第82話:決意の先へ
フェンリル特殊個体との邂逅から一夜が経った。そんなフェンリルを倒した私は冒険者ギルドに行ってそのことを改めて報告した。王都でもフェンリルの起こした嵐は見えていたらしく、もうすでに調査のために動いていたらしい。で、そんなところにそのフェンリルを討伐した私がその証拠となる魔石片手に現れたもんだからギルドは湧き上がったのがすごく印象的だった。
それで、そのままフェンリルの方は冒険者ギルドの方に一任することにした。協力はするけれども、素材をある程度分けてさえくれればいいからね。それに、今の私にそこまで余裕があるとはいえないしね。ただ、今回はいつもの魔物討伐の報告と違って、魔石の方は一旦預ける、という形になった。如何せん、記録にほぼ残っていない魔物だったためにデータが欲しかったらしい。あとで返してくれることとそのデータを共有する、ということを条件にして置いてきた。私も普通に気になるしね。
そして、私は今日の目的地のオストの鍛冶屋に向かった。
「やっほー、オスト!」
「おう、フレア様。かなり久しぶりな気がするな」
「うん、倒れちゃったとき以来かな?」
ここで私は初めて自分がどのような状態だったのかを知ったんだよね、と今になって思う。あのときの私って間違いなくギリギリだったんだろうな、って今なら思える。今なら、とは言うけども、かといって今の私はどうかというと、あまり自信がないんだけどね。
「で、今日はどうしたんだ?」
「ええとね、昨日ちょっと大物を仕留めたんだけど、そのときに結構無茶したからこの2本の剣のメンテナンスをお願いしたくてね」
私は腰に下げていた2本の剣をオストへと鞘ごと手渡した。ふと、少し顔をあげると、呆気にとられたかのような顔をしているオストが見えた。
「あれ?オスト?どうしたの?」
「いや、最後に見たフレア様のことを思うと、剣をこうして俺に渡してくるのが例え、目の前で起きたことだとしても信じられなくてな」
あー、まあそりゃそうだよねえ。前にここに来たときに剣を持つや否やぶっ倒れてるんだから。その上でしばらくの間姿を見せていなかったからね。
「まあ、なんとかしたからね。そうしないとどうしようもない訳があったからね」
「で、その訳ってのは昨日のフェンリルの討伐みたいな魔物討伐なのか?」
「んー、違うね。まあ、それはそれとしてフェンリルとの戦いは楽しかったからそれだけでも剣で戦えることが嬉しかったけどね」
私の答えを聞いて少し意外そうな顔をするオスト。私ってオストから見て一体どんな風に見えてるんだ?あ、戦闘狂か。
「いや、私って戦闘狂とかじゃないよ?戦わないといけないとかそういうのないからね?」
「フレア様た、俺まだ何も言ってないが?」
「でも思ったでしょ?」
オストからは特に何も返ってこない。これは…無言の肯定として受け取った方がいいやつかな?
「オスト?フレア様が困ってるでしょ?」
そう言って、お店の奥から出てきたのはコレイさんだった。
「あ、コレイさん、久しぶり」
「あら、お久しぶりです、フレア様」
そう言って、コレイさんは私に手を差し出してきた。その手を私は躊躇なく取った。その手から伝わってくる温もりは、少しだけ陰りの残った私の心を温めてくれているような気がした。
「あら、王族であるフレア様がそんなあっさりと人の手を取っちゃって大丈夫なのかしら?」
「あー、何も考えてなかった。あ、でも今更だしここにいるの半分くらい身内みたいな人だけだし、まあ、いっか」
そもそも、この国は比較的王族と距離がかなり近いからこれくらいは気にしなくてもよかったりはするけれども、一応気にする人は気にするんだよなあ。少なくとも、私は気にしてない。握手くらいならする。まあ、よっぽど信用してる人、それこそ目の前の二人みたいな人以外に対してはそれ以上のことはしないんだけどね。何回か抱き着かれそうになったのをぶっ飛ばしたこともあるしね。
「まあ、ありがたく握らせてもらうわね。しかし、フレア様」
「ん、何?」
「さっきまでの二人のやり取り聞こえてたんだけど、じゃあフレア様はなんのために剣を握れるまで頑張ったのかしら。私が当事者って訳じゃないからわからないのだけれど、そんな簡単にトラウマを振り払うことなんてできないと思うのよ。だから、その理由を聞いてみたかったのよ」
あー、扉開いてたしまあそりゃ奥にいたなら声聞こえてるよなあ。正直流れ的に話すしかないとは思うけども、なんというか、少し恥ずかしいな、これ。
「ええとね、ルナに魔法を見せてあげたいんだ、とびきりすっごいのをね。で、そのためにこの前にオストに作ってもらった剣を触媒としたかったんだよ。だから、あの夜と戦おうと思ったんだ」
魔法を見せたい理由については触れないことにした。だって、その理由が推定魔女になってしまったルナに戻ってきてほしいから、そして、ルナが好きだからという私情たっぷりのものなんだもん。
「ふーん、そうなんだ。あれ?でもルナ様は今行方不明じゃないの?」
「それに関してはトリステラ様、ルナの母上なんだけど、その人が必ず一回はルナは戻ってくるはずって言ってたからルナの部屋に置手紙をしてきたんだ。この前作ってもらったレイピアも添えてね」
コレイさんの質問に対して私はそう答えた。ルナが戻ってくる前提の作戦で不確定要素しかないけれども、戻ってくることを信じることしかないと思ってこうしたんだよね。…正直言って、不安しかない。ルナが行方をくらませてしまった理由、それが未だに最初の部分しかわかっていないから。魔女になってしまった、という事実からどうして出奔してしまおう、と考えてしまったのか、どう思ったのかが掴めていない。でも、いや、だからこそ信じるしかない、ルナが戻ってきて手紙を読んでくれることを。
「そうなのね」
何故か満足げにコレイさんはそう言った。ただ、それに続いた言葉のせいで私は軽く混乱することになった。
「しかし、フレア様ってそんなにルナ様のことを大切に想っていて、それでいて信用しているのね。それに、剣を握れなくなったきっかけ自体もルナ様関係だしねえ。本当にフレア様はルナ様が大好きなのね」
「フレア様は感情を隠すのが苦手だからなあ。特に嬉しいとかの感情はな」
んー?あれえ?
