第93話:星空の下の決戦
「ところで、戦うのはいいのですが、条件はどうするのですか?」
「どちらかが諦めたとき、勝てないと思ったとき、でどうかな」
ルナは少し思案顔をしたあと、頷いた。
「わかりました。しかし、かなり曖昧な条件ですね」
「相手の体に触れるとかも考えたんだけどね。ここにそれを判定できる人は私達以外にはいないから。そうなると、互いの気持ちを持ってきた方がいいと思ったんだ」
「そういうことですか」
ルナは呟くと、私へと背を向けた。
「では、始めましょうか。ほら、フレアも」
「わかったよ。じゃあ互いに背を向けて十歩、ここから離れようか」
ルナが頷いたのを確認して私もルナに背を向ける。
そして、互いに見ることなく歩き始めた。地面を踏む音が計二十回耳に入り、そして静かになった。そうしたら聞こえる音は、少しの風とそれによって揺れる枝の音だけ。空には月と星が輝き、私達を微かに照らしている。そこで、私は二本の剣を抜いた。その手が少しだけ震えてしまっているのが感じられてしまう。やっぱり、不安なんだ。私が剣を抜くと同時に、後ろからも擦るような金属音が聞こえた。少し声を張り上げてルナに問いかけた。
「じゃあ、始めようか」
「はい」
その応えから一拍を置いて、互いに振り返ると一気に駆けた。離れていた距離は瞬く間に縮んだ。そして、剣は交錯する。
その剣はとても重かった。私は魔法を使っているのに、それでも重かった。一時鍔迫り合いをしたけれど、すぐに後ろに一歩引いた。よく見ると、ルナの持っている剣は私が贈ったものだった。そっか、受け取ってくれたんだ。
「その剣、使ってくれるんだね」
「…まあ、使えるものは使いますよ」
気持ち目を伏せてルナは答えた。そうすると、ルナは剣を握ってない方の手で何かを投げた。
「っち!!〈サンダリング・カタラクト〉!」
咄嗟に目の前に雷の網を展開した。そんな間にもルナは二回、三回同じように投げていた。その投げたものが雷の網へと接触するや否や、消滅してしまった。どうやら投げたものには魔法を打ち消す力があるらしい。すかさず再展開して、同時にすり抜けてきたものを迎撃した。どうやら飛んできたものは金属の棒だったらしい。長さは手の大きさと同じくらい、だと思う。どうしても視認性がよくなくて、正直かなり分かりづらい。避けれるものは避けて、どうしても避けられないものは剣で切り払った。ただ、剣で切り払ったとき、あまり大きくない針のはずなのに、かなり重く感じた。
そうして、魔法が消えて、迎撃してを三回繰り返した。正直、危なかった。そして、今目の前ではその針、大体数は二十本くらいだと思う、がルナの元へと舞い戻りルナの周りをふよふよと浮いている。
「これが今の私の力ですよ」
「それも魔法を消しちゃうんだね」
「そうですよ、正確に言うとこれは魔法を消す力の副産物に近いんですがね」
そう言ってルナが剣を振ると、それに同期するかのように針が動いた。それが、その針達がルナの思うがままに動くものだということを示していた。
「さあ、フレア。さっきの魔法だけじゃないんでしょう?もっと貴方の力を、魔法を見せてくださいよ。小手調べとかいうものじゃなくて、フレアの本気の力を」
「言われなくても、そのつもりだよ!」
私はその声と同時に複数の魔法陣を展開して、月夜へと舞い上がった。
「〈エレメント・バレット・フルバースト〉!」
地上にいるルナへと剣を向けて、夜空へと色とりどりの弾幕をばら撒いた。ルナはというとそれを見て再び剣を振るった。それと同時にルナの周りを舞っていた針が私の方へと飛んでくる。少しすると弾幕と針が衝突した。針の通った後には魔法の光は一筋も残っていない。結果的にルナへと当たる位置の魔法は全て掻き消えてしまい、当たることなんて考えずにばら撒いた魔法は全てルナの周りへと着弾した。そして、針はそのまま進み続け、私へと殺到する。今回ばかりは一発でもどこか、それも剣にぶつかるだけでもまずい。だって、今の私は飛行魔法やら強化魔法やらを重ね掛けしている状態だから、魔法を消されてしまうと、最悪死ぬ。普通に墜落死しかねない。だけど、そんなリスクを背負ってでもこうやって戦わないときっと私は後悔するから。消されるたびに魔法を展開し、それをルナが打ち消す、そんなやり取りの連続。
