第92話:月下の再会
私は、草原に寝転がって月を眺めている。丸く満ちた月、それが今日の月だ。まあここに来るたびに見る月はいつもこうなんだけどね。ただ、そんな月を見る夜もいつもとは違う夜、それでいて私の、いや、私達の行く末を決める、そんな夜になる気が不思議とした。
そんな夜、そんな月に寝転がって手をかざしてみてみると、ふと何かの気配を感じた。何かが来るという前提でないと気づけないような薄い気配。だけど、私はその気配が誰のものかがすぐに分かった。私が隣に寝転ぶように促すと私の視界に銀糸が一瞬映って、消えた。
そうして、二人で月を見上げることになったけど、沈黙が二人の間を支配した。まあ、私も、きっとルナもだけど私たちがこうして顔を合わせるのは久しぶりだ。どちらが先に動くのか、どこか様子を伺っているようにも感じた。
「「ねえ、あっ」」
声が重なった。そして、互いに顔を見合わせる。ルナの顔は相も変わらずに綺麗だった。その黒い瞳の輝きは色あせてないように見える。でも、その奥には何か別の吸い込まれてしまいそうなものを感じてしまう。
そうして訪れた再びの沈黙。それを破ったのはルナの方だった。
「フレア、久しぶりですね」
「…そうだね」
その声の上には正負ごちゃ混ぜの感情が乗っているように感じた。
「ええと、ですね。正直言って私、こうしてフレアと再開することまでしか考えてなかったので、何を話そうとか考えていなくてですね」
「そうなんだ。じゃあゆっくり考えてよ。その間、考えながらでもいいからさ、少し私の話を聞いてもらいたいかな」
隣を見ると、銀の髪の奥の黒い瞳が私の方を見つめていた。その瞳の中には複雑な感情が渦巻いているように見える。
「あのね、私、ルナと前に会ったときってかなり不安定な状態だったんだ。精神的にね。あのときの私ってうまく魔法を使えなくなってたし、剣も握れなくなってたから」
私は左手を月にかざしながらそう言った。横目で見ると、ルナは目を見開いて私の方を見つめていた。
「それで、ルナに魔法を使ってほしいって言われたでしょ?あのとき、確実に魔法自体は使えたと思ったの。だけど、結果は何も起こらなかった。そりゃそのときは慌てたよ。今までにこんなこと一回たりとも起きたことなかったんだから。そんな中でルナが出て行ってしまって、もうどうしたらいいのか分からなくなってたんだ」
そこで私は一回言葉を止めて、目を閉じた。ここから先の言葉を発するには正直覚悟がいるから。それを聞いたルナがどう思うのかもわからない。何よりも、結果としてルナに嫌われたくない、という感情が出てきてしまう。だけれども、ついに会うことができたなら話さないなんて選択肢はない。そして、覚悟を決めて目を開いて話を続ける。
「それからトリステラ様から魔女についての話とかを聞いたんだ。それで、ルナが魔女になったかもしれないってことに気づいたんだ。もしかしたらルナが魔女になったから、魔法を否定してしまうから魔法のことが大好きな私から距離を取るためにどこかに行ってしまったんじゃないかってことにもね」
私はルナの様子を見ながらも話を続けた。ルナの表情からはその感情を読み取ることが出来なかった。
「でもね、私はそんなルナのことを捨てておけなかった。諦めたくなかった。だからね、私頑張ったんだ。ルナに魔法は素晴らしいもので、ルナが例えどんな人であったとしても、それこそ魔法を否定してしまうような人だとしても、美しく、そして、奇麗なものであることを伝えたかったからね。剣だって握れるように頑張った。魔法だってうまくコントロールできるまで練習し直した。その途中何度も倒れたりしたし、吐いたりもした。とても辛かったんだ。だけどね、それを乗り越えて今私はここにいるんだ」
私は月にかざしたままだった手の上に炎を生み出した。それは調整したこともあって少し暖かいかな?くらいの弱々しいものだけれど、その弱々しさこそが、私が魔法を再び操れるようになったことの証拠になっている。そして、手を握りつぶしてその炎をかき消した。そのまま手を下ろして、腰の剣の柄に触れる。大丈夫、私は剣を握れる、魔法を使える、戦える。
