第90話:覚悟を決めて
「それじゃあ、私は王城に戻るね。オスト、期待してるからね」
そんな声とともにフレアはオストさんのお店を後にしていきました。…私は結局話したいと言っておきながらも一歩も動くことが出来ませんでした。情けない、そんな言葉を自らに投げつけてしまいます。
「ねえ、貴方もそう思うでしょ?」
フレアが去って言った後、二人は話し込んでいましたが、不意に私の方へと意識を向けてきました。そして、そのままこちらの方へと移動してくるのを感じました。
「ねえ、ルナ様。どうだったかしら?今のフレア様の心情を聞いて」
「フレアも苦しんでいたんですね。でも、前を向いていました」
そう言って、私は私自身を思い返してしまって言い淀んでしまいました。だって、私はフレアと違って止まったままなんですから。
「一方、私はどうなんですか。フレアと顔を合わせる機会を見逃してしまって、結局怖くて動けなかったんですよ?いくらフレアが気にしてなさそうだとしてもです」
私はキリキリとそんな心情を吐き出してしまいました。でも、吐き出したからでしょうか、それとも、フレアがこんな臆病な私を見越してなのか、たまたまなのか希望を残していたからなのでしょうか、曇りが取れていくような感覚を覚えました。
「で、ルナ様はどうしたいんだ?」
どうしたいか、ですか。…分かっています。私がどうすべきか、どうしたいのかは。後はそれを口に出してしまうだけなんです。ですけれど。
「ルナ様?」
二人が不安と困惑の混ざった瞳でこちらを見てきます。
「いえ、少しだけ迷っていまして」
二人は私が続ける言葉を待っているようでした。しばしの逡巡のあと、私は意を決して口を開きました。
「とりあえずフレアの言ったことを信じて一回私の本来の居場所まで戻ってみようと思います。それからのことは、そこにあったものを見てから考えようと思います」
「そう、それじゃあ近いうちに戻るのかしら。少し寂しくなるわね」
「はい、近いうちといいますか、それこそ明日とかにですかね」
「あら?今日、今すぐに帰るとか言い出すと思っていたから少し意外だわ」
「ただ、少し気持ちの整理をしたいだけですよ」
コレイさんは、なら今日の分のご飯とかは用意するわね、と答えて引っ込んでいきました。入れ替わるようにオストさんが声を掛けてきました。
「なあ、例えばの話なんだが、フレア様と話が出来るところまでいったとして、もし話が平行線になってしまったらどうするんだ?」
「それは…」
どうしましょうか、とは口に出ませんでした。その答えを自分でも見つけきれなかったからです。でも、なんとなくやることは見えてはいます。
「ただ、私の気持ちを伝えるだけですよ。まあ、それも見つけきれてないんですけどね」
「なるほどな、だから気持ちの整理ってことか」
オストさんはうんうん、と納得した様子でした。そこで私はもう一つ、今の私自身の問題をぶつけてみることにしました。
「あの、オストさん」
「なんだ?」
「もし、ですよ?もし、好きな人が、同じ時を生きることができないとしたらどうしますか?」
「それは、そうだな。難しい質問だな。一つだけ質問を返させてくれ。同じ時を生きることができない、というのは一体どういうことなんだ?」
「…寿命の話ですよ。もっと直接的に言うと、もし、自分よりも相手の寿命が長くて、自分が先に死んでしまうとしたら、ということです。」
オストさんは私の返答を聞いて、腕を組んで黙り込んでしまいました。
「俺は、その相手が悔いを残さないように生きる、と思うな。ちょっと具体性に欠けるかもしれないが、すまん、これ以上は言語化できない。」
「それで大丈夫ですよ。ありがとうございます」
私はにこりと笑いかけました。さて、私がなんでこの話題を振ったのか話しましょうか。
「あのですね。オストさん、なんでこの話をしたかなんですが、魔女は、オストさんやコレイさん、そして、フレアとは同じ時を生きることは無理だろうからです」
オストさんは私のその独白について若干唖然としたかと思うと、今度は一変、悩みこんでしまいました。
「なるほどな。それはさっきのフレア様の話と関係があるんだな?」
「はい、そうです。私は置いて行かれる側になってしまったので、その、置いていく側の気持ち、というのが分からなくなってしまって。なんででしょうかね」
そう言って、私は自分自身でもわからない不安を隠すために笑って見せました。
「なあ、ルナ様。俺はルナ様のために出来ることはないのか?」
「ただ、私にフレアの話を聞かせてくれて、私の悩みを吐露させてくれて、そして、居場所をくれるだけで十分ですよ」
オストさんは、そうか、と一言残して、満足したかのように仕事へと戻っていきました。そして、私も偶然なのか、もしくはオストさんも分かっていたのか、満足してしまっていました。
そうして、気持ちの整理を終えた私は次の日の朝、西へと、私の本来の居場所であるはずの場所へと進んでいくのでした。
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