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異世界召喚、そして放逐

俺の名前は中宮斗斗(なかみやとと)

気がついた時、目の前にはきらびやかな紋章が刻まれた大理石の床――そして、その床の上に描かれた魔法陣のようなものがあり、その中心に立っているのが自分だと気づいた。まわりには豪華な衣装をまとった人々がずらりと並び、その視線が一斉にこちらへ向けられている。


「成功…したのか?まさか、これが本当に“勇者”なのか?」


玉座の近くに立つ男が怪訝そうに呟く。どうやらここは王城の“召喚の間”らしい。圧倒的な荘厳さと、まるで儀式の最中だったかのような緊迫した空気が漂っている。


――それにしても、俺は確か車に轢かれて死んだはずだ。

日本での前世。企業内での出世争いに敗れ、ライバルの昇進が発表された日。やけ酒を飲んだ帰り道、半ば放心状態で横断歩道を渡っていたところを車に撥ねられ……。そこまでの記憶はあるのに、いまは全く別の世界にいる感覚。

混乱する頭を必死に働かせていると、控えめな声が聞こえた。


「よくぞ参られました、勇者様……!」


そちらを見ると、白く優美な衣装を身にまとい、どこか神聖なオーラを纏う女性――聖女らしき人物が丁寧に一礼している。後ろに続く護衛らしき人々も驚いた様子だ。

彼女は申し訳なさそうに眉を下げ、俺に向かってかすかに頷いた。


「あなたは魔王を倒すための“勇者召喚”の儀式によって呼び出された方です。ですが……」


遠慮がちに視線を下げる聖女。その様子から、どうも儀式どおりにいかなかった雰囲気が伝わってくる。


「おい、さっさとそやつのステータスを鑑定しろ!」


玉座に座る男――大柄で派手な王冠を戴いた王が怒鳴るように命じる。周囲には王宮の高官や騎士らしき者たちが居並んでいるが、いずれも微妙な表情を浮かべている。

召喚された“勇者”たる俺を値踏みするかのように、神官の一人が杖を掲げ、宙に魔法陣を描く。魔力らしき淡い光が俺の身体を包み込み――


「……これは……っ」


神官が険しい顔で唸った。周囲がざわめく。その一方で、俺はまだ事態を把握できないまま突っ立っているだけだ。


「何か問題でも?」


王がいらだった口調で問い詰める。神官は再度確認しようとでもいうように魔法陣を凝視し、そして深く首を振った。


「陛下、ステータスの数値が……攻撃力:1、魔力:1、体力:2……まるで一般人も同然に低いもので……。さらに“勇者としてのスキル”は一応登録されていますが……な、なんだこれは?ウォッシュ・テクノロジー……?」


「ウォッシュ?なんだそれは?」


王だけでなく、周囲の貴族や騎士たちも首を傾げるばかり。

“ウォッシュ・テクノロジー”――俺自身も聞いたことのないようなスキル名だ。なんとなく前世で研究していたトイレ関連の技術を思い出させなくもないが、どうせ攻撃や魔法とは関係なさそうだ。


「これが我が国を救う“勇者”だと?聖女アリシア、貴様は一体どういうつもりだ!」


王は怒りを露わにし、聖女を鋭く睨みつける。

彼女はうろたえた様子で首を振る。


「申し訳ありません。儀式は何度も確認し、間違いなく行いました……。だけど、結果が……」


「もういい!これでは使い物にならん!」


王は目を剥き出しにして吠えると、側近たちに指示を出した。


「そやつをとっとと追い出せ!資金も時間も限られているのだ。魔王軍に対抗するためにも、もっと有能な勇者を呼び出してもらわんと困る!」


――そう言われてしまえば、反論できる材料は何もない。俺は戸惑いながらも、その場で何やら衛兵らに囲まれ、文字どおり“肩を押される”ように退場させられていった。


「お、お待ちください陛下!せめてもう少しだけ……」


聖女は取りなそうとするも、王の剣幕に押し切られたのか、何もできずにうつむいてしまう。

ちらりと目が合ったが、彼女は申し訳なさそうに唇を噛んでいる。聖女たる立場もあってか、この場で王に真っ向から逆らえるわけもないのだろう。俺は小さく頷いてみせ、「気にしないでくれ」と、心の中で伝えるしかなかった。


結局、王宮での生活どころかまともな歓迎もされないまま、俺はあっという間に追放されてしまった。

追い出される際、一応“勇者召喚”で呼び出した責任からか、革袋に入った少量の銀貨だけは渡された。それでも当座の宿代にもなるかどうか――という微妙な額だ。

しかも本人確認のための簡単な身分証らしき板切れに「身分:元勇者候補」と刻印されているのが、なんとも情けない。


「はあ……参ったな」


王城の正門を出て、噴水広場のある坂道に降りたところで、思わずため息をつく。

まわりには露店が並び、多くの人々が行き交う王都の賑わいが広がっている。けれども自分の居場所はまるでない。

“勇者”として期待されるどころか、完全にお払い箱。同じ異世界転移でも、よくあるファンタジー作品のように「最強スキルを持つ英雄です!」なんて展開はどこへやら。俺のステータスは限りなく凡人――むしろそれ以下、らしい。


ふと、自分の前世を思い出す。

――日本で働いていたのは、トイレ関連の技術を研究する大手メーカー。最先端の洗浄システムやら節水機構やらを追求し、便利で清潔な生活を支える仕事に誇りを持っていた。

だが、企業内での出世争いに敗れ、ライバルの昇進を目の当たりにして心身ともにすっかりズタボロになり……やけ酒を飲んだ帰り道、車にはねられてしまった。それが自分の最期だった。

それから一転、この世界で召喚され――。せめて"勇者"とやらを名乗れるのなら人生逆転かも、と思った矢先に「ゴミスキル持ち」で放り出される始末だ。


胸の奥がずしりと重い。それでもいまは生きている。死んだはずの俺がこうしてまた動けるというのは、ある意味では奇跡だ。

どんな形であれ、新たに与えられたこの命を無駄にはしたくない。――そう思って、拳をぎゅっと握りしめる。


「とりあえず、寝床と飯を確保しないとな……」


王都の城下には、身なりがあまりよくない人々が行き交う下町もあると聞いた。安い宿屋があるなら、そこを探してみるしかない。これだけの銀貨があれば、数日はやりくりできるかもしれない。

どこからか強い悪臭が漂ってきて、思わず鼻を押さえる。よく見ると、道端にはゴミやら汚物のようなものが放置されている。これが“王国の首都”かと思うと、ちょっと衝撃的だ。

前世の日本とは比べものにならない不衛生さに、背筋がぞわりとする。小さな水路には汚れた水が停滞し、ゴミが積もって沼のようになっているところまである。


とはいえ、考えてみれば俺は“本当に何もない”わけじゃない。

――ウォッシュ・テクノロジー。

まるでシャワーや洗浄機能を連想させるそのスキルが、何かの役に立つかもしれない。いや、そうであってほしい。

身体に力が入らないほど落ち込みそうになるのを、必死にこらえる。


「……とにかく、まずは生き抜くしかないか」


俺は空腹をこらえながら、城下町の人混みの中へと足を踏み出した。魔王だの勇者だのと言われたけれど、この世界で一体何をしていけばいいのか――まるで見当がつかない。

けれど、こうなった以上、自分の力で道を切り開くしかないのだ。たとえ“役立たず”と罵られようと、前世から続くこの“ものづくりの熱意”だけは捨てられない。

俺の“新しい人生”は、ここから始まる。たとえ下町の汚れた路地裏でも、どこかに俺の場所があると信じながら――。


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