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春風 咲来 短編集

夢のつづきを、君と重ねて。

作者: 春風 咲来

努力を続ければいつか夢は叶うなんて、それこそ夢物語かもしれない。

それでも、諦めきれない夢を抱えて生き続けている。

彼にとって夢とは呼吸に等しいものだった。


オーディション今度もダメだったな…今日で25になるっていうのに。

やっぱり俺に才能なんてないのかな…

高校でバイトしてやっと入れてもらった養成所だって、昨年、年齢がオーバーして退所してしまった。

こんなに落ち続ければ、なんとか入れてもらった今の事務所もクビになるかもしれない。

夕陽が綺麗だと感じて、余計に感傷に浸ってしまう。

「はぁ…」

その時だった、ふと俺の耳が歌声を拾った。

澄み渡る朝焼けの空気ように美しく、心をそっと包み込むように優しい声、しかしどこか悲しげな声が今の俺に重なる気がして、気づけば声の主を探して階段を駆け登っていた。

人道橋の中心に、その声の主はいた。

先程の歌声がよく似合う印象の少年は俺の視線に気がつくと、銀の髪をキラリと風に靡かせた。そして僕を見つめ、少し驚いたような顔をしてからふわりと微笑みこう問いかけた。


「君は、僕が見えるの?」

「えっ?」

何を言っているのだろうこの少年は、はっきり見えているのに。

しかし、その様子は冗談を言ってからかっているようには見えない。

俺が返答に困っていると、少年は納得したようにこう続けた。

「嬉しいな、幽霊になってからもこうして僕の歌声を届けられるなんて。」

「幽霊っ!?……なんか未練があるとか、っすか?」

「そうだね、僕はずっとアイドルになりたかったんだ。

幼い頃からレッスンに通わせてもらって、完璧な僕としてステージに立って、たくさんの人を笑顔にしたかった。

その夢のためなら、努力を惜しまなかった。

14の時にデビューの話をもらって、僕はよりレッスンに励んだ。周りから体を壊すと心配されたけど、僕なら大丈夫だと驕って過信していたんだ。

けど、忠告は当たってた。お披露目ライブをさせてもらう一ヶ月前、今までの無理が祟って、僕の喉が潰れた。体も、使い物にならなくなった。アイドルになる夢は、僕は、たった一瞬で壊れてしまったんだ。

死因はわからないけど、気づいたら僕は動くことや歌うことはできるけど誰にも見えないこの体で、アイドルの真似事をしてた。」

何度も繰り返し後悔したのだろう、その表情は、涙は、少年のものではなかった。


「よかったら、俺にレッスンしてくださいよ〜。俺もアイドルが夢で、諦めきれなくてもがいてる最中なんだけど、全然だめだめでさ。14でデビューの話がくる実力者のレッスンなんてなかなか受けられるもんじゃないし、そうするうちになんか成仏するきっかけがわかるかもしれないっしょ?一石二鳥!」