そうして針の挙動と魔法や魔法陣の消え方を見ていると、魔法が消えることで針の場所を特定できることに気づいた。これで針に対して気を遣わなくて済むようになる。多分閃光に対してもこれで対処できる。
そんな中、金属の針の動きが変化した。今まで全てが一まとまりになって私を追いかけていたのに二手に分かれた。一つは私をそのまま追い続け、もう片方はルナの方へと戻っていった。とにかくしばらく避けつつ魔法を撃ち続ける決定打のない戦いが続いた。こうしていると、私の方が先に体力が切れてしまいそう。だってルナほとんど動いていないし。私は魔法を全力で使いながらずっと動き続けているし。
そんな思考に落ちた瞬間だった。腕に何かに切り裂かれたかのような痛みが走った。それと同時に体が急激に重くなる。というか、重力に従って落ち出した。私の真正面にあった魔法も魔法陣も消えなかった。それどころか針の塊の通った軌跡以外のところは消えていなかったのに。もしかして針を魔法陣と魔法を避けるようにして私の下へと飛ばしたってこと?魔法陣同士の間には隙間があるけど、そこから放たれる魔法を考えると、一つたりとも消えないなんてこと、…ルナなら出来る気がする。
って、そんなこと考えてる余裕ない!唯一の救いは私が落下を開始したと同時に私の周りに展開していた魔法陣も消えたこと。だから落下中に魔法に当たることはない。だけど、結局体勢を立て直さないと、地面にぶつかっちゃう。
そこで、用意していた策の一つをポケットから取り出して地面へとぶん投げた。それは、風の魔法の術式を仕込んだ魔道具だった。自分がその場で編んだ術式経由での魔法は使えなくなってしまっても、術式を刻んでおいた魔道具に魔力を込める形なら使えると思って用意したものだけど、どうなるかわからない。そうして一縷の望みをかけて投げた魔道具は地面へと着弾するや、土煙が上がり、風の魔法が私を上へと軽く押し上げた。その一瞬で立て直し、ってあれ?魔法使える?すぐさまに魔法を使って、再び空へと舞い戻ろうとした。
そうやって体勢を立て直したところで、完全にルナを見失ってしまったことに気づいた。土煙が視界を遮っていることも一因になっているんだけど。とにかく、視界確保のために上へと向かう。そう考えた刹那、目の前に閃光が迸った。ギリギリ当たる前に止まって直撃は免れた。
だけれど、それがまずかったらしい、いや、多分一回被弾したこと自体がまずかったんだ。止まった瞬間、気配は感じないけれど、明確な殺気が飛んできた。そっちの方向へと咄嗟に剣を構えると強い衝撃が走った。それと同時に酷い虚脱感を味わうことになった。
魔法は消滅し、そのままの勢いで私は地面へと叩きつけられてしまう。少しすると土煙が晴れ、周りが見渡せるようになった。私の視界に映ったのは自らの周りに針の群れを従わせ、空中で私に剣を向けるルナの姿だった。
「そんなものなんですか?フレア」
頭上から冷たい声が降り注ぐ。
「私は貴方がいくら魔法を使おうともそのすべてを消して無効化してしまいますよ?だから、貴方は絶対に」
―私には勝てないんですよ―
私は叩きつけられた影響で痛む体を引きずるようにして立ち上がった。そして、ルナの方を睨みつける。私は絶対に諦めたりはしない。ルナの言葉を否定するために魔法陣を展開する。けれど、飛んできた針と閃光によって魔法を放つことすら許されずに魔法陣は消えてしまった。
「無駄なんですよ」
ルナの言葉はやはり暗に諦めろという意味を込めている物だと思う。正確には、諦めて欲しい、だと思うけど。だけど、そんなこと知らないから。私はルナに勝つ、絶対に。大好きなルナに、諦めて欲しくないから。ルナが諦めないようにすることを諦めたくないから。
刹那、あのときと同じ感覚が引っかかった。私は迷いなくその引っかかった術式を拾い上げた。
「ねえ、ルナ。私はルナに諦めて欲しくない。だからね、」
―私は貴方に絶対に勝つよ―
「精霊術式」
そして、世界は光に包まれた。
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