第83話:脱兎の如く
―私、ルナモニカ・フォン・エクスマキナは、きっと逃げ出してしまったのでしょう。
私が反射的にフレアに言ってしまった決別とも取れる言葉は、きっとフレアがそれを聞いて受けたショックよりも、その言葉を出すに至った行動とそこから得られた結論という複合的な要素が絡まって、私に対して致命的なショックを与えることになったのでしょう。フレアが慌てた様子で出て行った後の私しかいない部屋で、私は私自身の言葉に呆然としてしまっていました。
「私は、馬鹿なんですかね?」
さすがに言っていい言葉と言っちゃいけない言葉があったとは思います。でも、出てしまった言葉は元に戻すことは出来ません。覆水盆に返らずとはよく言ったものです。間違いなく、あの言葉はフレアを傷つけたのでしょう。そして、その言葉は私自身も傷つけたのでしょう。
今の私は何らかの理由で魔法を無効化してしまう。それが、フレアにお願いしたこと―傷を魔法で回復してもらうこと―がうまくいかなかったことから私が求めだした結論です。それは私に対して二つの絶望を押し付ける結論でした。
一つ目は私が昔に聞かされた物語に出てきた魔女という存在になっていることがほぼ確定したことです。これは、思い出したくもない、教会で囚われていた時のことからなんとなく認識したことです。あのときの私の状態はそれこそ普通ならば失血死していてもおかしくないものでしたから。兄上からの肯定もありましたが、あまりに信じたくないことでしたからフレアに少しだけお願いしたのですが、結果としては、前述した通りでした。これは、結局私が魔女であることの確信度が上がっただけじゃないですか。
そして、二つ目はそれによって生まれたものです。それは、私が魔法を否定する存在になってしまったということです。私は魔法、という曖昧なもの、自らが使うことのできないものに憧れていました。だけど、私は魔女になってしまった。そして、魔女の力には魔法を無効化してしまう、というものがある。この二つの事実から導き出してしまったこと、それが今の私は魔法を否定する存在だということです。その事実は、誰でもない私自身が私の憧れだった魔法を否定する、ということを指しています。
でも、それ自体は別の同種の絶望に上塗りされてしまっています。それは、フレアを否定する存在になってしまったということ。だって、私が魔女になったのを確信してしまったのは、フレアの魔法を無効化してしまったことなんですから。きっと、今の私はフレアの夢を否定する存在なのでしょう。フレアは私と同じ、いやそれ以上に魔法を愛していました。そんなあの人と私が一緒にいていいのだろうか。そんなわけがないでしょう。あの人は、魔法の申し子で、輝いているのですから。そんな輝きを隠していいのでしょうか。そんなはずはありません。
だから、私は逃げることにしました。してしまいました。私があの人の近くにいるのは相応しくないから。魔法の申し子の隣にその魔法を否定する私が立っていてはいけないと思ってしまったから。きっとこれが正しいんですよね。そう、なんですよね。でも、なんででしょうか。フレアと離れて、それこそ二度と会わない方がいいとまで思っているのに、なんで私は胸を締め付けられているのでしょうか。正しいはずなのに、正しいはずなのに。なんで、なんで。
私は、そんな支離滅裂な思考の中でいつの間にか部屋を飛び出してしまっていました。腰には、レイピアがあって、他に持ってきたバッグにはお金、研究によって得た収入の一部や、その他生活に必要なものが詰め込まれていました。それでいて、フード付きの外套を羽織っています。
周りは既に暗くて、人の行き交いも少なくなってしまっています。今日は、空には月が見えることはなく、空に見えるのは星の輝きだけでした。その光は、どこか弱弱しく見えてしまっています。
「あはは、はあ」
私は、私がしてしまったことに対して乾いた笑いとため息をしてしまいました。私は魔女になってしまったとしても王族です。王族には、王族としての務めがあります。それは私が王族である限り逃げることはできないもののはずなんです。それが王族、というものなのですから。しかし、私は一時の感情のまま飛び出してきてしまいました。感情なんかめちゃくちゃです。今まで、こんなに乱れたことなんてなかったのに。
もう、いいです。私は、魔女になった私はこの国では、いいえ、きっとヘカテリア王国でも異端なのでしょう。だって、魔女は人の理から外れているから。もうなにもかもどうでもいい。私はいない方がいい。この国の為にも、そして、フレアの為にも。
結局は出ていくことが最善なのでしょう。でも、行く当てなんてありません。ああ、どうしたらいいのかわからない。少なくとも、この国からは出て行くのは決定事項です。フレアにも会いたくないですし。きっと、フレアはいなくなった私を探すでしょう。だって、あの夜も、赤に染まりながらも私を助けてくれたんですから。心配して探すでしょうね。でも、そんなフレアの夢を否定する私はいない方がいい。会わない方がいい。
結局、考えはまとまらず、ただ、理由も、意味もなく、王都の城壁の外まで私自身びっくりするくらいにあっさりと出てしまっていました。その間、恐らくヘカテリア王国から来た冒険者であろう人たちとすれ違ったりもしましたが、視線さえも向けられず、目立つ銀髪を一部の冒険者と同じようにフードで隠していたからなのか、城壁にいた守備兵にも特に怪しまれることなくでした。
そうして、私は思考も感情も整理せず、私自身の気持ちすらわからずに真っ暗な闇の中へと歩き出してしまったのです。
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