第88話:暖かいもの
「オストさん、これってどこに運べばいいですか?」
私がオストさんたちのところでお世話になることを決めてから一週間が経ちました。さすがにここで間借りしているだけというのは申し訳ないという感情が大きかったため、表からは見えない場所で少しですが、お二人の手伝いをしています。
私がこのことを申し出たのはオストさんが私が使うことになる部屋の確認をして戻ってきたときのことでした。私的に心の整理ができて、やることを決めて余裕が出来たからこんな提案を口に出せたのでしょう。
「ああ、いいが…」
オストさんのそれに対する返事には困惑の色が混じっていました。一体どうしたのでしょうか。
「さすがにルナ様にここでの仕事をやらせるのは気が引けるというか、結構力仕事が多いからな。それに、ここは鍛冶屋だ。火を扱う場面も多い。中々に危ないんだ」
「危ない、と言われましても。何故か今の私って怪我とかしてもすぐに治ってしまう状態でして。ほら、こんな感じで」
「は?ちょっと待てっ、おいっ」
私はさっき説明していなかった魔女としての性質らしきものを手っ取り早く証明するためにパッと部屋に置いてあった果物ナイフを手に取ると思いっきりその刃を握って見せました。それによって私の手のひらに鋭い痛みが走り、血が流れました。が、その雫が一滴落ちきる前にその傷は塞がっていきました。
「…ルナ様さあ」
その一部始終を見ていたオストさんはどこか呆れた、それでいて何か言いたいことのあるかのような声を出しました。
「…こうした方が早いでしょう?」
「確かに早いがなあ。結果論大丈夫だったからいいがそれを見せつけられるこっちは肝が冷えるんだ」
そう言ったオストさんはそこで一回言葉を切って私の方を覗き込んできました。
「そんなことフレア様の前でするなよ?」
「もうしちゃいましたよ、手遅れです」
私の言葉を聞いたオストさんは頭を抱え込んでしまいました。私何か変なこと言いましたかね?
「ルナ様、手伝ってもらうのはいいが、幾つか約束させてくれ。まず、手伝うのは明日以降だ。ルナ様も疲れているだろう?肉体的な意味じゃなくて精神的な意味でだ。だから少なくとも今日は休んだ方がいい。それと、そんな短絡的な行動を取らないようにしてくれ。ルナ様は実際に動いて見せた方が効率的だと思っているのかもしれないが、それをやられてショックを受けてしまう人もいるんだ。特に、今のルナ様は正直言って危うい。精神的にな。それこそ、自分自身がいくら傷ついても気にしないだろう?」
私はそんなオストさんの言葉を否定することが出来ずに黙って聞いていることしか出来ませんでした。内容的にも納得のいくものですし、何より、私自信がそれに気づいていたうえで無視していたからです。
「…わかりました。今日は休みます。だけど、明日以降は手伝わせてください」
「まあ、明日以降はルナ様の調子を見ながらになるが手伝ってもらおうか」
「ルナ様、少しいいかしら?部屋まで案内したいのだけれど」
「あ、はい。少しだけ待ってください」
私がオストさんと条件のすり合わせをしたところで、丁度コレイさんも戻ってきました。そのまま、一回オストさんとの話を切り上げると、今度はコレイさんの後についていきます。
「とりあえずこの部屋でどうかしら?」
コレイさんに案内された部屋、そこは建物の二階の部屋でした。中を見てみると、そこはベッドと机、それと椅子、いくらかの棚とクローゼットが置かれた部屋でした。よく見ると、この部屋の以前の住人はとても優しい方だったのでしょう。非常に状態がよく保たれていることが分かりました。
「はい、問題はありません。むしろよすぎるくらいです。」
「ならよかったわ。一応さっき部屋の埃とかだけ掃除した感じなのだけれど」
「そんなことまでしていただいて、ありがとうございます」
どうやらコレイさんだけ戻ってくるのが遅かったのはこの部屋を掃除していたからみたいです。
そのままコレイさんは目配せしたかと思うと、そっと私を部屋に置いて出て行ってしまいました。そうして一人になると、急に眠たくなってきてしまいました。どうやら、睡眠は重要性が下がったというだけで、必要ではなくなったというわけではないようです。私はそのまま気持ちふらついてベッドへとダイブしてしまい、そのまま意識を手放してしまいました。
次に目を覚ました時には外はすっかり暗くなってしまっていました。少し安心してしまったからなのでしょうか、微妙な空腹感を覚えてしまいます。そのまま立ち上がって下に降りてみると、何か美味しそうな匂いがすることに気が付きました。
「あら、ルナ様、起きたのね。もう少しで出来るから席に座っていて待ってくれるかしら」
まるで、誘因されたかのようにその匂いの発生源に向かうと、私を視認したコレイさんが鍋を混ぜながらそう告げました。オストさんはこの部屋にはいないようでした。
コレイさんに促されて椅子に座ると、つい手持ち無沙汰になってしまって部屋を見渡してしまいました。今いる部屋はいわゆるダイニングルームというところでしょうか?キッチンが見える部屋で恐らく食事をするところなのでしょう。恐らく、というのは私が暮らしていた王城はいわゆる一般家庭とは構造が違っていて、キッチンが見えることなんてなかったからです。一通り部屋を見てしまってコレイさんの方に目を向けると、来たときと同じように料理をしているのが見えました。あまり他人が料理をしているところを見ることがなかったために、どこか新鮮に思いました。
そのまま待っていると、頃合いを見たかのようにオストさんが来て、配膳を始めました。反射的に手伝おうとすると、オストさんがそっと手で制してきました。なんとなく察して私は少し浮かべていた腰を再び椅子に戻しました。そうして、出てきた食事はパンと野菜と肉の多く入ったスープでした。二人の後を追うように食べてみると、味自体は素朴で、普段食べているものよりも少し薄味に感じます。しかし、今の私には、その味が染みわたるように感じ、なによりもその料理の温かさが私の冷え切っていた心までも暖めているように感じられました。
第82話について、一部やり取りを追加しました。内容自体は変更はありません。
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