「あのー?オスト、コレイさん。私ってそんなにわかりやすかった?」
「ものすごくわかりやすいぞ?」
「私が見た人の中でも一番と言ってもいいくらいわかりやすいわ。特にポジティブな感情はね」
私が自分自身でも把握しきれていなかったことを知って、顔が熱くなっていくのを感じる。ルナに対する想いが筒抜け状態だったなんて。そういえばドラゴン戦後に母上と話していた時も母上は面白そうなものを見つけたかのような顔をしていたような気がするし。
悶々としていたところに、コレイさんがトドメと言わんばかりに小さい鏡を持ってきた。そこには金髪碧眼を持つどこかハツラツとした雰囲気を持つ少女が頬を赤く染めているのが映っていた。それはまるで恋する乙女のような。そして、今、鏡を覗いているのは私、ということはこんな初々しさが垣間見えるような顔を見せているのは私ということになって、と思うと、さらに顔に熱がこもっていく。
「なっ、なっ、なっ。はうう」
「あら、フレア様もそんな初心な反応をするのね。少しだけ安心したわ」
「なんでこれで安心!?私は恥ずかしすぎて安心とはほど遠いんだけど?」
私の今の気持ちと裏腹に、安堵したと言わんばかりに息をつくコレイさんに思わず突っ込んでしまう。でも、そんな私の突っ込みを軽く受け流しながら持ってきた鏡を置いて、コレイさんは続ける。
「正直言うとね、フレア様を含めた王族の方々ってどこか近くて遠い物と感じていたの。だって、私達と比べて魔法の腕が高くて、身分も違って、そして、それ以上に私達をいざというとき、それこそドラゴンやフェンリルのような脅威から守ってくれる存在で、私達とはどこか違う存在に感じていたから。でもね、今フレア様のその顔を見ていたら少なくともフレア様は私達と同じだな、と思ったの。私達と同じように恋をするんだな、って思って。だから安心したのよ」
そんな風に話すコレイさんはどこか成長した子を見る親のようにも思えた。その横に佇むオストもうんうんと頷いている。
「そっか、えへへ。オスト、コレイさん、ありがとね。私、ルナに絶対にこの気持ちを届かせたい。無理に隠そうともしない。真っすぐ、好きだと伝えて、そのあとのことはその時に考える」
隠しても無駄なら隠す必要なんかない。真正面からぶつければいい。今無理にうだうだ悩んでも意味はない。なら、私自身の気持ちをルナに伝えればいい。そして、私の魔法という想いの結実を見せつければいい。
「そっか、頑張ってね」
コレイさんはそう言って微笑みながら私の頭を撫でてくれた。その手つきは、どこか安心できるようなものだった。
「それじゃ、俺もそんなフレア様の為に頑張るかね。剣のメンテナンスはしっかりこっちでしておく」
オストさんは私が持ってきた剣に手をかけてそう言ってくれた。
「そうだな、三日後、三日後に取りに来てくれ。それまでに受け渡したときと同等、いや、それ以上の状態に仕上げておく」
「うん、ありがとね、オスト」
私は、素直に感謝の気持ちを出すことができた。今までも剣とか魔道具とかでこの夫婦にはお世話になってきたんだ。これからもきっとお世話になるだろう。それに加えて、この二人は私を背中をさらに押してくれたんだ。もっと気持ちを前に出そうと思えたんだ。
「それじゃあ、私は王城に戻るね。オスト、期待してるからね」
そう言って、私はオストの鍛冶屋を後にした。扉を閉めるとき、コレイさんが持ってきた鏡に映っていたのは、活力に満ち溢れた、金色の少女だった。
フレアが去って、オストとコレイは顔を見合わせた。
「いやあ、フレア様が元気になってくれてよかったよ。本当に」
「そうねえ。倒れたとき心配でたまらなかったもの。今日、元気になったところを見れてよかったわ。ねえ、貴方もそう思うでしょ?」
コレイはまるで第三者に尋ねるかのように扉の向こうに声を飛ばした。丁度、フレアたちが話していた工房からは見えない位置、そこには銀色の髪を指に絡め、その黒い瞳を潤わせた少女が地面にひざを抱えて座っていた。そして、その顔と耳は淡い赤色に染まっていた。
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