少年を励まそうと気づけばこう口にしていた。

「ふふっ、君、変わってるって言われない?いいよ。」

拍子抜けしたように笑いをもらした表情は年相応で愛らしかった。

「僕の名前は、北野 冬斗(きたの ふゆと)よろしくね。」

「俺は南川 春真(みなみかわ はるま)よろなくな。冬斗。」

体温のない不思議な握手、何かが変わりそうな予感に春真は胸を弾ませた。


次の日から、自宅にて冬斗のスパルタレッスンが始まった。

「そこ!サビの振り付け遅れてる!」

「はいっ!」

「歌が半音ずれてる!!」

「すみません!」

「もう一回!やり直し!」

「はっはいっ!!」

「体の軸が…声の安定感が…!!!」

「ひぇっ、今までの先生達の中で一番厳しーっ!」

「えっ?なんか言った?つべこべ言わずやり直しっ!!」

てか、冬斗の指導に熱が入るたびにポルターガイストおこってる気がするんだけど…

「あっ!今余計な事考えてたでしょ!?集中!」

「はいっ!集中しますっ!」

「まったく…どっちが年上なんだかわからないね。

でも、その楽しそうに歌うところと、僕の指導にめげないガッツはいいよ。

正直、少し羨ましいくらい。」

「何か言いましたか?すみませんよく聞こえなくて、もう一度言っていただけると…」

「なんでもないよ!ほら、続けて!」

春真の熱心な姿がかつての自分に重なって、冬斗は少し不安になった。

「よし、今日はこれでおしまい!休息もきちんと取らないと、お客さんの前に立つ前に僕の二の舞になっちゃうからね!」

冬斗の最大の自虐ネタに、春真は最大限にリアクションに困った。

「あれ?面白くなかった、かな。」

なんとも気まずい空気に、2人とも苦笑いを浮かべていた。


春真が冬斗の指導を受け始めてから2週間後。

「春真くん、最近ぐんぐん上達してるね!」

「本当ですか!?ありがとうございます!!実は、ものすごく憧れのアイドルができたんです。」

「いいね、そういう存在がいるとモチベーションも上がるしイメージも湧きやすいし。

春真くんはもともといろんなアイドルを研究してるし、やる気も高いし、努力家だから心配はしてなかったけどね。」

「ありがとうございます。」

ダンスの講師に褒められて、春真は目を輝かせているが、その後ろで冬斗は小さな違和感を感じていた。


春真は確かに上手くなっている。しかし、講師達から褒められる回数が増えれば増えるほど、春真のパフォーマンスは徐々に冬斗に酷似して行った。

その疑問を冬斗は口にすることができぬまま、春真は次のオーディションに挑む事になる。


冬斗がダンスを見せるたび、春真の瞳は冬斗だけを映す。

冬斗が歌うたび、春真の心は冬斗に囚われる。

「やめて」

僕が、アイドルになるたびに、春真のアイドルとしての魅力が失われ、自身の目指していた人を幸せにするアイドル像からもどんどん遠のいていくようで、膨らみすぎた歌声と向けられるやけどしそうなくらい熱い視線に耐えられなかった。

「どうしたの?冬斗、君はまさしく理想のアイドルだよ!君みたいになりたい、君みたいに完璧なアイドルに。もっと君のパフォーマンスを見せて?」

ああ、僕はアイドルとして2度目の死を迎え、同時に1人のアイドルを巻き込んで殺してしまったんだ…

「春真…君は…今の君は君じゃない。たくさんのアイドル達の魅力を集めたような、君の努力が人の心を揺さぶるような、何よりもっと楽しげで、僕よりも素晴らしいアイドルになれる素質を持っていると直感した。それなのに、」

「一番素晴らしいアイドルは、冬斗だよ!君の歌声が俺の心を揺さぶったんだ。」

「ごめんね、春真。明日のオーディション応援してるよ。」

冬斗は頭を冷やしてくると言って外に出ていった。


「9番、南川春真ですっ!よろしくお願いします!」

練習通りミスなく、冬斗ならこうする、冬斗ならこう表現する、

「春真くんいいね」「25歳って聞いたから心配したけど、今までデビューしてなかったのが不思議なくらいの逸材じゃないか。」

審査員達からそんな囁きが聞こえてくる。

いいぞ、この調子で。

「うーん、彼、上手いけど面白みはないね。」

「このダンスの癖と歌い方、誰かに似てる気がするんだよな…

あれは確か、悲劇の天才、北野冬斗だ!!」

冬斗を知ってる…!?思わず審査員に視線を向けてしまう。

「はい、終了。悪くはないけど、君は北野冬斗の映像か何かを参考にしたのかな?」

再び出た冬斗の名前にどきりと心臓が脈打つ。

「はっ、はい!完璧な北野冬斗は、俺の憧れで理想のアイドルです!」

「だろうね、彼は天性のアイドルだった。そして君のパフォーマンスはまるで彼の完コピだ。でも君が真似を極めたところで彼には勝てない。君は彼を追い続ける偶像だ。面白みがないんだよ、君からは心が感じられない。そんなアイドルに誰が魅力を感じる?」

じゃあどうすれば俺は魅力的なアイドルになれるんだよ、冬斗以上のアイドルなんていない。冬斗ほどのアイドルが一度もステージに立たず、世に出ないまま終わってしまうだなんて、世界もずいぶん惜しい事をした。

「ありがとうございました。」

俺は冬斗以上のアイドルになれない、審査員から言われた言葉は図星だった。

「今度は、君自身のパフォーマンスを見せてくれる事を楽しみにしてるよ。」

審査員の心からの祈りの言葉は、春真の心には届かなかった。


「今日のオーディション見てただろ、冬斗。冬斗以上の魅力があるアイドルなんていないに決まってるよな。」

「僕は、審査員の人の言ってた事間違ってないと思うよ。

それに僕はまだアイドルになっていなかったよ。だって、まだステージにお客さん達の前に、ファンの前に、立ったことがないんだから。」

「冬斗は最高のアイドルだよ!俺は、君以上のアイドルを知らない。」

「君がそう思ってくれるのは嬉しいけど、それで無意識に僕の真似をしてしまうなら、君の夢は、アイドル、南川春真はどうなるの?」

「冬斗…」

「君は君のままで、充分アイドルの才能があるよ。

君が僕のファン第一号なら、僕が君のファン第一号だから!

だからね、見届けたいんだ。」

冬斗のその表情は、消え入りそうなほど儚かった。

「わかった、冬斗がそう言うなら、もう一度足掻いてみる事にするよ。」

「よかった、ありがとう。」


しかし、一度ついた癖はなかなか治らなかった。

「やっぱり、僕の目を気にしすぎてる。ファンが見えてない。」

「意識してないつもりなんだけどな…」

「僕は、君の元を離れるよ。」

「え?」

「基礎や技術は十分身についてる。あとは、君が見つけるだけだよ。さよなら。」

そう言い残すと、冬斗は姿を消してしまった。


「俺は俺として……

そうか!冬斗は常にファンの前に立つ事を楽しみにしていたんだ!!」

今ならできる気がする。

流れるように体がなめらかに動く、楽しい…!!

