第94話:光に包まれて
戦いの始めからフレアは魔法陣と魔法を多数展開していました。まるで私に見せつけるかのようにです。その光は、星の輝く空にさらに光を足すようなものでした。それは、普段見る夜空とは比較できないレベルに美しいものでした。私はそれに対して、用意してきた針、予め私の魔素を十分に浸透させたものーを展開しました。
これに気づけたのはある種偶然でした。オストさんのお店の手伝いをしていた時、金属で出来た物に対して魔素の通りがあまりにもよかったのです。それこそ魔素が馴染みすぎて意のままに操れるかのように錯覚するほどに。まあ、私の視界の中で飛び交う針の群れがそれが錯覚ではなかったことを証明しているのですが。
そうして展開した針は狙い通りにフレアの魔法のうち、有効打になりそうなものをすべて打ち消してくれました。しかし、それはあくまでもおまけ。本命はフレアにかすり傷でいいから攻撃を当てること。そうすればフレアの体に掛けられた魔法はすべて消え失せる。そうすればフレアは翼を失って地へと堕ちるはずです。
実際、その願いは叶いました。針の群れを二分して手元に戻し、一部を魔法も魔法陣も消さないようにしてフレアの下へと向かわせました。なぜなら、フレアはその動きから魔素の特性を逆に利用して消えた魔法陣から針の軌道を逆算していると予想できたからです。
結果として、フレアは地に墜ちました。しかし、フレアは魔道具を使って風のクッションを作り、うまいこと体勢を整えてしまいました。空中で魔法が使えなくなることはさすがに対策済みだったようです。ですが、あまりにも出力が強すぎる。その結果、フレアの視界は土煙で覆われた。フレアにとってそれはあまりにも致命傷でした。
見事に直撃を受けたフレアは地上へと逆戻り。私は逆に空へと上がりました。これで形勢はひっくり返り、私が上に立ち、フレアは地へと戻った。
なのに、どうして。フレアの雰囲気がはっきりと変わったのを感じました。具体的には圧倒的な存在感。目をそらすことを許してはくれない、そんな圧。
そんな圧を感じた刹那、世界は光に包まれました。
その光が収まって視界に映ったフレアの姿は見たことのないものでした。真っ先に目に入ったのはフレアの背中にあるフレアの体よりも遥かに大きく見える一対の光の翼。いいえ、正確に言うと天使の羽のように見えるだけでエネルギーの奔流なのでしょうか。フレアの後方へと何か、少なくとも魔素ではない、エネルギーが流れて行くのを感じます。加えて、フレアの肩くらいだった金の髪は腰くらいまで伸びていて、そこからも同じエネルギーを感じます。そして、頭の上には同じ光で作られた王冠のようにも、ティアラのようにも見える何かが現れていました。
そんなフレアから私は目が離せませんでした。フレアの今の姿は初めて見るものなのにどこか完成したもので、自然なものに感じられて、それこそ最初からそうであったかのように。
フレアが動いた。真正面からルナを見ていたはずなのに即座に反応できませんでした。もしかして見惚れていた…?いいえ、そんなことを考えている余裕なんてありません。フレアは魔法を再び起動してこちらへと真っすぐ突っ込んできます。今度は魔法陣を出すことなく、その身ひとつで。そんなフレアに対して、さっきまでと同じように針を飛ばしました。
「防いだんですか!?」
しかし、同じことを再現することはできませんでした。フレアが剣へと同じ光を与えたかと思うと、その剣の一振りで針を弾いてしまったからです。しかも、フレアは止まることなく私の方へと向かってきます。つまり、あの光には魔素への干渉作用がある、ってことでしょう。
そのままフレアの勢いは止まることなく、ついに剣と剣があと少しで接触するというところまでフレアの接近を許してしまいました。フレアの突っ込んでくる勢いに対抗するために足場にしていた魔素の強度を上げて耐えられるようにして対策はしました。
