑問だが、この国では雑用も立派な仕事らしいから、そこは割り切るしかない。


張り紙が所狭しと貼られた掲示板へ向かい、片っ端から確認してみる。

上位ランクのクエストは「魔物の討伐」や「貴族の護衛」など危険かつ高額報酬のものが多いが、当然いまの俺には受けられない。

下のほうに目をやると、Fランク向けの依頼がまとまっていた。「倉庫の荷物整理」「屋台の清掃手伝い」「農場の雑用」「家畜の糞処理」「汚水路の排泥作業」など、文字通り誰もが嫌がる“地味仕事”ばかりだ。


「……やっぱり、こういう感じだよな。でも、これしかない」


その中でも特に目を引いたのが、「汚水路の排泥作業」という依頼。

王都の北東区画、貧しい人々が住む地域で水路が詰まり、悪臭や害虫が発生する問題が起きているらしい。水路に溜まった泥やゴミを取り除く作業を手伝う人を募集しているようだ。

報酬はそれなりにあるが、当然ながら酷い悪臭や汚物との戦いになるので、嫌われてずっと放置されていた模様だ。


(でも、これ……下町で苦しんでいる人たちを少しでも助けられるかもしれないし、俺の“ウォッシュ・テクノロジー”スキルの手がかりになるかもしれない)


思わず張り紙に手を伸ばした。

前世で学んだ排水管理や汚物処理の知識が、もしこの現場で活かせるなら――俺が“追放された無能勇者”でも、何か形にできるかもしれない。

そう思い、意を決して依頼票を引きちぎり、受付へと戻る。


「これ、受注したいんですけど……」


再び対応してくれたのは、先ほどとは別の男性職員。依頼票を見て小さく苦笑している。


「汚水路の排泥か……なかなかすごい仕事を選んだな。誰もやりたがらなくて困ってたんだ。ありがたいよ。現地の親方が指示してくれるはずだから、詳しいことはそっちで聞いてくれ。開始は……できるだけ早い方がいい、って話だったけど、今日から行けるか?」


「はい、大丈夫です。すぐ向かいます」


「よし、じゃあギルドカードを……登録完了な。気をつけてな、悪臭で倒れないように」


そう言われ、俺は苦笑しながらギルドカードを受け取った。

汚物の悪臭など、前世の職場でも下水処理関連のテストで多少慣れてはいる。……とはいえ、生身で泥を掻き出す作業となると話は別だ。


しかし、まずは“これ”をやってみないと始まらない。何か突破口がつかめるかもしれないし、やるからには中途半端にしたくない。

俺は依頼票を片手に、王都の北東区画を目指して歩き出した。

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