「それも全てルナに魔法を見て欲しいから。ルナが魔法を消してしまったとしてもいくらでも生み出せばいい。だから、ルナの心配は気にしなくてもいいんだよ。ルナの魔女としての力はルナが思っているようなものじゃないんだ。私はあなたに一緒にいて欲しいんだ。私はね、ルナと一緒にいたいんだ。隣にいて欲しいんだ」
私は最後、笑いかけながら語っていた。ルナは、表情を変えることなく私の話を聞いていた。少し待っていると、意を決したのかルナは口を開いた。ただ、その瞳に映るのは諦観の念のように見えてしまった。
「フレアの気持ちはわかりました。けれど、私はそれに答えることは出来ません」
その言葉は私のお願いへの否定の意だった。…そっか。なんとなくそんな気はしてたんだ。
「私がなんでフレアに会いにここに来たのか話しましょうか」
ルナは、私が腑に落ちてしまっている横で、ルナはそうポツリと呟いた。
「私は、魔女になってしまったんですよ。そして、それはきっとフレアにとって都合の悪いことでしょう?」
そんなことはない、と言葉にしようとしてもそう語るルナの顔を見るとそれを口に出すことは出来なかった。そんな私を知ってか知らずかルナは言葉を続ける。
「だって今の私はフレアの大好きな魔法を消してしまうんですよ?貴方が!愛してやまない、その魔法を!…それが私は嫌で、嫌でたまらないのです。当然、私もどうにかしようとはしましたよ。でも、ダメでした。むしろ、調べれば調べるほど、知れば知るほど、むしろどうしようもないことが分かってしまって。救いなんてないんだ、って実感してしまって。もう、私は辛いのです」
その声はあまりにも苦しそうだった。嗚咽混じりで話すルナを見ていると、ルナのその苦しみが理解できてしまった。私はルナに隣に立っていて欲しいと思っている。でもルナは私から離れて居たいと思っている。そうした方が互いに幸せだと考えているから。私はそんなルナの気持ちに応える気はない。だって、一緒にいたいんだから。だけれども、ルナもそれは同じなんだろう。結局、私たちの気持ちは交わらないんだ。
「だから、これだけは言わせてください。ごめんなさい、フレア。改めて言いますね。私たちは一緒にいない方がいいんですよ。そうした方がきっと、互いに幸せなんですよ」
ルナはそう言って私に笑いかけてきた。その目には涙が浮かんでいた。これがルナの本音なのか、それとも違うのか。どちらにしても、これは明確な拒絶の言葉。
…仕方がない。あまり、いや、絶対にやりたくはなかった提案をするしかないか。多分、これにルナは応えてくれる。応えてしまう。
「ねえ、ルナ。私も言いたいことがあるんだ」
「なんですか?」
「私はルナと一緒にいたいんだ。でも、ルナはそうじゃないんだよね」
「はい」
「で、互いにこの気持ちを譲る気はない」
「はい」
「そこで一つ提案があるんだ」
そこで私は一回言葉を止めた。覚悟がいるから。本当は避けたいことだから。だけど、避けちゃダメ、逃げちゃダメなこと。そうしないと納得できない。
「…あのね、私と戦ってほしいんだ」
ルナは目を見開いた。まさか、こんなことを言うとは思っていなかったと言わんばかりの表情だった。
「それはどんな意図で?」
戸惑い、当惑、そんな感情が入り混じった声だった。私はそんなルナに対して言葉を続ける。
「互いに意見が違って、どんなに話したとしても話が平行線なら、いっそのこと一番単純な手段で決めるのがいいと思ったから、かな。それが早いでしょ?」
「なるほど、確かにそうですが」
そう言うと、ルナは立ち上がって私を見下ろしてくる。その瞳は相も変わらず黒いけど、敵愾心が含まれているように感じる。
「私に魔法は通用しないんですよ?魔法使いである貴方がどうやって私に勝つつもりなのですか?」
私はその言葉に応えるためにルナに並び立つ。やっぱり私よりもルナの方が頭の位置は上になってしまう。今のルナから感じる圧を跳ねのけるようにルナの瞳をジッと見つめた。
「そんなの関係ないよ。私はルナに勝ってわがままを聞いてもらうから」
「私だって同じですよ」
そう言って、ルナは無表情で呟いた。これでなんとかルナは私の提案に乗ってくれた。結局穏便に話を進めることは出来なかったけれども、道だけは繋がった。あとは私がどうにかするだけだ。
やることが多くて更新が大変ですが、頑張ってどうにかします。
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