ガキンッ。
金属音が響きました。以前受けた剣に比べて圧倒的に重い。下からフレアが突っ込んできたはずなのに、私の方が押される感覚。魔素の足場を強化してなければ間違いなく私は鍔迫り合いすらも許されなかったと確信できてしまいます。思わず声がこぼれてしまう。
「ねえルナ」
「なんですか?」
「次で終わりにするから」
そう言ったフレアは思い切り剣を弾きました。それと同時にフレアはさらに上へと上がりました。私は、その弾かれた勢いで魔素の足場が崩れて少し落ちてしまいました。見上げると、フレアは月を背景にして翼を広げていました。そしてフレアは剣を構え、光をさらに強く纏わせました。
「じゃあルナ、これを受け取ってよ。〈星空の祝福〉」
フレアの剣の光は様相を変えました。ただの光から虹を纏う光へ。夜空の下で輝くそれはそれこそ色とりどりの星雲のよう。
「行くよ」
フレアが私の方へと一気に距離を詰めてきます。私も剣へと魔素を強く込めていく。そうしないときっとあの剣を受けきることなんてできませんし、そんなこと私がしたくありません。あれは今のフレアの全力なんでしょうから。私の手のレイピアも光を纏っていく。色は夜に溶けてしまいそうな黒。
再び、剣が交錯した。今度は光同士が先にぶつかり合ったからなのか音はしなかった。代わりに何かが通り抜けていったような感じはしましたが、そんなこと気にしている余裕はありません。少しでも油断したり気を抜いたら確実に負ける。そう確信できます。そんな極限状態の中、フレアの声が聞こえてきました。
「ルナ、私はずっと、ずっとね。貴方のことが」
フレアの口が続けて動くのが見えました。そして紡がれた言葉は私の虚を突くものでした。同時にフレアから流れ出るエネルギーの量が大幅に増えました。刹那、足場が崩れ去ってしまいました。再び展開しようとしても、フレアにそのまま押し切られてしまいます。
背中から全身へと走る激痛。地面へと叩きつけられてしまいました。顔を上げると、目の前にはフレアの剣。
「これで勝ちでいいよね?」
微かな声でフレアがそう問いかけました。
ああ、そう言うことだったんですね。私はフレアに諦めて欲しかったんじゃなくて、フレアに私を諦めさせて欲しかった。それだけのことだったんですね。
「どうしたの?もう少し戦う?」
「いいえ、大丈夫ですよ」
―私の負けですよ―
その言葉は私自身もびっくりするくらいにあっさりと発することができました。心持ちも落ち着いていて、その事実も消化することができました。
―大好きなんだ―
夜空での交錯の中でフレアが発したその言葉は、後ろを向いて消極的に考えていた私の気持ちを前へと向けてくれました。
それと同時に私の胸中に芽生えた感情は、持て余しそうな感情は私の中に困惑を生み出してはいますが。ただ、それもまた私へと向かわせる一つの要因なのは間違いないでしょう。
「そっか」
そう言うと、フレアは剣をしまいました。それと同時に、フレアの翼は消滅し、髪の長さも元に戻り、普段の姿へと戻りました。フレアが元の姿に戻った後も光の残滓は残ってフレアの姿を照らし続けています。
「あっ、やば」
姿が戻るや否や、フレアはよろめいて私の方へとそのまま倒れてきました。
「ちょっと、フレア!?」
私が慌てて支えるとフレアは一瞬こっちを見て安心したかのような目をしたかと思うと私の方へと完全に体重を預けてきました。どうやら意識を失ってしまったようでした。私は上体を起こして座り直した後にフレアの頭を膝の上へと移動させました。
「フレアは、本当に仕方のない人ですね」
私はフレアの金色の髪を一回梳くとフレアが意識を取り戻すまでの間、頭を撫で続けるのでした。
「フレア、今日は月が綺麗ですね。聞こえてないでしょうけどね」
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