「ありがとう、冬斗。」

冬斗が去って行った方向を見つめれば、2人が出会ったあの日と同じ夕暮れがあった。

「春真なら、できるって信じてたよ。」

冬斗は、春真の瞳と同じ夕陽色の中に溶けていった。



数ヶ月後……

「春真くん、ソロデビューしてみない?」

「本当ですか!?社長!!ありがとうございます!!」

「しっかり頼むよ。」


浮かれた帰り道、何度も暗い気持ちのまま歩いたあの人道橋。

俺を変えたお礼を伝えたい相手はもういない。

「冬斗…」


「春真…?」

都合の良い幻覚かもしれない、しかし今目の前にいるのは紛れもなく。

「冬斗…!」

喜び勢いのまま抱きつこうとすると、すり抜け…ない。

「春真、僕、生きてたみたい。

生霊っていうのかな…倒れてから今年までそういう状態で彷徨ってたらしいよ…

先月、手術が成功してね、リハビリを頑張ったらまたステージに立てるかもしれないって!」

「よかった、本当によかったな、冬斗。

俺も、ソロデビュー決まったよ。」

「やったね!おめでとう、春真。春真は頑張り屋さんだから、今度は春真が体を壊さないように気をつけてね。」

「冬斗もな!頑張りすぎない程度にリハビリ頑張れ!」

「うん!君が好きだと言ってくれた、たくさんのファンのみんなを笑顔にできるアイドルになるよ。」

「俺も、アイドル、南川春真として北野冬斗を越えるアイドルを目指す!」

「僕だって負けないよ、ふふっ、僕達が組んだら最強のデュオアイドルになれそうだね。」

「俺が、冬斗の隣に立っていいのか…?」

「もちろん、良いに決まってるでしょ。」

「いいな、それ!」

「ソロもいいけど、デュオも新しい演出がたくさんできるし、僕達2人でパフォーマンスするのはきっと楽しいよ!」

「そうだな!」

「約束だよ。じゃあ、1つだけお願いしてもいいかな?」

「お願い?冬斗からのお願いならもちろん!」

「これを、僕と一緒に完成させてほしい。

この曲を、僕達のデビュー曲にしよう!」

冬斗が差し出したのは、未完成の楽譜と詩だった。 

「デビュー曲を、2人で…俺、作詞作曲にはそんなに詳しくないけど、精一杯勉強して頑張るよ…!!」

春真はその楽譜のワンフレーズを口ずさむと、すっと心に染み込むように優しく温かで切ないメロディーをたちまち気に入った。

同じように、冬斗も口ずさむ。

歌い方は反対のようだけれど、自然と2人の声が馴染む。

「あの人たち、すっごく歌上手くない?」

「なんて曲だろう!」

階段を登っていた人々は、そのワンフレーズに魅了された。

「グループ名も考えないとね!」

「偶然、僕達の名前には方角と季節が入ってるから、世界中どこまでも、1年中魅了していられるような名前がいいよね。」

「これからデビューする人たちなんだね。」

「楽しみ!絶対推す!」

先程の2人組の会話も聞こえないほど、冬斗と春真は夢を膨らませている。

「俺は君が舞台に戻ってくるための土台を作って、待ってる。

そして、俺自身も、スタッフ達に実力が知れ渡っていて奇跡の復活を遂げた君の話題性で売れたと言わせないために!」

「僕は、リハビリを頑張って、元の状態に戻すよ!

中途半端にステージに立って、君の足を引っ張らないためにもね。」

「2人で、社長にも掛け合ってみよう!!」

「あの日何もかも壊れてしまったと思った僕の夢の続きが、今君の隣でもう一度始まるなんて、それこそ夢みたい。」

「俺の方こそ、冬斗がいなかったら、デビューの話は来なかったし、それこそいつか周りの圧力に耐えられなくなって諦めていたかもしれない。」

朝焼けと、夕暮れの色の瞳で微笑み合う。夢がもう一度羽ばたく。


約束から半年後、いよいよ2人の夢が叶う瞬間がやってくる。

「いよいよだね、春真。」

「うん、冬斗珍しく緊張してる?」

「少しね、でも、楽しみな気持ちの方が大きいよ。やっと掴んだお披露目ライブだもん。」

「気が合うね、俺も同じ気持ちだ。」

「行こうか!」「最高のステージへ!」


「みなさん、本日はご来場ありがとうございます!僕達、

stella(ステラ)です!」

「絶対に後悔させない、星の輝きのようにみなさんの心を照らし続けられるようなライブにします!」

割れんばかりの拍手は、暖かく2人を祝福した。

眩いライトが2人を照らす。

「最初の曲は、僕達2人で作ったデビュー曲です。」

「この曲は、誰もが抱えている心の傷を、優しく包み込み、そっと癒すイメージで、俺達のグループ名でもあるstella、星のように、たとえあなたがどこにいたとしても光を届けて希望へ導くイメージで作りました。」

「僕らの夢と、みなさんの夢が重なる時、心に灯り続ける永遠の輝きを!」

「それでは聞いてください!夢、重ねる刻(ゆめ かさねるとき)

光がアイドルを照らし出す。

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